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連載小説:019

019:log
 ときたま、思い出したかのように窓枠が硬質な音を立てる。カーテンの隙間から覗いている夜の黒は、星の明かりに穴を開けられていた。ゆっくりと控えめな風が部屋を通り抜けて、頬にあたった。そこで、興はようやく自分が部屋で寝ているということに気がついた。
 少し騒がしかった部屋がいつもの通りに静かになっていて、それが落ち着くというよりも少しだけ、ほんの少しだけ不安にさせる。ゆっくりと覚醒していく頭のなかで、興は部屋にいつもと違う匂いがあるのを感じていた。
 疲れからか、それともただの寝不足か、あの後二階に戻った後程なく眠りについたのだった。決して寝起きの悪いほうではない興だが、熱も下がっていない頭では思考ははっきりしていない。にごった目のまま、ゆっくりと視線が自分の部屋をなぞっていく。
 そこで、なにか見たこともない塊が転がっているのが見えた。

 一瞬にして、驚きが緊張を作り上げる。恐怖から心臓が跳ね、その勢いで送られてきた血流に頭が回りだす。何がそこにあるのか、未知への恐怖という本能的な不安が、興の体を布団から弾き飛ばした。
 布団の横。自分のすぐ横。なにか、丸いものがそこにあった。
 見下ろす形で、後ずさりながら興はソレを見る。布団にくるまれている人だろうか。一瞬、胸焼けのような不安がやってくるが、ふと寝る前のことを思い出した。
 家に学校の連中が泊まりにきていたことをおぼろげながら思い出したあたりで、その布団がもぞもぞと動いた。
「鉄国?」
 思わず声を掛ける興。声をだしてから、自分でも納得の選択だと一人頭の中で頷きながらも布団から視線を外さない。
「ん」
 男の声ではないものが響いた。
 小崎か、そうおもったがそれにしては塊が大きい。
 と、布団からもぞっと顔が出てくる。
「ん〜」
 寝起きの、筋肉が統率の取れてない表情。布団に絡まってぼさぼさになった髪。焦点の合わない目が、興を捕らえている。
「……あー」
 そして布団の中に戻っていった。
「空風?」
 見覚えの在る顔と、寝起きでしゃがれているが間違いなく空風の声に、興は声をかけた。が、返事はない。一度だけ、もぞりと布団が動いてまた寝息が聞こえてきた。
「……なぜ、空風が……」
 と、布団に何かが落ちてるのに興は気がついた。カーテンから差し込んでくる薄明かりを頼りにソレを持ち上げると、冷たかった。
 濡れタオルだ。熱冷ましに、額に乗せてくれていたのだろう。落ち着いて周りを見渡せば、洗面器やらタオルやらが散乱していた。
 友人たちに感謝しながらもう一度寝ようとして目を閉じた瞬間、すぐ横に空風が寝ているという事実の本当の意味にぶちあたった。
 既に眠気は半分ほど飛んでいて、寝るのに苦労しそうなほどで、体は十分に温まってきている。熱もひいたのか、思いのほかしっかりとした足取りで、興は部屋を出て行った。
 部屋で取り残された空風が、興を見送るように身じろぎした。

 夜の闇の中とはいえ、なれた家を歩くのはそこまで問題にはならない。
 電気をつけて家のどこかに居るであろう鉄国と小崎を起こすほうが気が引けた。ゆっくりと居間に滑り込むと、自分が現在家の中で一番偉いはずなのだがという思いにかられてため息をつく。
 思ったより冷蔵庫の扉は、重かった。
 パッキンの外れる音とともに、冷蔵庫から冷気が流れ込んでくる。サイドポケットにはいっている麦茶を取り出すついでに、興は振り返った。
 居間に誰かいないか、ソレがきになったのだ。視界のさき、冷蔵庫の中を照らすためだけに存在している光がもれ、居間に座布団を敷いて寝転がっている鉄国の姿が見えた。が、小崎のすがたはない。興は首をかしげながらも、喉の渇きに負け麦茶をコップへと注ぎ始めた。
 広い家とはいえない自分の家の間取りを思い出しながら、興は小崎のいそうな場所を考える。居間と台所はつながっており、居間には鉄国が居る。興の部屋には空風が寝ている。
 両親がねていた部屋は一階に存在しているが、さすがにそこにはいないだろう。勝手な予測をくりかえしながら、興は首をひねる。
 どこだ?
「衣緒? おきたの?」
 背中からかけられた声に、興は思わずコップをてばなしそうになった。
「どわっ」
「あ、興。おきたんだ、おはよう。あれ? 衣緒は?」
 あまり驚いたところを見せないようにして興は、小崎をみる。
「俺の部屋で寝てた」
「あー、やっぱり。交代っていったのに全然降りてこないからもしかしたらとおもってたけど。ま、しかたないか……。もう体調は大丈夫?」
 なんで交代なんかで、文句を飲み込みながら興は無言で頷いた。
「そ、ならいっか。私もねよっと」
「どこで?」
 思わず言葉がでる。自分の部屋ではないだろうし、この場所には鉄国が寝ているのだ。
「んー、興の部屋かな」
「……俺はドコでねるんだ」
「どこって、そりゃ自分のへやで」
「……」
 昔兄や姉がつかっていた部屋が二階にあったが、その部屋は既に父親が書斎に占領しいまや人が入れるようなものではない。他にといわれても、家の主である興すら答えがないのだ。
「じゃ、あ。俺が居間で寝る……」
「は? なんで病人が居間でねるの。自分の布団でねなよ」
 小崎の言葉に、興は何も言えずげんなりとした顔を返す。あの部屋に戻るのも気が引けるが、そこに小崎まではいってきたら一体どうなるのか。
「……ああ、そうか。そうね……。私、廊下で寝ることにする。
 興の言いたいことが判ったのか、小崎は頷くと一人ふらふらと廊下へ歩いていく。興には、ソレもなんだかおかしいきがして思わず小崎を呼び止めた。
「あー、いいから俺の部屋で寝てくれ。体調は大丈夫。あと父さんの布団でねるから、俺」
 いって、興はいそいそと両親の部屋へと逃げ出す。背で、小崎のため息のようなものが聞こえたのは、気のせいだっただろうか。

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