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連載小説:037

037:log
 飛び上がるように踊り場にたどり着くと、そのままの勢いで影の一つに激突する。骨の折れる感触を肩で感じながら興は踊り場に着地。勢いをころさないまま、片足を軸にもう一つの人影へ足を。それは蹴りのような綺麗な動きではなく、全く体重移動のできていない乱暴な振りだった。だがそれで十分な攻撃力になる。ほとんど人間とはいいようのない感触を足に感じながら興は、足を振り切った。
 人間の形をしているようで、そのじつ人間とは程遠い存在。中を流れる赤いちも、体を支える骨も、体を動かす筋肉も、何もかもが人のソレと比べれば脆弱だった。
 形を失えば存在した証そのものすら消えてしまうソレは、普通の人間相手に足を止めることすらできないか弱い存在だった。
 だがそれでも形は人である。それは大いに脅威ではあった。はずだった。見分けの付かないそれは、殺さない限り人かどうか判別がつかないということで、そして目の前で友人を殺さないといけないという現実になる。
 なぜわざわざ人間に擬態するのか理由を興はしらないが、それでもその擬態そのものが脅威であることは知っている。
 だからこそ彼は容赦しない。目をみて言葉を交わして手を緩めた瞬間に、殺されるのはこちらなのは目に見えている。姿かたちなど目を合わせうこともせず、一瞬ぶれた視界のなかでただ拳をふるう。彼が小崎の下で拳を振るうようになってから、身に着けた己の心を守るすべだった。

「いつの間に逃げ出しやがった!」
「殺す!」
「イヒィィィィィィ!」
 叫び声が階段に反響し、奇妙なこだまをつくる。わんわんと響くなか、血の匂いに酔うことしか興には許されていない。既に人型の叫び声は届かず、悲鳴も聞こえない。手に残る感触を振り払うように上から降ってくるアレを一つ一つつぶしていく。
 無言で無表情。血の海にたちながら、返り血が一瞬にして霧散するため赤く染まっていない男が一人立っているというその光景は、あまりに凄惨だった。
「興、立ち止まらないで登れ」
 背中からかけられたムイの声に、一瞬興の動きが止まった。叫びと悲鳴ではない異質な声に反応した反射ではあったが、次第に言葉の意味が頭の中にしみこんでくる。
 彼が振り返ると暇そうに踊り場から少し降りたあたりで興を見上げていた。顎で上をしめす彼女をみて、興は反応せずに階段を駆け上がり始める。
 いま、朝弓の指示はない。血によった興は自分の危うさを理解している。だから、朝弓が信じたムイを信じる。ぐっと、血にぬれた階段を踏み出し興は上へ。
 一つ上の階が見えてくる。といってもビルの地下へと向かう簡素な螺旋階段だ、踊り場も階ごとの場所もなんらかわりはない。変りは扉があること一つ。
「まだ一階じゃない。もう一つあがれ」
 ムイの言葉に従順に興は足を踏み上げる扉から出てくるアレを扉を蹴り付けて押しもどすとそのまま上へと駆け上がり始めた。
 それの背中をみてムイは苦笑。
 ――そんな苦しそうに戦わなくてもいいだろうに。
 一つ上の階へとたどり着いたとき、興を追いかけようと扉から首を覗かせたアレと目があった。
「私は、美甘・興より優しくなくてね」
 躊躇いも無く笑顔で扉をけりつけた。覗き込んだ首が扉に挟まって千切れる。反動で中を舞った顔にそのまま蹴りを放つと、一瞬にして顔が霧散した。
「そろそろでてくるかな」
 けりつけた扉がへこみ、二度と開かなくなったのを確認するとため息混じりに彼女は階段をのぼりはじめた。

 一階の表示をみつけた興は、そのまま躊躇いもなく扉を開けた。久しぶりに目にする明るい光に、一瞬だけ興は足を止めた。
 同時、彼は音を聞く。
 何がと疑問が頭に上ったときには、視界がまるで流れるように飛んだ。腹を殴られたな、と思ったときには天井をみあげ興は仰向けに倒れていた。
「ひゅー、良く抜け出せたな。もしかして君、マジシャン?」
 聞き覚えのある声。軽薄で、人を小ばかにしたその声は、己のコメカミに強烈な一撃を加えた男にほかならなかった。興は、首を必死でまげ声のするほうを見る。
 知り合いにはいない顔だった。優男。大学生ぐらいだろうか、しっかりとその顔をやきつけると、興は体をおこしにかかる。
「美甘・興!」
 後ろからムイの声が聞こえた。
「そいつにばかり気を取られるんじゃない!」
 同時、右腕に突き刺すような痛みがはしった。声に全く反応できなかったとしったしゅんかん、悔しさがこみ上げ痛みはそれによって払拭される。何が刺さったのか、視線を追えば右腕に銀色のナイフのようなものが突き刺さっていた。
 開いている手で一気にそのナイフを引き抜く。いやに、抵抗なくぬけたナイフは、刃が短い変な形をしている。
 ――メス?
 下手に勢い良く引き抜いたせいで、傷口が開いたのか血が吹き出た。興奮状態にある彼の血管は開けられた穴から流れ出る血を精一杯少なくしたが、そんなものは傷口の大きさに比べれば微々たるものだった。骨まで到達しただろう傷を一瞥して、興はソレをさした人型へむかって左手を無造作に振りぬく。
「びっ」
 顎からさきを吹き飛ばされきりもみをする人影を見ようともせず、興は先ほどの優男にむかって走り出した。
 右手が痛み出す。拳を握って紛らわす。踏み出した足が、先ほど殴り飛ばした人型の体を踏み潰す。気にせずに前進、目の前に迫った興をみて優男は笑みをたたえた。

 カウンターのように興の顔に綺麗にはいった拳をムイは眺めている。
 ほとんど人間と同じ。見た目どころか今度は性能も。普通の人間相手と考えていいかもしれない。ムイは首を傾けながら考える。運悪く階段まで吹き飛んだ興が頭をかばいながら階段を転がってくる。
「喧嘩の経験は?」
「……な、い」
「何が欲しい」
「……」
「あはははは、散々僕たちを壊してくれたお礼だよ。苦しまないで死ねるなんておもわないでくれよ? ま、時間もないからついでにあのお姫様も観客に加えようか。ま、その後はあのお姫様を壊すけど」
 とんとん、と軽快な足音。軽薄な声。特徴の無い顔。興は、その人をかたどった形をしている物を見上げながら痛む右手を握った。
「アイツを殴れる拳がほしい」

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