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連載小説:020

020:log
 誰も入っていない部屋の、冷え切った空気というのは初夏だといってもそこに存在していた。星明りに薄く照らされた両親の寝ていたベッドを見下ろしながら興は、頭をかいて父のベッドへともぐりこむ。
 冷たい感触に、熱っぽい体が思ったより快適に布団にあって興は深く息を吐いた。
 ふと、居間で寝ている鉄国の姿を思い出した。あの場に小崎もいたのだから、アレではないのだろう。だが、そんなこと興が本当の意味で理解できるわけもない。
 もしかしたら、小崎がアレだ、という可能性が無いわけではないのだ。彼女が入れ替わったとして、自分はソレを見抜けるんだろうか。
「……はぁ」
「ずいぶんと、御疲れだな。美甘・興」

 いきなり声がふってきて、驚きに息が止まった。今日はずいぶんと、驚くことが多い。
「あんたか」
 声に驚きを出さないように気をつけながら、興は返事をする。少しそれっぽい返事ができただろうか、理想の己を思い浮かべ興はほくそ笑む。
「誰も居ないんだから、見得を張る必要もないだろうに」
 けれどまったくもって興の努力は報われては居なかった。ひるみそうになるが、必死でこらえ、声の主を探す。わざわざ人をフルネームで呼ぶ奇特な知り合いは一人ぐらいしかいないのだ、わざわざ姿を確認する必要はないが、反射的に興は部屋を見回した。
 母親のベッドの上に、腰をかけ膝を組んだままゆったりとした服に身を包んだ女がいた。色のわからない髪の毛が風も無いのにふわりと揺れていて、暗闇ですらその意志を曇らせることのない鋭い眼光がこちらをねめつけている。
「何しに来たんだ」
「いや、根をあげてもうやめると泣きついてくるかなと思ってね」
「――そんなわけ」
「あるだろう? 現実をみたんだからね、君は」
 嘘でしかない反論なんて興味がないとばかりに、彼女は言葉を重ねる。
「普通の人間から見れば、アレの存在は人間そのものだ。殺さなければ真偽が見抜けない。だからといって試しに殺すわけにも行かない。当然だ、同属殺しというのは、いつの時代もご法度だからね。しかもそのご法度というのは本能に刻まれている。したがって精神的にまいっても恥ずかしがるところは無い。誇ってもいい。自分は普通の精神を持ち合わせていると」
「何が言いたいんだよ」
「友人の姿をしたモノを壊して、平然としている君は気がふれているといってるんだ」
 興は何もいえなかった。
 いやな無言が部屋を埋め尽くし、息苦しくなるのを興は感じる。背中にじっとりといやな汗が伝うのがわかった。
「あ、れは」
「そう、あれは朝弓が首を切り取ったから人間ではない。事実人間ではなかった。でも、そんな理屈が通じる程度だと思うかい? 君のその生物としての本能とやらは」
「……何が言いたいんだよ!」
 少しだけ同情の色が混じった言葉に、思わず興は語尾を荒げる。
「やめるなら今のうちだ」
 ぴしゃりとしたその言葉は、まるで胸をえぐるように突き刺さった。
「戦争に投入されてまともな精神で居られるのはせいぜい三日ぐらいだという話をしっているかい? 私も聞きかじりだから、詳しくはしらないのだけど」
「知らない」
「人を殺さないと殺される、いつ殺されるか判らない状況でまともに使えるのは三日なんだそうだ。精神的な訓練、といっていいのかわからないが、殺すことが正しいのだと生まれたときから教え込まれた兵士とは違う一般の人間の話しだけど」
「……へぇ」
 大体、話しの落ちがみえ、興は気をそらそうと布団の中にもぐりこむ。
「素手で殺すより鈍器。鈍器より殺意が無くても殺せる刃物。直接手を下さなくて良い飛び道具。人は出来るだけ自分で人を殺さないように殺さないように技術を開発してきた。最後は、スイッチを押せば何百何千の命とともに数キロにわたって焦土に帰ることの出来る、爆弾だ。責任の所在をぼかし、ごまかし、戦争を続けてきたのは、ただ一つの理由のためだ。そう、ただの作業にするためだ。素手で人を殺せば、まともでなんかいられない。ソレを本能で知っている人間は、必死でそこから逃げ出そうとした」
「だから何が言いたいんだよ」
「数百人に一桁もいない割合で、いるのさ」
「何がだよ!」
 その先を聞きたくはない。自分ではない。頭のなかで、誰かが叫んでいるのを興は聞く。
「生粋の、訓練も修行も必要としない、生まれながらの同属殺しが。快楽でもなく作業でもなくましてや義務でもない。まるで人の肩を叩いたり、友人と会話をしたり、頭を掻くように、同属を殺せる生物がね」
「……」
「殺人鬼ではない、殺人者だ。人のまま、人を殺す人だ」
「俺は違う!」
 思わず声を荒げ興は布団を跳ね上げる。が、その行動そのものが暗に自分だと認めることそのものだと気がついたのは、星明りに照らされ笑みを絶やしていない彼女の姿を見たときだった。
「そう、君は違う。君の責任の所在はすべて君の主人である小崎・朝弓にある。だから君が、生まれながらの殺人者でないのなら、彼女の下僕になることだ。ソレが出来ないのなら、今すぐやめればいい」
「おれは……」
「両親を私は確実に見つけてくるという保障はない。私を信じないで自分で探しに行くという手もある。しかし、やめるなら今だ。なぜなら、君の両親が居る場所のめぼしが付いた。これから私は出かけるから、簡単に君はやめるとはいえない状況になる」
「……やるよ。やるさ」
 半ばやけくそに、興は吐き捨てる。今更やめるつもりは一つもなかったのだ。ここまで足を突っ込んで、じゃぁ無かったことでといって、次の日から普通に生活していける自信もない。どこか、心の隅っこに女の子と仲良くなれたしという、なんとも情けなくも打算的な考えが彼に無いわけではなかった。
「はは、いい返事だ。もし、精神的に継続が不可能になった。もしくは、身体的に不可能になった、というときは呼んでくれ」
 そういって、彼女は材質のわからないいやに硬くて軽い棒状のものを興に投げる。
「なんだこれ」
「……説明がめんどくさい。とにかく、それを地面に突き立てれば場所がわかる。出来るだけ急いで駆けつけるが、少なくても救急車よりは遅いからそういうのにはつかわないでくれ」
 ぱたぱたと軽く手をふって、彼女は興に背を向けた。
「怪我してたら、むりだろ」
「試しに床に突き立ててみるといい」
 言われて、興はボールペンほどの棒をとん、と床に置いた。
 とたん、その棒はずぶりと泥に沈み込むようにして床に己の半分を沈ませる。
「おあ!」
「ポケットに入れるときは、横にしないと突き抜けるぞ。其処に穴がある、紐でも通して首にかければむやみやたらに穴はあけないだろ。半分でとまったら、もう一度軽く押してくれ。それで私には場所がわかる」
 いって、そのまま窓から彼女は出て行った。躊躇いもなく、すっと消える後姿があった場所を興は呆然と見送るほかなかった。
 手には、星明りを受けかすかに輪郭を映し出す、銀色のボールペンのようなものが一つ。

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