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連載小説:033

033:log
 子供のころ、乳歯がしぶとく残っていた時歯医者にいって歯を抜かれた時のことを、興は思い出していた。体の一部分が異物なのだと頭ではなく、本能が理解したしゅんかんのあの恐怖と体を貫くような痛み。
 虫歯になって歯を削られた時のことを思い出す。麻酔の上からでも判るほどの痛み。いや、あれは痛みではなくて衝撃。脳みその裏側を容赦なく引っ掻き回すような痛み。痛いというより、熱い冷たいが同時にやってきて処理できなくなったような、そんな感覚に、興は涙ではなくて口から垂れる涎を自覚した。
 ガチガチと歯がなっている。焼けるように痛いのになぜかありえないほど冷えた鉄にさわり肌が切り裂かれるような感覚も同時にやってくる。
 痛みは体中を余韻を味わう暇もなく駆け回り、いつまでも新しい痛みとして彼の体を、心を切り刻んでいく。

「あ、あああああああああ!」
 こんな物に耐えられるわけがない。気絶しかけたいい具合にシェイクされた脳みそですら、目を覚ますほどの痛み。気絶を許さず、そしてなれることすら許さない痛み。
 漫画でみた、腕が切られても平然と敵に向かっていくヒーローの姿が思い出される。そして興は思う。あれはありえない。まだ骨折のほうがマシなのではないだろうか。体中の血が沸騰している。なのに凍って棘のようになった血液が体中を駆け巡っている。
 痛い、熱い、冷たい。
 あまりのショックに、息が詰まっている。思わず引き抜こうとした棒は、もうびくともせず右手に突き刺さったままだった。
「うああああああ」
 興のあまりの変貌に、彼の手を踏みつけていた男が思わず足を離した。訝しげに見下ろすかれの視界のなかで、自由になった右手を抱え必死で痛みをこらえるようにうずくまる興。
「なんだぁ?」
 呟いた言葉に、小崎は思わず顔をあげた。アレの反応ではない、少なくても彼女が記憶している物にそんな反応を示すような物はなかった。もしかしたら人間なのではないか、思わず投げかけた視線の先、うずくまる興と、小崎をにらむ顔があった。
「まだ始末してねぇのかよ。早く殺せ!」
 その言葉に、小崎の側面にいたものが反応する。既にの周りは取り囲まれているが、一向に気にしない風で彼女は足を前に踏み出だした。
「興!」
 目の前の人型にむかって腕を振り払う。躊躇い無く首にはいった彼女の手は、そのままその首を引きちぎり振りぬかれた。目の前を飛ぶ首を無視しまた一歩。崩れいく体を蹴り付けて、横から迫ってくる人型の一つへとぶつける。片側だけになった人型に振りぬいた手の勢いを殺さずに一回転。殴りつけた。
「ぎ」
 すりつぶされるような悲鳴といっしょに、手に骨の砕ける感触が伝わってくる。しかし小崎はソレを無視、前に。血肉を踏み潰し、彼女は走る。
「へぇ、騎士を助けるお姫様ね」
「興は私の下僕だ! ソレは私のだ! よるな!」
 小崎の叫びに、興の傍にいた人型は口笛を一つ。その動きに、酷く不安を掻き立てられるが、足の進みは止まらない。
「まるでこっちがお姫様だね。ふん、そうだいいことを思いついた」
 言葉が終わるか終わらないか。人型が、普通の人間で言えばさわやかな笑顔をこちらに向けた瞬間、目の前がまっくらになった。
「な!」
 思わず目の前に手を。そして、自分の目の前を人型が覆うようにしているのに気がつく。あまりに唐突で、あまりに近かったため判らなかったのだ。思わず体がとまり、目の前に張り付く人型を振り払ったときには、すでに数秒がたっていた。
 明るくなった視界のなか、すでに興の傍らにたった人型は小崎から距離をはなしていた。しかも、興を小脇に抱えたまま。右手を押さえ苦しそうにもだえる彼は、抱え上げられていることも、いま目の前に小崎がいることも理解していない。
「さて、動かないでくれ。我ら側にいる姫様」
「……」
「いい加減終わらせないとさ、ほら。消耗戦なんて不毛すぎてね。いくら僕たちがか弱くてヒトに太刀打ち出来ない分大量に要るからといって、さすがに無駄だとおもうし」
 そういって、右手で興を抱えながら、左手でぱたぱたと手を振る。いつでも飛び出せるように小崎は体重を落とす。上履きのままの足が少しだけ痛みを呟いた。
「おっと、動かないでくれ。これ見える? メス。しってる? 僕たちみたいなひ弱でか弱い存在でも、君たちの肌を切り裂けるとても便利なものさ。僕たちは素手じゃ叶わないけど、代わりに君たちが作った“君たちを殺す道具”なら使えるからね」
 そこでやっと小崎はその人型の姿をはっきりと視認した。いままで、まともに見てきたことはない、見てしまえば体の動きが鈍る。決心が鈍る。いつも目をつぶって殴りとばしていた。見ないように、まずは顔から、そして背丈がわからないように足、手。だから、こうしてまともにソレをみるのはあまりに久しぶりだった。
 優男といっていい、だが見たことは無い。記憶にある人間の姿はとっておらず、代わりにどこにいても目立たないほど普通の姿だった。背丈は大学生ぐらいだろうか。背の小さめな興とくらべるとそれなりに大きく見える。
「彼は人質だ。僕たちに彼を殺す理由はないしね。ま、入れ替わった暁には死んでもらうつもりではあるけど……。殺意をもった一対一の殺しじゃなくて、ただの掃除よって排除されるであろうその他大勢としてだから、まぁ諦めて……」
「興を返せ!」
 飛び出したいが、しっかりと興の首にはメスが当てられている。小崎はただ動かずに叫ぶ。
「ソレは、私のだ!」
「おおー。かっこいいねかっこいいね。言われて見たい物だね僕も。ま、そんなことはどうでもいいね。とりあえず彼は人質さ、我ら側の姫。君が、言うとおりの場所へきてくれたら彼は解放しよう。力もなく、いまだ剣にもなれない、役立たずの騎士をね。それじゃ、場所は後日。ちょうど明日は土曜日だっけ? ちょうどいいじゃない。小旅行さ、オシャレだね? ま、そういうことで」
 そういって、人型は手を振る。同時、また目の前が真っ黒そまった。ぼとぼとと落ちてくるようにアレが降ってくる。
「どけ! 興! 興! 目を覚ませ!」
 およそ女子高生の叫ぶような語気ではなかった。絶叫ともいえるその叫びは、校舎の窓ガラスすら振るわせる。
「興ぇ!!」
 きっと、うれしかったのだ。小崎は人型を殴りつけながら思う。役に立つ立たないなんて関係なかったのだろう。そばにいてくれたことがうれしかった。ムイやユキのように、どこか飛びぬけたいつも壁のあるような相手ではなく、傍にいてくれる友人としていてくれたことが、うれしかったのだろう。他の人間には、ままごとを繰り返すカップルにしか見えなかっただろうな、と小崎は苦笑する。自分と興の間にあったのは、愛情でも友情でもないのだから、そんな風に見られても困る。二人の間にあったのは、契約。それは相思相愛の男女がかわす約束より重く、親と子が共にいる血のつながりよりも濃いものだ。契約。
「興!!」
 役に立たなくてもよかった。欲しかったのは、契約を守り続けるという姿勢だけだったのだから。
「守るって! 言ったじゃないか!!」
 叫び声は、遠く空へと飲み込まれていった。

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