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連載小説:043

043:log
 銃創を面倒なく見てくれる医者なんて、興は知らなかった。手をかけた携帯電話を掴み取られ、彼はそこでやっと気がつく。
 腹部を押さえ荒い息をしている小崎は、既に唇が青く一刻の猶予も無い状態に見えた。ずいぶんと落ち着き払っているように見えたムイは、一度だけ興と視線を合わせると意味ありげに笑いを浮かべ電話をかけはじめた。
 どこにかけているのか判らず、興は不安な時をただ小崎を抱いてすごす。
 手の中でたまに痛みに痙攣する小崎の体は、あまりにも不安定で、すぐにでも崩れ落ちそうな気がした。思わず、興は手を離しそうになる。力強く抱きしめてしまえば、そのまま折れてしまいそうで、けど掴んでなければどこかへ行ってしまいそうで、そのせめぎあいのなかで彼はただじっと震える小崎を腕の中に抱き続けていた。
 手の中で、人が死んでいく感覚というのは、高校生の彼にとってはあまりにもリアルで、あまりにも強烈な経験だったのだ。
 もしかしたら興のほうが顔色が悪い、ソレぐらいに怖気づいていた。
 ゆっくりと、しかし確実に小崎の体温は冷たくなっていく。荒い息は変らないが、少しずつ息を吸う量が少なくなり、浅くなってきている。
 身じろぎするときの体の力が、たしかによわまってきている。

 それは、着実に死へと向かう人間の体であり、そして己の主人なのだ。

 まだなのか、叫びだしたい気持ちを必死にこらえ興はじっと小崎を抱きかかえていた。電話をかけ終えてから、ムイはずっと背をむけて何かをまっている。そうしているうちにも、小崎の体温はじわじわと空気と同じ温度へと近づき始め、呼吸も痙攣なのか呼吸なのかわからない物に変り始めている。内臓の中にとどまってるであろう銃弾のことを考えると、むやみに傷口を押さえるわけにもいかず、何もできないままただ見下ろすしか方法がなかった。
「そう、あせるな。もうすぐだ」
 背を向けたまま、ムイが呟く。なにがもうすぐだ、こんなに待たされるならこの際拳銃のことは置いておいて、治療してくれる病院へ連れて行ったほうがマシだった。いくら拳銃を打ち込まれたとはいれ、こちらは銃を撃ったわけではないし、小崎は被害者だ。そして、警察沙汰になろうがなんだろうが、そのまえに治療はしてもらえたはずだ。
「お待たせ致しました」
 抑揚の無い平坦な声がいきなり背後からきこえ、興は危うく小崎を落としそうになる。
「小崎様をこちらへ」
 すっと、近づいてきた影に顔を向けると、一度バスで一緒になったメイドがたっていた。
 ゆっくりと彼女は興の前に回りこみ、小崎を受け取るとゆっくりと歩き出した。
「あ、あの」
「私たちは、別の道から行こう」
 慌てて追いかけようとした興の肩を掴みムイが呟いた。

