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連載小説:023

023:log
 いつも利用している飾り気なんて広告ぐらいの簡素な内装。滑り止めで一面覆われる床と、叩けば埃がでるであろう椅子。誰が触ったか判らない手すりとつり革。手垢にまみれ、指で書かれたいたずら書きがのこった窓。さびかけたサスペンションのギシギシと揺れ、カーブのたびに傾く車体。全てがいつもどおりのバスの車内。だというのに、今日のバスはあまりに空気が違った。
 全体に漂うのは、すこし華やいだ感覚にもにた匂いで、なぜか車内アナウンスまでがテープの録音だというのにやわらかく聞こえてくる。
 すべては、自分の横に居るメイドが原因だ。メイドが横に座っている、その非現実な出来事に興は動きが取れない。わざと視線をめぐらせるようにして、メイドを視界にいれてはすぐにそらす。そんな姿、傍からみれば間違いなくメイドが気になっていると公言して回ってるようなものだが、本人的にはそれでごまかせていると信じている。いや、自分に信じ込ませている。いわば、自己暗示や自分への言い訳、のようなものだ。

 自分にする言い訳ほど意味はない。そんなこと判っていても、興はそうせざるを得なかった。出来るだけ目立たないように視線をおくっては外し、バスが曲がるたびに周りを確認するようにして視線をめぐらせている。
 しかし凝視するわけにもいかず、いまいちメイドの姿がはっきり目に入らないのがもどかしい。
 ――アレかもしれないし。
 言い訳はいくらでもあるのだ、と頭のどこかで誰かが呟いている。
 見えたことなんて、うつむいても見える部分のみに終始していた。ふわふわだと思っていたスカートは、どうやら外で風をうけて広がっていただけで座ると普通のスカートにも見える。座ってもくるぶしのあたりまである長さは、興にとっては珍しくまじまじと見つめている。裾に飾りがあるとおもっていたが、どうやら見間違いで飾りはなく質素そのもの。エプロンのほうも、肩口のほうに少し飾りがあるもののほとんど他に飾りのような物は見受けられなかった。長袖の袖口にあるボタンぐらいだろうか。
 なんて、興がじっとみているとさすがに視線がきになったのかメイドが興を見た。
「なにか?」
 感情のまったくこもらない、まるで機械で出力したような言葉。しかし発音は流暢で、それがなんだかテレビのアナウンサーのように思えた。
「あっ、いえ、べつに」
 とうの興は、顔面真っ青にして否定する。何を否定しているのかすら本人はわかっていないが、とりあえず首をふり気まずさに外へ顔を向けた。
 興の頭のなかで、誰かが言う。折角メイドさんと知り合えるチャンスなのに、何をやっているんだ。そしてまた誰かがいう、ガキじゃあるまいし、今の受け答えはさすがにどうかと。どうせなら謝るついでに会話を。
 どうやら自分の味方はいないらしい。興はこめかみを押さえながらため息をついた。
「ご気分でも?」
 簡素な言葉がポツリとなげかけられ、興はまた跳ね上がるほど驚いた。
「えっ、いや。大丈夫です。はい」
 情けないことこの上ないが、こんな状況で平然と対応できるほど興は人見知りしない人間ではなかった。
「珍しいですか?」
「え? なにがですか?」
 疑問を口に出してから、目の前のメイドが何を聞いたのかに思い当たる。
「この服装です」
「えあ、まぁ。たしかに、あまり見ませんし」
 会話するにつれ、少しずつ呼吸が整ってくる。ソレと同時に、バスの乗客さらには運転手までもが二人の会話に耳を傍立たせていることに気がつく。まるで、がんばれ少年! 色々聞き出すんだ! なんてプレイ? などと応援すら聞こえてくるほどの熱気。振り向きはしないが、間違いなくだれもかれもがこちらを注視していることだけは確かだった。
 しかし、そうですかと答えたメイドにたいして、興は手持ちの話題がないのに気がついた。あせって話題を探そうにも、あせるが故に言葉がでてこない。ぱくぱくと口を開け閉めしていると、メイドが少し微笑んだような気がした。
「……、この服装は職業柄ですので気にしておりませんでしたが、目立ちますか」
 どうやら、接客業でそんな服装をしているわけではなさそうだ、というのだけは興でもわかった。だが、彼女が職業柄というその職業そのものが一体なんなのかわからない。
「え、や。ただ珍しいってだけで、そんな」
 会話している自分に、駄目だしをしている自分。目を背けたくなる自分に危うく眉をしかめそうになるが、必死で表情を押し殺し興は作り笑いを浮かべた。
「駅前にお出かけですか?」
「え、はい。そうです、友達と待ち合わせで」
 お前の話しなんか聞きたくないとばかりに、周りの空気がかわったきがする。半分以上は気のせいだろうが、それが気のせいで片付けられない気がするのは興の被害者妄想だろうか。
「中央病院前」
 テープのアナウンスに語尾がかき消される。バスがブレーキをかけると、ぐらりと車体がゆれた。
「発車します」
 運転手の言葉と同時、運転が再開される。ちょうど誰かがのってきたのか小銭の落ちる音が聞こえた。と、いきなり聞き覚えのある声がした。
「あら、ユキさん」
「お久しぶりです、朝弓様」
 すっと立ち上がり、ユキと呼ばれたメイドは一礼をする。バスは揺れているのに、メイドはまったく体制も崩さずに頭をさげた。
 目の前には、小崎の姿。逆光で細い髪が光に輝き銀色にすら見える小崎、メイドの黒い服装とまるで対比しているようにすら見えた。
「どうしたの、珍しい。あ、興」
「お、おう」
「どうぞ、お座りください」
「あ、いいの? んじゃ遠慮なく〜」
 小崎がすぽんと椅子に滑り込むと、二人がけの椅子は跳ねる。メイドは、その二人がけの椅子のすぐ横にたって二人を見下ろしていた。
「ユキさん、お買い物?」
「いえ、用事を済ませた帰りです」
 知り合いらしい二人は、普通に会話を繰り返す。いや、小崎が話しかけているからメイドは答えを返しているだけだ、メイドの対応は自分のときも同じような感じだった。あまりの情けなさに、興はまた一つため息をつく。
「もしかしてまだ体調わるかった?」
 下僕の姿に小崎は、首をかしげて覗きこんでくる。
「あ、いや、そうじゃない。大丈夫」
「ふーん。ならいいけど。あ、ユキさんムイさんしらない? 最近みないんだけど」
「あの方は、町から離れられました。当分帰って来られないかと」
「そっか……、もういっちゃったんだ」
「はい。もしかして、この方が新しい」
 そういって、ユキは興をみた。小崎も興を見る。二人分の視線、そしてバスの中に充満するメイドさん注目の空気がいっせいに自分にあつまってくるのを興はかんじた。いやな予感がする。小崎をとめようと口を開いた瞬間。
「そう。あたらしい下僕」
 すべては遅かった。

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