スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

連載小説:021

021:log
 かわらを踏みしめる音が、夜空に広がって消えていく。断続的に続くその音に、屋根の持ち主たちが目を覚ますことはない。四方のうち三方を山に、残りの一方を海に囲まれた断絶された小さな町を、一つの影が横切っていく。
 月明かりをうけきらきらと輝く海面が、まるで魚のうろこのようにも見える。初夏の風は既に温度をなくしていて、肌に絡み付いてい来ることはなく、屋根から屋根に飛び移っていた人影はそのことに少なからず幸運を感じていた。
 屋根の上で寝転がっていた猫が、顔をあげ人影を確認する。すぐに興味を失ったのか、また体に顔をうずめて元の格好に戻った。
 月明かりに照らされて、なお色の知れないその髪の毛が揺れる。
 ――間に合うのか?
 自問自答をするその表情は厳しく、足は一度も止まることなく彼女を運んでいく。目指す先は闇わだかまる町の外。

 始まりは何だったか、彼女はふと考える。わかるはずのない疑問を繰り返し頭の中で繰り返すのは、自分の悪い癖だと一つ大きく跳びながらため息をついた。
 仕方がない、が積み重なった結果。それを思うと気がめいる。だけど、それ以上に自分が情けなくもあるのだ。
 防ぎようがなく、変えられない現実と、理想のせめぎ合いなのだといったところで、現実はもっと味気のないモノで構成されている。あまりにも味気ないので、せめて何かないものかと探りを入れてしまう自分がこっけいにおもえて彼女は笑った。
 まるで理想を並べ立てる、ロマンチストだ。
 山が目の前に迫ってきたところで、コンクリートの屋上にたどり着く。そこで停止。まるで風も音もなくはじめから其処に居たように。髪の毛だけが、ゆっくりとゆれ重力にまけて落ちていく。
「こんな夜分遅くに、散歩かな?」
 後ろではなく、前でも、ましてや横でもなく、彼女は上を向いて話しかけた。
「そのようなものです」
 そして返事もまた上からやってきた。
 夜空に隠れるような真っ黒な服。エプロンとカチューシャだけは白くうきあがり、まるでソレだけが浮いているようにも見えた。星をかくすその黒色の輪郭を追えばおのずとその姿が見えてくる。
 メイド服だ。ゆっくりと空中から降りてきたそのメイドは、彼女の目の前に着地するとうやうやしく礼をする。
「急いでるんだけどね?」
「ご伝言が」
「……」
 無言を肯定とうけとったのか、メイドはゆっくりと一歩前に踏み出すと口を開いた。
『挨拶もなしに旅行なんテ、ずいぶん冷たいじゃないか』
 メイドの声とはまったくちがう、男性のしゃがれた声が響く。
『今更引き止める時間もないだろウから、とりえず――土産楽しみにしているヨ』
 以上です、と呟いた声はメイドの声だった。内容のない言葉に、彼女は眉をしかめため息をつく。あからさまに迷惑だと語っている顔をまえに、メイドは動じずにただじっと彼女の姿を見据えていた。
「それだけか……、役立たず、というより気分屋め。土産はいくらでも用意してやると伝えておいて」
 ため息交じりに呟くと、メイドのすぐ横を抜けるようにして走りだす。
「お待ちください」
「……なんだ。急いでいるんだが」
 多少どころか、ずいぶんと不機嫌な声。だが、メイドは相変わらず動じない。
『土産の約束の代わりにいいことを教えテあげよう。間違いナく彼女は……いや彼女達は、始まりがない。観測には時間がかかっタが、間違いはない』
「……そうか」
『したがっテ、小崎・朝弓は母体だ。そして、彼女が彼女であるがユえに解決方法皆無だ』
「わかった。感謝する」
 いって、今度はもう躊躇いもなく彼女は屋上を蹴る。
 残されたメイドは、ゆっくり振り返ると彼女が消えていく夜空を見上げた。既に姿は小さくなり、山の向こう側へと消えていく。完全にその姿が山に隠れるのを確認すると、メイドは踵を返して屋上から飛び降りる。
 誰も居ない町に降り立ったメイドは、一度周りを見回すとゆっくりと歩き出した。

 ◇

 目覚めてから、違和感がなんなのか興はずっとかんがえていた。
 相変わらずに寝起きの頭が回るまで、周りの状況が飲み込めない。見たこともない部屋で寝ていたらしいということはわかっている。だから、早く状況を確認したくて必死で頭をふった。
 光が差し込んでいてカーテンが開いているのが判る。嗅ぎなれた臭いに、なんだか他人の家じゃない気がする。
「……、あ!」
 そしてやっと、興は思い出した。両親の寝室で寝ていたのだ。
「そうか……、俺の部屋で空風がねてたから」
 ずいぶんと軽くなった頭をふって、興は立ち上がる。そのまま両親の寝室をでると、居間を覗き込む。鉄国が寝ている。それ以外は夜のままだ。
 ――ふむ。
 顎に手をあて、興は首をかしげる。そのまま、振り返ると階段を登り始めた。
 ――着替えをね。うん。
 自分に言い訳をしながら、ゆっくりと階段を登っていく。
 ――着替えないとね、汗かいたし。
 二階の廊下が見えてくる。
 ――風呂に入るまえに、着替えとらないとね。
 躊躇いなく、扉を開ける。そう、自分は朝風呂に入るために部屋にもどってきたのだ。寝ぼけているから、それ以上のことは考えられない。考えていない。考えたけど考えないふりをした。
 目の前には毛布に包まって大きな体を丸めた空風と、自分のベッドで寝ている小崎の姿があるはずだった。
 だった。
「あ、おはよう」
「……何してんだお前ら」
 あったのは、なぜか同じベッドで寝ている空風と小崎の姿。足音に気がついたのか小崎だけは上半身を起こしこちらをみていた。そのよこで、空風はすーすーと寝息を立てている。
「なにって、寝てたんだけど。興こそ何しにきたの? ……ははーん」
 見透かしたようなめで笑う小崎に、興は表情を変えずに言葉を吐き出す。
「ああ、そうか。だから俺下でねてたんだな。いや、着替えとりにきたんだ。寝汗かいたから。わりぃ、わりぃ、すぐ出て行く」
「……っぷ。ハイハイ。居間でちょっとまってなさい」
 パタパタと手を振る小崎。多分間違いなくばれてるであろう思惑に、興はため息と一つついた。

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL