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連載小説:40

040:log
 油断をしていたのだというのなら、誰もが責任を負うべきだったし不注意というのであれば、やはり誰もが責任を負うべきだった。
 彼らの存在というのは、ムイが思っているほどにか弱いものでもなかったし、興が思っているほど単純でもなかった。世界中の矛盾を、不幸を、不条理を、彼女一人に押し付けたのだ、そんな簡単な物ではなかった。それを知っている彼女は、ただ一人正しい認識をしていた。
 決して臆せず、決して油断せず、決して手を抜かず、常に本気だった彼女だけはただ一人その恐怖を認識していた。

 乾いた破裂音が二回、小崎の耳に届いた。

 音は遠くのビルや近くの建物に反響し、乾いた音を繰り返す。どこかで聞いたことの在る、覚えのある音。どこだっけか、と小崎は考える。
 ――酷く懐かしいわりに、どこか身近な音。
 油断をしていたわけでも、手を抜いていたわけでもない。
 ――その乾いた音と一緒に思い出すのは、歓声と土埃と石灰の匂い。
 ただ、興の胸は小崎にとっては広かった、だから見えなかった。それだけだ。
 ――ああ、そう。体育祭できいたことがある。なんだっけ……。
 答えに行き着く前に、目の前の興が震えた。
 ――そうだ、徒競走とかで聞く。スタートの合図。
 赤い、何かがあたりを彩っていく。
 ――そう、火薬が破裂する音。銃の発射音。
 口から赤い血を吐き出しながら、焦点の合わない目を揺らし、興が膝から崩れた。
 思わず彼を支えようと小崎は一歩前に。その視界のなかで、興のシャツの胸の辺りが赤く染まっていることに気がついた。
 ――あれ?
 どうしたのだろうと、疑問が頭の中を掠める。
 同時、腹部が燃え上がるような痛みを訴えだした。思わず目の前が真っ赤になる。最悪だった、一瞬にして状況を理解するが、全く対処ができない。
 背後から興の肺を襲った凶弾は、そのまま彼の体をぬけ、小崎の腹に形をかえ軌道を変え、突き刺さった。体中の神経が驚いてまるで別々の生き物になったように言うことを聞かない。頭の中までばらばらにされたような痛みの中で、小崎は興の肩越しに拳銃を持った奇怪な影を見る。首はあらぬ方向へ曲がり頭の形はすでにつぶれていた。銃を持つ手だけはたしかに其処にあったが、腰の辺りがおかしな方向へ曲がっている。それでもなお、その奇怪な影はこちらをみて笑っていた。
 何かが落ちる軽い音が聞こえた。また銃を撃たれたのかと身を硬くするがそういう類にものではない。視線をめぐらすと、地面に伏したムイが見えた。
 腹部の痛みで焦点どころか呼吸すらままならない。生理だってこんなに苦しんだことは無かった。痛みや血に強いのは女性だなんて、残念ながら常識の範囲の話しなのだとバラバラになりそうな意識のなかで思う。
 頭から血を流しているムイは、ピクリとも動いていない。即死だろうか。思い出したかのように、口から大量の血を吐き出した興は膝をついた姿勢のまま痙攣と咳を繰り返している。
 そして少しずつ意識が痛みにしか向かなくなっていることに小崎は恐怖を覚えた。
 このまま腹部の痛みだけを思い、死んでいくのはあまりにも納得がいかない。
「供⊇」
 目の前で膝を突き朦朧とした視線を揺らしていた興に、手を伸ばす小崎。すぐ近くにいたはずなのに、あまりにもその距離が遠く感じられた。
 腹が熱い。呼吸が浅い。視界からはいってくるモノが、理解できない。心拍にあわせて傷口が爆発しているようだった。すべての意識は其処に集中していく。もう、なにも考えられなくなっていく。
 砂を食む音がどこかとおくで聞こえた。

 拳銃の音が聞こえたと、気がついた時には口から大量の血がでた。普通に咳き込んだつもりだったので、頭の中で「なんじゃこりゃー」という突っ込みがはいっていた。
 余裕といえば余裕だったのかもしれない。興は、前のめりになりそうだったからだを必死で立て直そうと足を前に出そうとした。が、ソレは叶わず力なくひざが崩れ落ちる。
 ああ、これはまずいな。そう考えた時には、すでに体中から力が入らなくなっていくところだった。呼吸するたびに、反射で咳が出る。そのたびに口から血が溢れていく。鉄臭いその匂いは、たとえ自分の血であろうとも気分のいい物ではなかった。
 痛みは、あまりなかった。あの時右手に突き刺さった棒の痛みのほうが酷かった。呼吸ができず次第に朦朧としていく頭は、肺に開いた穴ぐらいでは目を覚ますことすらできなかった。
 幾度か咳き込んだあと、小崎が倒れていることに気がついた。腹部から血が滲んでいる。彼は自分の肺を付きぬけた銃弾が小崎に当たったとは思わなかった。
 どさりと、何かが倒れるおとに興は視線だけでそれを追う。
 ムイが頭から血を流して倒れていた。驚きに一瞬意識が覚醒するほどだった。思わず力いっぱい吸った息で咳き込み、血を吐き出す。
「供⊇」
 呟くような声に、小崎を見た。腹から血を流してうずくまっている。銃声は二回。しかし三人が倒れている。
 ――なぜ?
 疑問に答えるものはいなかった。空気が抜けるのを防ごうと胸を思わず押さえ、手に血が付いた。
 興は理解する。自分の体を突き抜けた弾丸が、小崎に突き刺さったのだと。
 ――たてにすらなれないのか。
 心臓にあわせて肺が熱を帯びる。
 情けなさよりも、腹を押さえている小崎の姿を見て申し訳ない気分になる。
 背中から軽薄な笑い声が聞こえてきて、拳銃を撃ったものがなんなのかを興は理解する。とはいえ、判ったところで体を動かす力ものこってはいなかった。
「こ……」
 声が出ない。こちらに手を伸ばしそのまま力なく落ちていく小崎の手をみても、興は動けなかった。
 ――ごめん。
 意識が落ちていく。ゆっくりと、地面が近づいてくるのが見えた。

 誰の所為で失敗したといえば、間違いなく自分であると、彼女は胸を張っていうだろう。予想通りではあったが、思ったより厄介だったのは確かだった。予測が甘かったといえばそれまでだが、小説より現実は奇なりなわけで、まぁそんなこともあるのだろうと笑う。
 できるだけ干渉するわけにはいかない。それだけが面倒だった。折角立てた代理のメイドは、途中で主人の命が下り申し訳なさそうな表情一つしないまま、ここまでですといっていなくなったし、仕方なく影響の及ばないように一人で孤軍奮闘をしていた。元凶を掴んだときには、既に最初のズレが起きていた。仕方ないので巻き込んだ少年は、思ったよりも働いたが、結局は役に立つ物ではなかった。
 果てさて困ったぞ。そんなことを、考えていた。

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