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連載小説:032

032:log
 慣れというのは恐ろしくて、それはふと立ち戻ると狂ってしまったかのような錯覚すら覚える。いつの間に自分はこんなことになったのだろうか。それとも、はじめからそうであったのか。疑問と恐怖と自己嫌悪。それらがない交ぜになった吐き気のようなものが胃からせりあがってくる。
 だから、立ち止まらず、振り返らず、前だけをみて愚に今のみを信じるのだ。
 狂気に急き立てられ、まるで逃げるように走り続ける。ソレが正しいのだと何度も言い聞かせながら。
 あの日からどれだけたったのか。数日しか経っていない気もするが、なんだか数年という月日を過ぎてきたようなきもしていた。
 もう何回友人を殴りつぶし、何回親を引きちぎったのか、興は覚えていない。

 小崎の示すアレは今まで一度も間違いはなかったし、そしてこれからも無いだろう。既にそれは特殊な能力ではなくて、目が見える手が動くというレベルの普通の身体機能の一つなのだと、興は自分を納得させていた。
 熱をだしたり、薬で朦朧とでもしていたら間違えるだろうか、そんなせんのないことを考えながら、興は誰も居なくなった教室に一人で椅子を傾け校庭をみおろしていた。
 夕方に差し掛かった時間だが、既に夏といってもいい今の時期夕暮れはまだ遠い。倶楽部活動で走り回る生徒があげる土煙が、まるで生き物のようにうごめき薄くなって消えていった。
「おそいな……」
 小崎にあうまでの興とくらべて、ほんの少し。鉄国です注意しないと差がわからないほどではあるが、目が据わっている。憮然とした表情は彼のいつもの表情だったし、つまらなそうにため息を漏らすのもいつものことだ。けれどほんの少し、ほんの少しだけ全体的に暗くなっている。クラスメイトは一人一回は、親にいたっては既に五回以上、それでおかしくならないほうがどうかしていた。
 だから、どちらかといえば興は、どうかしている。

 ――君の責任の所在はすべて君の主人である小崎・朝弓にある。

 ただその言葉だけを盾にしてきたのかもしれない。そして、その言葉に彼はドコまでも依存していた。そして、小崎はその思いに答えるようにただ己が生き残るためにその他を排除していった。
 アレがそもそもなんなのか。世界の垢だといわれてもぴんと来ないその現象は、少なくても意志があり、痛みを知り恨みを知り言葉を知っている。襲ってくるから殺すというのは、あまりにも短絡的だ、と興は思う。が、喜んで殺されるというのもまた納得がいかないのだ。
 校庭のどこかで、笛を吹く甲高い音が聞こえた。三階にある教室からでも良く聞こえるほど、とがった音で興は我に返る。
「おせぇ」
 日直になった小崎は、興を教室に残しゴミ捨てへといってしまった。もたれかかった椅子に体重を預け傾ける。金属の軋む重苦しい音といっしょに体重のかかる場所がわってほんの少しだけ体が軽くなったようにおもえた。
 胸の辺りで、冷たい感触が転がる。思わずそれに手が伸びた。
 硬い、金属のような棒。興をこんなことに巻き込んだ張本人であるムイが渡した標。ドコでもいいから突き刺せば、必ずその場所を見つけてくれるというはなしだが。
 手にとって銀色のその棒を机に置いてみる。まるで魔法のようにその棒は半分ほど抵抗もなく埋まった。机の下に手をいれてみても、貫通しているはずの場所には棒はなかった。が、突き刺さっているのは棒を持てばわかるぐらいたしかで、手ごたえも確実に突き刺さってることを示している。
「なんなんだよこれ」
 勢いをつけて、棒をひきぬき戯れに手の平に。
 ず、といやな感触と共に突き刺さった。
「うえ!」
 驚きに傾けていた椅子が滑る。背中から、床へと体が落下していく一瞬の感覚を知覚した瞬間、衝撃を受けて倒れた。
「……ぐ」
 背をしこたま打ちつけ、咳き込む。思わず口元にもってきた右手に棒が半分埋め込まれているのをみて興は驚いた。
 慌てて引き抜き服の中にもどすと、のそのそと彼は起き上がった。
「それにしても遅い……」
 嫌な予感だけがして、慌てて椅子をもどすとその足で興は廊下へと飛び出す。ゴミ捨てにしてはあまりにも遅すぎる。
 階段を飛び降りるようにしてくだり、一階の廊下へ、下駄箱に飛びつき靴を出すと昇降口を飛び出した。
 校庭を横目に、校舎の裏へ。
 ぞくりと、なにか体締め付けるような感覚に息を呑む。
 校舎を走り抜ける間、誰にもあっていないのだ。校庭に誰もいないのだ。
「小崎!」
 不安に思わず声が出る。
 校舎の角を回りこみ、裏が見えてくるとそこに少し開けた場所がある。焼却炉があるその場所へ飛び込むようにして興は走る。
「興! 横!」
 いきなりの声に、反応ができなかった。体が正直に横を確認することはなく、ただ横からのなにかを避けるため伏せる。その行動にでていた。が、その行動は遅すぎたとしかいいようがない。
 いきなり即頭部に衝撃をうけ、興は吹き飛んだ。そのさきに校舎の壁。もう一度頭を強くうつと、一瞬にして意識が遠のいていくのが判る。
 ――ああ、やばい。
 消えそうな意識のむこうで、一人でアレと対峙している小崎の姿が見えた。何か叫んでいる。視線は興の傍に立つアレに向けられていた。
 ――せめて一目、顔を。
 そうおもって必死で視線を上に。土の匂いがいやに鮮明に鼻に届く。薄ぼんやり焦点の定まらない視界のなかで、アレがこちらをみてニィと笑った。
 なんだか、アレらしくない。そんな気がする。興の知っているアレは恨みと狂気に彩られた獣に近い顔しかしない。だが、今見下ろしているその視線は、間違いなく勝ち誇った目でも、蔑んだ目でもなくて、ただただうれしそうな目だった。
「騎士とやらも、たいしたこと無いな」
 右腕を踏み潰された。痛みに少しだけ意識が戻る。何とかしないといけない。
 ――あの棒を。
 左手で首から下げられている金属の棒を引き抜くと躊躇わずに自分の右腕にさした。地面ではだめなのだ、自分でも駄目かもしれないが、少なくても自分であるなら、もしかしたら追いかけられる。そんな細かい予想をしていたわけじゃない。ただ、右手が痛くて、それが不愉快で、興はその右手に棒を押し込んだ。半分から先は、まるで灼熱の塊のように右手に進入していく。

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