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連載小説:041

041:log
 考えるのが面倒くさくなって、全てを放り投げて「もうしらない」と言ってしまいたい。怠惰な感情というのが、自分にのこっていたことに彼女は驚く。
 彼女は上手くいかないことにいらだつほど、経験が浅いわけでも成功者の人生を歩んでもいなかったし、それなりに苦労もしてきたつもりだったし不測の事態でもたいていは対処できるであろうぐらいの場数は踏んできたと思っていた。
 そもそも場数でどうにかなるようなありきたりな状況ではないことも判っていたが、どこか昔に影響を受けた楽観主義な部分が顔をだしたにちがいない。反省しても始まらないし、悔やんだところで変らない。かといって妙案が浮かぶわけでもないし、なんともやるせないままため息をつこうと息を吸う。
「供⊇」
 小崎の呟く声が耳に届いた。
 ――面倒くさい。
 打開策のいくつかは、確実に状況を好転させるだろうと彼女は予測する。だがどの打開策も、最善ではなく、いくつかのことにたいして諦めなければいけない。
 元来諦めるということが嫌いな彼女にとって、その選択はあまりにも苦渋だった。

 苦渋すぎて、次第に苦しみや不快という感情よりも先に、頭が思考を放棄しかける。それではいけないと、思い返してみるものの結局はその辺りの思考を行ったり来たりしているだけだった。
 人に頼むということを知らない彼女は、じっとその場で伏したまま動かない。遠く電車が線路を揺らす音が響いている。
 夏の日はいまだ高く地面をてらし、海がちかい独特の湿気が肌にまとわり付いてきて気持ちが悪い。風は工事現場を覆う覆いの所為でほとんど吹き込んでは来ない。アスファルトではなくむき出しの地面だというのだけが唯一の救いだった。
 膝をつき興は動けずに血の混じった咳を繰り返し、腹部に弾丸を抱え込んだ小崎は苦痛と吐き気にうずくまっている。
 その原因を与えた男は、片手に拳銃を持ったままケタケタと笑っていた。
「あーあーあー! 最初からこうしてれば良かったぜ。あーもー体とかまた作り直しだ。めんどくせー」
 悪態を作りながら、肩を揺らして彼は笑う。既に顔面は半分以上がつぶれており、体も腰からおかしな方向へ曲がっている。
「おい、テメェら。役立たずもいい加減にしろよ? 限り在る資源なんだからよ」
 男の声に、影からうめき声のような返事が上がった。
「おい、何人か食わせろ」
 ゆらりと声にこたえるように影が形をもち男の周りに集まっていく。影から伸びた何かは、ゆっくりと人間の形を取り始めた。
「ん? ああ、まだ生きてるのか」
 一瞬興たちを一瞥すると、取るに足らないと判断したのかすぐに視線を外した。
 影は四つ。一つは男と似たような青年の姿だ。優男ふうではあるが、すこし体つきが良かった。もう三つは女性の形になる。一つはセミロングで手に長い棒を持っているように見えた。その隣には、その女よりも頭一つ小さいロングヘアの少女といったほうが適切であろう女に、そしてもう一人はセミロングの女よりも大きく、呼び出した男よりも偉そうに胸をそらしたショートカットの女だった。
 小崎は霞む目で、その四つを見ていた。
 誰もが自分の知らない人間の姿を取っている。表情までみてとれるほどに視界は機能していなかったし、印象の薄い知り合いを思い出せるほど頭に血は来ていない。
 ――あれはだれ?
 アレらは、基本的に知っている人間の形をとっていた。今の今まで例外は、あの優男だけで優男は例外だといって誰もが納得するレベルだった。が、今男が呼び出した四つの陰は今までのアレとなんらかわりのないモノだった。獣じみた雰囲気と知っている人間の姿だけをとったものだったはずだ。
 見知らぬ人間の形をとる理由はなんだろうか。それとも今までわざわざ見知った人間に形を変えていただけで変える必要は無かったのだろうか。そのほうが納得はできた。
「んじゃま、いただきます」
 優男が呟いた。

 口ではなくて手が、かぱっと嘘のように開いた。歯も無ければ舌もなく、そこにあるのは空洞だけ。まるで手につけるパペットのようなあまりにも無機質で形だけの存在がそこにあった。
 そのまま人一人の大きさを一瞬にして飲み込む。
 続いて隣。ぱくりぱくりと、まるでホラーというよりは漫画のようなあっけなさとまぬけさのまま、その行為は全員を飲み込むまで続いた。
 空は相変わらず日がてっており、風は一向に吹かない。吐く血もないのか、興はその場で倒れた。心臓がうごくたび爆発するように痛む腹を押さえながら、小崎が興をみて唇をかみ締めた。既に彼女の唇は真っ青で、顔は蒼白だ。頭から血をながしうつぶせに倒れたままのムイは動きもしなかった。
 倒れた衝撃で、興は一瞬闇に落ちかけていた意識を取り戻した。
 地面に倒れこみ腹を抱える小崎と、うつぶせに倒れこんだムイの姿が見える。
「まーだいきてるの? 肺打たれたのに元気だな、あんた」
 真上から声が掛けられて、興は目だけをそちらへむける。優男の顔が元に戻っていた。変な方向へ折れ曲がった腰もなおり、始めて見た時と代わりの無い姿になっている。
 ――ああ、無駄だったのか。
 あの時しっかりと踏んでおけば、そんなことを考えながら興は目をつぶる。ずいぶんと疲れた。呼吸するのも億劫になったあたりで、興はそのまま意識を落として行こうとした。
 もう、それ以上彼は何も考えていなかった。
「おわるか」
 それはムイの声だった。
 ――え?
 思わず体を起こそうとするが、全くうごかない。
「興、そら朝弓が苦しんでるぞ」
 ――けどもう。
「仕方がないな、本当は私がかかわるわけには行かないんだが」
 ムイの声はシカタなさそうにため息をついた。
「アレらの存在は、波のようなものでね」
 ――波。
 ゆらゆらと揺れるイメージ。
「世界の揺れをひとところに集めたら、あんなふうになった。といったところなんだが。まぁ君は起きた時には忘れてるからいってるんだけど」
 ――わからない。
 思考がとぎれとぎれになる。
「昔、世界は不安定でね、不安定な部分を別の誰か別の場所へと押し付け続け、気がついた時にはたった一人に押し付ける結果になった。が、当然一人で背負い込めるわけもない。揺れは酷くてね、その子は因果からとりのこされてしまったのさ」
 ――因果?
「彼女には始まりも終わりも無い。矛盾した存在なんだ。ま、そんなわけで美甘・興。そんな哀れな少女を救ってくれないかな」
 ――どうやって。
「君が一つ、あるものを捨ててくれればいい。それですむ」
 ため息と、後悔と、押し込めるような嫌悪感が言葉の端々に聞き取れた。ムイはきっとそのことを自分にいった事を後悔しているのだと、興はなんとなく思った。

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