 電車にのり、自分の町へ。そこから、タクシーを広い山のほうへとタクシーは進む。
「なぁ、どこにいくんだよ」
「多分この世界で一番施設が整ってる場所だ」
 はぐらかすような答えに、興は質問するのを諦める。
「……なぁ、この右手」
「その右手は、もう君のものじゃない。悪いが、片肺でもこうして元気でいられるのだから許してくれ」
「でも、思い通りに動くし、感覚も――」
 いきなり、右手がぐいと興の頭を叩いた。
「こういうことだ。わかったかな?」
 みると、ムイの右手が興の右手とおなじ格好をしていた。ぱたぱたと、右手を振られる。全く意志とは無関係に動く右腕は、あまりにも気持ち悪かった。
「うわあああああ!」
「騒ぐな」
「だって! 大体どうなってんだよ、なんだよこれ!」
「重ね合わせの状態をマクロ領域まで拡大している。それは私の右手であり、きみの右手だ」
「いみがわかんないんだけど」
「……一部限定の存在概念に対して、選択的な未来をこちらで強制的に一定の方向性を持たせ、擬似的にこちらの思い通りの未来を作り出している状態だ。もちろん、私はそのおかげで得をしてるし、君は損をしている。だが、君は命を救われた。コレは……一応等価の取引だとおもっている」
「……ガイネン? 未来?」
「そうか、君は馬鹿だったか」
 あけっぴろげにいわれ、興は眉をしかめムイをにらむ。
「しってるよ! あれだろ……えーっと量子論だっけか」
「……」
「ほら、えーっと、昔テレビでみたことあるんだ。えーと」
 昔科学特集のスペシャル番組で、時間だか空間だか、相対性理論だとかんあんだとか、そんなことをやっていた番組をみたことを必死で興は思い出そうとする。内容はわからなかったが、判りやすいように明示されたグラフやCGが綺麗だったことは覚えていた。
「えーっと……。光が波だとか粒だとか。粒だけど波だとか」
「それは、干渉波の話しだな。美甘・興。無理は良くない。ただ、あいつ等の存在もその右腕と似たような理屈で成り立ってる。だから知っておくのは損ではないとおもう。けど、君には理解できないだろう……たぶん……いや、きっと」
「いいから教えてくれよ」
「わかった。気がついてるとおもうが、私はここでは普通の状態で存在できるような立場じゃない。それはあいつらも同じだ。根本的なところでちがっているが、状況はとても似ている。私は色々と協力を得てこうしてココに存在してるが、あいつらはソレができない。存在を確定する方法がないのだ。そして、存在を確定させるには観測される必要がある。だから、あいつらは観測された時点で形を取る。つまり、その場にいておかしくないであろう存在の確率を借りて存在するんだ」
「……」
「何度君は母親や、友人の姿をとった者たちを壊したかしらないが、そのすべてはその場にいておかしくない状態だっただろう? 母親が学校で現れたことはないだろうし、親しくない学校の友人の姿で家に現れたこともないだろう?」
「たしかに」
「そこに存在する可能性がある。という確率をあいつらは最後のよりどころにして存在している。だから、存在量の高い君などが攻撃、いや触るだけで存在の確率は一瞬にして現実に引き戻される、そして、彼らは消える。形作れなくなった時点で、完全に霧散する」
「だから、顔とか崩れると一瞬できえるのか」
 ムイは興の言葉にうなづく。
「その君の右腕も大体同じだ。君のその場所に私の右腕が存在する確率というのは、多分永遠に〇に近いだろう。だけど、君が私に右腕を差し出したおかげで、ソレが可能になる。私は、君の右腕を食べた。この世界の存在確率を食べた。おかげで私はこの世界に存在でき、そして存在確率のなくなった君の右腕の空白に、私の右腕が『本当に』存在する確率を割り込ませた。アレらも私も、『本当に』この世界に存在する確率というのは〇だ。だが、居るかもしれない確率をあいつらは食べ、そこに存在する。いわば幽霊のようなものだ。私も同じようなものだが。だが、その右腕は違うぞ」
 ずいと、ムイが顔を寄せてくる。おもわず興は扉側に後ずさった。
「この世界に本当に存在している君の右腕がもっていた、存在する確率を食べた。つまり君の右腕の代わりに私の右腕が存在する確率が生まれた。いまはまだ、君の右腕と私の右腕の存在する確率は重ね合わせの状態で、君の意志でも右腕は動く。手淫もいくらでも好きにやっても問題ないぞ」
「……」
 一瞬何を言ってるか判らず興は硬直する。
「……なっ! てめぇ!」
「ははっ。だが、もし、君の存在が全部私に食われたら。覚えておけ、美甘・興。君の存在確率をすべて私に食われたら、君がこの世界に存在する確率は〇だ」
「……」
「その右腕は、あやふやな重ね合わせの状態にある。どれだけ観測してもその重ね合わせの状態は解除できない。存在確率が食べられたというのはそういうことだ。すでに存在があやふやだから、観測による影響はほぼ無いといっていい。絶対観測者でもいないかぎりにはね。かわりに、その右腕はドコまでも影響を受けない。拳銃の弾だろうが、ナイフだとうが、のこぎりもだ。この世界の存在だけでは君の右腕へ影響を与える方法がないのだ。とはいえ、くっついているからだのほうは別だ。押されればそのぶん動く。あくまでも、右腕その物の場合だけとかんがえておけ」
「……防御力があがったってことか」
「なんとも俗的な発言だが、そんなところだろうね」
 ムイはため息をついた。ちょうどタクシーは山の中へ。そして目の前に真っ白な建物が見えてきた。たしか、自分の町の町長がすんでるとかいう、研究所だ。

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