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連載小説:025

025:log
 去っていく二人を、メイドはじっと見送っていた。
 いやな予感がしたというのは、彼女に対して使うには少々問題のある表現ではあるものの、それ以外に表現のできないあやふやな不安が、メイドの足を地面にくくりつけていた。
 幾通りもの未来予測を弾きだしては、その可能性を少しずつつぶしていく。ありえる未来を、ありえない未来。二つは確率で分けられるほど単純な物ではないのだから。たとえ確率が低いからといって、0でないのならそれは起こり得る。そのあまりに少ない確率にたいして、用意を怠っていたというのであれば、それは怠慢でしかない。
 だから、メイドは自分が安心できるまで二人を見送っていた。ふと、興を下僕につけるまえ、自分が傍にいたときの朝弓を思い出す。なんら今と変わりなく、ただ目立つからという理由でメイドはあまり共にはいられなかった。ほぼ一緒にいたのは、彼女とともにいたムイという女性。
 あの時も今も、朝弓はなにもかわってはいなかった。
 少なくてもメイドには、そうおもえた。

 駅前集合。背中でバスが走り出す音を聞き、人ごみを歩いている。駅前の広場は、バスのターミナルになっていて、広く見えるが半分以上がバスが入ってくる道路に占領されてる。取り囲むようにビルが建ち、中央あたりはバス停だけの中洲のような物が出来上がっている。
 それは面積としては広いが、隔離された場所にすら見える。
 そんな考えに、ぞくりと背筋が凍る。
 ――まさかね。
 引きつった顔を、必死でもどそうとしたがどうしても戻らない。もし、もしだ。駅前にいる人間すべてがアレだったら。かぶりをふって意識を追い出す。上手くいかず興は、思わず足を止めた。
 小崎が振り返っていた。
 振り返ったのは、興の異変に気がついたからではない。
「最悪。興、退路を」
 そのすべてで答えがわかった。最悪も最悪だ。日の日中、ともすれば関係のない人間が顔をだすともかぎらないこんな広く人だらけの場所で、ありえない。それとも人に見つかることは、さして重要ではないのか。それとも、人が誰も来ないということが判っているのか。
 そのどちらでもないのだろう。いま、この時、この場所ほど都合のいいものはない。
 もし人が混じっていたら、そう思うったしゅんかん興の体から力が抜ける。
「興、目の前」
 その言葉に興は目を丸くする。目の前にいる、初老の男に対してではない。己のこぶしが、まるで操られるように握りしめられ、そして振り上げられてることにだ。
 意識すら追いつかず、疑問すら浮かび上がる前、拳は初老の男の喉下を打ち抜いた。人間ではありえない、簡単に肌がちぎれる感触。その瞬間興は全員で安堵したが、体は彼の心情などかけらも気にせずに動き続ける。ためらいなく、人間の姿をしたそれを殴りつけることの出来る自分に軽い恐怖を覚えるが、冷静な部分はあたりを見回して一つ頷きをつくった。
 初老の男の首が吹き飛んだ、が、ドコからも声が上がらないのだ。むしろ敵意をむき出しにこちらにむかってきている。
 すべてがアレなのだ、こんな異常な状況でもなければ納得できない現状に興は軽いめまいを覚えた。視界に入っているだけでも十数人はいる。背をむけた駅のほうにはもっと数がいただろう。相手側からすれば、もっと引き付けておきたいところだったのだろうか。
 走り拳を握り、目の前に転がった初老の男の顔を踏み潰した。ずるりといやな感触に、思わず体が硬直する。
「興、右!」
 背後から小崎の声がした。が、あまりのきしょくわるさに興の体は動かない。
「う……」
 必死で顔だけ言われた方向へむけたしゅんかん、ごつんまるで体中に響き渡る轟音がきた。衝撃が突き抜けたのだと、理解するまでに時間がかかる。
