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連載小説:036

036:log
 小さな非常灯が、暗闇のなかでぽつりと光をともしている。影を作れるほどでもなく、ビルの内装を淡く照らすにとどめているその光は、あまりにも控えめで光といっていいのか戸惑うほどだった。埃くささと、地下とコンクリートが作り出す冷たく湿気た空気は、嫌が応にも退廃的なイメージを喚起させた。
 興は、同じ姿で長い時間拘束されて凝ったのか、体をなんとはなしに動かしていた。彼の目の前で、色のわからない色をしたロングヘアの女性が面白そうに天井を指差してはふらふらと指を動かしている。
「八十人程度か。そんなかに一人変なのがいる」
「それそれ、そいつなんか今までのと違った」
 いまだ重たい感じのするコメカミを抑えながら、興はすっと彼女の横に立った。

「へぇ、ちょっと厄介だねこれは」
 いいながらムイはじっと上を見たままだった。指をふらふらとゆらしながら、何か確認しているようにも見える。
「アレじゃないのか?」
「いや、本質はいっしょじゃないかな。どこにでもいる例外……だといいけど」
「例外、ね」
 なんとも頼りの無い答えだ。と興は苦笑交じりに頭をかいた。
「なんか変な感じだな。うーん、調べるのも面倒だな。まぁいいか」
「いいのかよ。なんか普通の人と同じだった。いや、俺を片手で抱え上げてたから、普通の人より力あるかも」
「べつにその程度ならどうでもいいんだ。ユキ一人でも十分だし。ソレより、そいつがどうして出てきたのかがきになる」
 ふと、ユキという名前がでて駅前のことを思い出した。人間相手でも端にも棒にもといったかんじの乱闘。いっしゅん興は背筋に冷たい物が流れるのをかんじた。
「今考えてもしょうがないんじゃ?」
「いや、今すぐ外にでてもしょうがない」
 くるくると指を動かしたまま、彼女はじっと天井を見上げている。何かが見えてるかのように。

 辺りはあいも変らず静かで、何も変ったところは無い。暇をもてあました興はうろうろと部屋の中をうろついている。非常灯だけの明かりではあったが、それでも十分物が見えるほど瞳孔は開ききっており、苦労することはなかった。
 廃ビルとはいえ、老朽化してるようには見えない。どうやら、建築途中で工事が何らかの理由で止まったものだろう。コンクリの柱は塗装もされずにのこっていて、壁は張られておらず枠とコード類が顔を出したままだ。
「何のビルだこれ」
「ん? ああ、有賀のビルだ」
「……ありが? アリガコーポレーション?」
「そう、その有賀のビルだ。建築途中で気が変わって放棄したビルらしい。アレの巣窟になるのはわかっていたが、判ってる場所を巣窟にしてくれたほうが手がうちやすい」
「なるほどねぇ」
「さて、そろそろ上に行こうか」
「結局なにしてたのさ」
 興の疑問に、ムイは答えずに笑みだけを返してきた。非常灯の下、大き目の鉄扉が大きな口を開いた。軋みもなく滑るように開いていく扉のむこう、階段が顔を出す。そして、初めて自分たち以外の音がもれ聞こえてくることに気がついた。
「なんだこれ」
 まるで休み時間の校庭を見下ろしてるような感覚。あの遠くから聞こえる喧騒にすごくよくにていた。しかしそれは駅や人の多い場所ではなくて、学校の校庭など少なくても皆が声を張り上げてるであろう喧騒にちかいなにかだ。
「アレの声だな。獣の声にしかきこえないが」
 注意して聞いて見る、がやはり意味を成さない叫び声ぐらいにしか聞こえなかった。
「んで、何するんだ」
「朝弓と合流する。彼女と入れ違いにならないようにタイミングをまってた」
 いって、ムイは軽い足取りで階段を登り始めた。
 ふとその背中を追いながら興はおもう。どうやって目の前に現れたのだろう。家に来たときも、突然だった。一体目の前にいるモノが、なんなのか、アレとおなじ存在なのではないか、と疑問が浮かんでくる。
 が、すぐにその疑問を興は首をふって否定した。小崎が彼女のことを信用していた。それだけで信じるには足る。それで十分だ。言い聞かせ、階段を登る。
 遠く響く喧騒が、少しずつ近づいている。
「たとえばさ、重さ一トンのハンマーを持ち上げろといわれて、君はできるか?」
「は?」
 いきなり何を言い出すんだ。
「できるわけないだろう。漫画じゃあるまいし」
「手の平大の大きさのハンマーが、とんでもない質量で一トンぐらいの重さだとして」
 とんとんとん、と軽快な足取り。
「ソレを振り回されたとしたら、君は受け止めることができるか?」
「さぁ。腕が折れる。いや、千切れるか」
「ご明察。君と、アレの差は其処にある。簡単にいってしまえば、この世界の存在にしてはアレは薄い」
「薄い?」
「君をそのまま雲まで届く大きさにしたら、君は自壊するだろ」
「あ、ああ。なんかウルトラマンが存在できないとかなんとか」
「対応策はその重さに耐えうる強度をもつか」
「軽くする」
「そういうことだ。アレは、軽くした結果だ。したがって薄い」
「だからどうしたんだよ」
「その中に一つおかしいのがまざったってことは、軽くする必要がなくなった。ということだろう」
 それは――
「そう。それは、これから君の言う変な奴が大勢表れるってことだ」
 一瞬倒れそうになった。いままでは、自分でもアレを壊すことができた。もし、ソレができなくなったら。ただのあしれまといじゃないか。
 ――だったら。
「だったら」
「だったら、意味が無いから殺せと?」
 言い当てられた言葉に、興は思わず足を止める。
「馬鹿は休み休み言え。馬鹿」
「う……」
「そんな考えでは、たしかに死んだほうがマシかもしれないが。そら、そろそろお出ましだ。今は悲劇のヒーローを気取る暇はない」
 いそげ、とムイがいう。急き立てられ、興は階段を登っていく。踊り場に、アレの影が現れるのが見える、上から降りてくる足音もだ。
 興は生唾を飲み込んで顔を上げる。

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