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連載小説:024

024:log
 感じたくはない空気にさらされつつ、バスはゆっくりと駅前へと進む。酷く到着が遅れたように感じたのは、興の気のせいでしかないがそれでも本人にとっては、地獄そのものの長い長い時間だった。
 こそこそとバスを降りていく乗客の背が、自分を責めているように見えて興は目をそらした。肌感覚による感想は、メイドさん十に対して、興は変態に百といったところだろうか。閉じられた田舎町というほどではないが、四方を山と海に囲まれた町だ、噂になれば一瞬にして広がるだろう。乗客に己を知っている人間がいないことを興は祈る。と、乗客たちの小さな会話が聞こえてきた。
「あのこ、ほら、あの高校の……」
「あー美甘さんの」
「小崎さんも……」
「……そうねぇ……」
 神は死んだ。

 小崎・朝弓は空気がよめないとか、そういうわけではない。が、自信の認識している正確な情報に対してはまったく疑うことをしない。彼女は、下僕とはいわば主人の元で働く召し使いの男のことであって、それを誰かに公言するにあたって恥ずかしい部分は一つも無いと信じている。たとえ世間の”下僕”という言葉に対しての受け取られ方がいかようでも、彼女は一欠片だって気にしてはいない。下僕という言葉で辞書を引いても、世間一般の人間が理解している下僕を想起させるような言葉は一つもかかれていないのだから。
 頭を抱える興を一度も振り返らず、小崎は軽い足取りでバスのステップを降りていく。力なくうなだれたままだった興をみて、メイドは彼を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。体調は問題ないです」
 精神的な問題は、財政赤字なみに大問題だが。
「興様」
 声には相変わらず抑揚がまったくなく、一瞬すれば咎めるようにもきこえる。けれど興は顔をあげ、メイドが特に興を咎めてるのではなくただただ心配しているのだと感じた。
「すみません、なんでもないんで」
 気合をいれ、今後のことをともかく考えないようにと興は頭を振る。勢い良く立ち上がると、運転手に鏡越しに軽く頭をさげてバスを降りた。
 後ろから、メイドもバスを降りる気配がした。
「そんなに心配しなくても、大丈夫ですから。はい、慣れてますんで」
「……そうですか」
 興の言葉に驚いたのだろうか、メイドは一瞬だけ目を丸くした。
 雲もなく直接にふりそそぐ日の光は、初夏というよりは夏の暑さだった。目に痛いコントラストで輪郭を浮き立たせる駅前はいつものような人だかりで、この町で唯一の娯楽施設がある場所というを誰に言わずとも示している。
「興様は、下僕のお仕事はお嫌いですか?」
 ふと背中からかけられた声に、興は振り向かず立ち止まった。
 貴方はどうなんですか、そんな質問が思わず出そうになった。その質問をぐっと飲み込み、興は考える。なぜだか、勢いで答えていいような気がしなかったのだ。
「嫌い、じゃない。とおもう。といっても、俺は仕事らしい仕事なんてしたことがないんですが。でも、断ることはいつでもできたから、きっと嫌いじゃないと……」
 自分をだまそうとするような言葉に、興は少しだけ情けなくなり自己嫌悪に陥る。
「そうですか。本来なら、私のようなものかムイ様のような方が傍にいるべき人なのです」
「へ?」
「ですが、事情が事情でして。興様に全てを押し付ける形になってしまいました」
 思わず振り向く。メイドはすまなそうに顔を伏せていた。口ぶりからして、自分がこういう状況になったのは、偶然ではなくて必然だったというところだろうか。両親が行方不明になったのは関係あるだろう。無いわけが無い。故意にさらわれた……? 一瞬険しくなっている自分の表情に気がつき、興はすぐに表情を元にもどす。
「俺じゃなきゃいけない、ってことですか?」
「はい」
 ソレが個人の意志以外の場所できまったというのなら、今更あがいても仕方がないのかもしれない。聞かなければよかった、内心で毒づきながら興は視線をそらす。
「申し訳ありません――」
「もしよかったら、仕える側の心構えってのおしえてくれませんか?
 謝罪を聞きたくなかった一心だったのかもしれない。言葉を遮られたメイドは、一度口を噤むと何かを思案するように視線を興にすえた。
「私のできる範囲でしたらなんなりと」
 そういって、メイドは一瞬だけ目を伏せた。まるで悲しい思い出を思い出したかのような表情に、興は自分の質問に後悔した。
「言葉として、お伝えするのは簡単ですが誤解もあります。ですので、心構えをあらわす言葉を私は持ちません。ですが、ソレを理解するにあたって指針になった言葉があります。それでしたら、私は興様にお伝えできるかと」
「格言みたいなもの?」
 そうです、とメイドは首肯する。
「我が腕は主の腕、我が足は主の足、我が意志は主の命。我は主の意志を持たず。故に我は主の悲しみを望まず」
 つまり、主人の操り人形になれ、ということだろう。興は頷く。
「ありがとうございます。そろそろ行かないと」
「お引止めして申し訳ありません」
 メイドは綺麗に一礼をする。
 何も言わず興は踵を返すと歩き出した。それほど遠くにはいっていないが、既に後ろに興が付いてきていると信じて疑わない小崎が先を歩いていた。
 走り出す。言われたことを確実にこなす操り人形。頭にこびりついたイメージはぬぐえず、そしてソレでいいと興は頷く。長いものにまかれるのは、いつどんなときでも楽でいい。
 ぞくりとした感覚が、背筋を通り抜ける。快感にもちかいソレを感じながら興は走る。
 ――もしかしたら、本当に。
 自分はマゾなのではないだろうか。
 首を振って思考を追い出し、興は加速。小崎の後ろへと追いついた。
「ねぇ、興」
 まるで今来たのをしってるかのように小崎が話しかけてきた。一度も彼女は振り返らず歩調も変っていない。
「なに?」
「体調は大丈夫?」
「ああ、問題ないけど」
「そう、それはよかった」
 そういって、小崎は満面の笑みを浮かべて振り返る。
「荷物持ちはよろしく」
 そんなことをする契約なんてした覚えは無い。そんな言葉がでるまえに、首は間違いなく頷いていた。

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