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連載小説:030

030:log
 重たい腹を抱え、重たい柱を背負い、赤い夕日に染められた道を歩いている。影は二つ。夕日を受けて伸びるその影は、長く細くアスファルトに刻まれている。一つは人の形だとすぐにわかるが、もう一つは一目には判らない奇怪な形だった。人の頭の部分が異様に長く見えるその影の正体は、興が背に背負った妖しい柱の影だ。
 ふらふらと、いつ倒れてもおかしいくない足取りで小崎の後ろを歩く興の顔は、夕日に照らされてなお青い。食いすぎによる腹痛と、背にせおった柱の重さによる二重苦により、すでに赤から青へ変化した顔色は、職務質問をされてもやむなしといったぐあいの形相である。
「別に持たなくてもいいのに」

 呆れた顔で小崎が興を見ている。
「いや……少しでも腹をすかせないと」
「カロリーを消費したからといって、胃の消化が早まるようなことはないとおもうんだけど? むしろ運動すると胃に血がいかないから消化遅くなるんじゃないの?」
「なにぃ!」
 思ったより元気な声に、小崎は一瞬目を丸くしてすぐに笑い出す。
「さ、さぁ? べつに私医者でも生物専行でもないし、よくしらないけど」
「む……」
 難しい顔をして考え込む興をみて、小崎は馬鹿だとは思わない。いちいちまじめに反応する興が面白いというのは間違いないが。
「さぁ、いそごう。お腹へったし」
「おれ減ってないし!」
「下僕のわがままを聞くほど、私は心が広くないの」
 そういって、小崎は跳ねるように道を行く。彼女をおいかけたのは興のため息ばかりだった。

 ◇

 消化不良の腹をかかえ、柱を背負い興は歩く。
 駅から徒歩を選んだのは失敗だったのだ。大きさが規定以上になると料金が発生するらしいことをきかされ、興と小崎は歩きを選んだ。それがそもそもの失敗だったのだ。
 ようやく見慣れた小崎家の近く。既に日は落ちて、夜の闇が空を覆い始めていた。
「もうちょっと……」
 自分に言い聞かせるように呟いた言葉。それを耳で聞いた瞬間だった、興は足を滑らせた。思わず上げる声すらでなかった。最悪の体調で体の反応は鈍い。しかも背に重たい柱を背負っていたために興はたいした抵抗もできずに地面に転がった。
 微妙に斜面になっている地面に横へころがったのがいけなかった。ぶっ倒れた興を尻目に彼がもってきた柱はごろごろと地面を転がっていく。
「興。大丈夫?」
 小崎はきがついていないのか、興に駆け寄り彼の無事を確認して一息をついた。
「は、しらが!」
 必死で起き上がり指をさす興。その指につられて小崎もそれをみた。緩やかであるものの、転んだ勢いがついていたのか結構な速度で転がり始めている柱がそこに。なんのいやがらせか、ほとんど曲がらず綺麗に道路にそって転がっているのだから始末が悪い。
 何とか上体を起こした興が追いかけようとするが、そのまえを小崎が走り出す。それで、興は体を動かすのをやめた。追いつかないわけがないのだから。自分はゆっくりおいかけよう。そんな軽い気持ちで走る小崎の背中を見送る。
 が、柱は次第に勢いがつき距離も離れていてすぐに追いつきそうな気配がなかった。足が速いわけではないが、それだって片腕で抱きかかえられる程度の細い柱だ、速度だってたかが知れている。はずなのに、小崎はいっこうに柱においつかなかった。
 疑問に目を凝らす。思わず歩いていた足が速くなる。
 そして興は小崎にちかづいてその理由がわかった。ヒールだったのだ。高いヒールではないが、走りづらそうではある。頭のどこかで、そんなの履くのかなんていうくだらない言葉がうかびながら、昼間もそういえば逃げ出す時足が遅かったと思い出した。
 慌てて地面をけりつけ前に。坂の先に、T字路がある。そこまでいけば柱はとまるだろう。だが今の速度は興が体調が悪いとはいえ全速力ではしってもすぐに追いつけないような速度になっていた。
「興!」
 横を通り過ぎる時小崎の声が聞こえる。何をそんなに心配しているのだと、不思議におもって前をみる。そして、小崎の叫びの意味を興は理解した。
 T字路の先。壁になっている場所は人の家の垣根がある。もし跳ねてその中に入り込めば厄介な事になるのは間違いがない。
 慌てて柱をとめようと身をかがめるが旨く手が届かない。足を前にだして勢いを止めるべきだろうか、一瞬の逡巡で気がつけばすでに体はT字路へと到達していた。
「興! 止まって!」
 小崎の声に、柱の前に踏み出そうとした足ごと、体が硬直する。ごろごろとけたたましい音をたて、柱が転がっていく。と、左側に光を感じた。
「おわ!」
 慌てて振り返れば車が速度も落とさずに目の前を走りすぎていった。
 アスファルトを切るタイヤの音を、はやがねのようにうつ心臓の音といっしょに聞きながら興は大きく息を吐く。
 同時、重苦しい草が揺れる音が聞こえた。
「……やべ」
 クルマに引かれることはなかったみたいだが、予想通りに柱は家の垣根のなかへと飛び込んだらしい。大きい物だ、そんなにおくには行かないだろう。最悪でも垣根が少しおれてしまうぐらいのはずだ。
「げ」
 覗きこむ。が、垣根の下に柱はなかった。いや、垣根の下に柱が落ちた。道路と、その家のの垣根とには段差があったのだ。すっぽりと隙間におさまってしまった柱は、そのまま下におちてしまっている。思わず覗き込んだその地面は、人一人分ぐらいの高さがあった。庭にたって道路側からみたら顔がでないかもしれない。
「興?」
「おちちゃった」
 手を伸ばすが暗くてよく見えない。
「あー。家の人にいったほうが」
 きょろきょろと辺りを見回す小崎を尻目に、興はむきになって垣根の下に手を突っ込む。だた手にあたるのは垣根につかわれてる木の枝ばかり。
「んー、ライトライト……」
 ポケットから携帯を取り出しまるで自動販売機の下をあさるように体を縮める。携帯を差し込んでバックライトであたりを照らして見るとすぐ其処に柱が見えた。
「取れそうだ」
「そう?」
 携帯をポケットにもどし、あたりをつけた場所に手を伸ばす。木の枝とは違う硬い感触がかえってきた。

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