「約束どおり、まずはお前からだぁ!」
 聞こえてきた言葉は、興の頭をなにかで殴りつけた人影からだ。たたらを踏んで倒れるのを必死でこらえると、興は痛むこめかみを押さえながら相手をにらむ。
「何をしているの! 興! 早く退路を!」
 その言葉に、まるでスイッチがはいったかのように体が反応する。逃げ道は一つ。人がすくない車道だ。バス待ちをしていたアレが三つ。右に硬い鞄をもったアレが一つ。奥のほうからかけてくる物に関しては無視。
 右側にいた、興のコメカミを殴りつけたソレにたいして興は一気に距離をつめると鞄を無理やりに奪い取る。人間相手にするような、相手を考えた奪い方ではない。足を振り上げ顔の部分をけりつけるとまるで地面から野菜を引き抜くような要領で、相手のうでから鞄を引き抜いた。上体を押さえつけられ容赦無しに引き裂かれたソレは、腕ごと千切れ鞄を失う。
 奇怪な叫びが響き渡った。
 鞄についた腕を捨てると興はその鞄を持ち上げる。ずっしりとしたソレの中身は、きっと土か石だ。多分土だろう、石なら既に意識が吹き飛んでいた。興はソレを武器に、バス停側にいたものたちに向かって走り出す。
 興は背中で、何かがつぶれる音が聞いた。小崎が、腕をもがれたアレを踏み潰した音だ。振り返らずに疾走にうつる。
 ――我が腕は主の腕、我が足は主の足、我が意志は主の命。
 責任の所在は小崎に、そして代わりに自分は命を差し出す。簡単なことだと、ほとんど狂気にちかいテンションにまで跳ね上がった興は思う。それは、間違いなく正常な判断ではなかったし、まともな人間のソレとはあまりにも逸脱していた。状況に酔い、暴力によい、そして意思を持たずことをなす。人形とでもいうべきその行動を興は意識しない。それがあまりに心地が良いことを、認めるわけにはいかなかった。
 間合いに入るまえに興は手に持った鞄を力いっぱい目の前に投げつける。重苦しい音とともに一人の人間が後ろへふきとんだ。
 残り二人。飛び込むようにして膝をつきだし一人を吹き飛ばす。力もよわければ、体のつくりも弱い、動きも鈍い。束でないのなら、怖くはない相手だ。そう、見た目以外は。
 残り一人を普通に掴みかかり授業でかじった程度のへたくそな背負い投げで地面に叩きつける。人の体とくらべてあまりにも軽く、思わずバランスを崩す興。がそれですべては片付いた。退路が出来上がる。バス停留所の向こう、舗装された道は住宅街へとつながっている。
「小崎!」
 振り返った興は、思わず足を止めた。荒い息も、殴りつけられたコメカミも、なにもかもがきにならない。走ってくる小崎の後ろ、駅前にいたすべてのアレがこちらに向かって走ってきているのだ。横を走り抜けていく小崎。何をしていると、叱責がとんできたが興は動かず拳を握った。やることは一つしかないのだろう。退路を作ったら、あとは退路の維持だ。
 一体何人だ。興は冷めた頭のなかで、数を数え始める。一〇。二〇。三〇……。いくら力が弱いとはいえ、そんな数相手に無傷でいられるわけがない。思い思いに怒声を張り上げ、それは波となって興を包み込む。意識が一瞬流されそうになる。
「興様。朝弓様を」
 目の前には、あのメイドがたっていた。一瞬だけこちらを振り向くと、大勢の人並みにむかってメイドは跳躍した。人間ばなれしたその跳躍はゆうに四メートル以上だろうか、放物線を描きそして着地した。
 爆音が響く。中央には埃一つかぶっていないメイドが一人。まるで爆弾でもおちたかのように放射状に吹き飛んだ人影を一瞥してメイドは静かに一礼をした。
「終わりたい方からどうぞご自由に。遠慮は要りません。誠心誠意、真心をこめてお勤めさせていただきます」
 そして、メイドは笑った。

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