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連載小説:045

045:log
 興が勢い良くあけた扉が、ほんの少しだけ軋み金属のこすれる音が部屋に響いた。
 あとにのこったのは、ムイのため息と興の遠のく足音だけだ。
「さてと、馬鹿を追いかけないと」
「待ちたマえ」
 歩き出そうとしたムイの背に、白衣をきた男の言葉が飛ぶ。先ほどまでとは打って変わって底冷えするような語調に、ムイは舌打ちを一つ。
「見逃ス、と思ってたのか? さすがに舐めすぎじゃないノかね」
 ぎし、と椅子の背もたれに体をあづけ、男は呟く。
「なんのはなしだ」
「あくまでしらを切るというのなら、別に構わない。それとも言い訳があるカい?」
「お前が言い訳を信じるとはおもえないが?」
 苦笑まじりにムイがいうと、男もそれはそうだと、笑いをかみ殺しながら呟いた。
「ではこれで、契約は反故された。今すぐ、この基底から消えたまえ」

「ことわる。あれは同意の上だ」
「本来の意味を彼が理解しているトは思えない。先ほドも、全くわかっていないという顔だったじゃないか」
「そうでもしなければ、死んでいた。朝弓の安全を考えれば、適切な判断だと思っている」
「ユキ」
 返事もせず、男はメイドの名前を呟く。
「めんどくさいな、お前は」
「君は、他のものたチと違い人間を喰べないという言葉を信じ、それの約束が守られる限り私は君に手を出さず協力関係を結ぶという契約だ。信用が無くなれば、契約は破棄されてしかるベキだとおもうわケだが」
「だからそれは――」
 仕方なくだろうがなんだろうが、信用をうらぎったのは間違いない。そのことはムイも承知していた。信用に例外はない。だからこその信用である。例外をみとめれば、つぎからはその例外の可能性を考えなければ行けなくなる。すでにそれは信用ではなくて妥協だ。
「残念なのは、私もダ。君のおかげでユキは完成をみたわケだし、あそこまで成長するにいたった。君は間違いなく申し分ない天才だと、私はみとめていル。全くもってざんねんだ、ボクは、君のような頭脳にはとても寛大なんだ。死ぬ前にせめて弔いの黙祷をささげてあげヨう。さようならダ、物理法則すら思い通りにしていた、今は無き基底の最後の魔法使い」
「わたしは、最後じゃない!」
 手元にあった椅子を持ち上げると、ムイは力いっぱいそれを投げた。回転もせず、とんでもない速度で飛んだ椅子は、しかし男の目の前で止まる。
「ユキ。できるだけ苦しませないデやれ」
 無言のまま、ユキとよばれたメイドが男の前で椅子を掴んだままたっていた。何時現れたのか、どうやってきたのかすら誰も知覚していない。ただ、間違いなくメイドはそこにいて、ムイを無表情のまま見つめていた。
「まったく、興のめんどうみないといけないのに」
 逃げ出せないと悟ったのか、ムイはゆっくりと二人に向き直ると深く息を吐いた。
「朝弓の安全は?」
「抜かり無イ。彼の右腕を食べたとき、そのときからこうなると判っテいたんだろう? 気にしなクて良い、契約の破棄さ先ほどだ。小崎・朝弓の受け入れはすでにすんだ後だ」
「そうか。ならば、けじめよう」
 同時床がえぐれるほどの爆音が轟く。

 廊下にも赤い光は絶え間なく瞬いており、まるで血管の中にでもいるんじゃないかといった様相だった。
 床に伝わる振動で、アレらがもう底まで来ているという気がした。這い上がるよう恐怖が体を満たしていくが、それと同時右腕にも力が入る。外部からの影響を受けづらい、まるで魔法の手がそこにある。
 同じような通路が永遠と続いている。帰り道も同じか、などと当たり前のことを考えながら興は坂道を走っていた。走ってみて判るがこの廊下は思ったより急勾配だ。一回転で一階分の高さを上下しなければならないのだから当然だろう。すぐに息が上がりからだが重くなったからこそ判るが、見た目にはそれほど坂になっているようにはおもえなかったし、歩いていた時は全く感じ取れなかった。
 錯覚でも利用してるのだろうか。首をひねったところで判らないのなら意味はない。上がった息を整えることもせず、興は前へ前へと走り続ける。



 鉄の軋みが警報にまざって聞こえている。椅子の背もたれをもったムイは、ぎりぎりと前へ進む。ソレを椅子の足をつかんで押さえ込もうとしているのはメイドだった。二人の力の拮抗で、椅子が軋みを上げているのだ。
「興様が、接敵されました。現在交戦中」
「意外と足が速いじゃないか、彼ハ」
「変種の存在を確認。興様が認識されました。存在確率変動波を観測、確定します。確定が完了しました。変種三個。通常種二十個――」
 状況を淡々と説明しながらも、メイドはムイが押す椅子を押しとどめている。ゆっくりではあるが押され気味な状況に全くあせりもせず、メイドは淡々と口を開きつづける。
「確率確定擬似観測機に通常とは異なるエラーを確認。予想通り、施設を利用されました。存在確率が通常より三割増しです。変種は前回観測した存在確率より一割増し、ほぼ一〇〇%に到達しています」
「完全同一存在を、世界がみとめタのか」
「いや、変種は興の観測を必要としなかった。あれらに同一存在はいない」
 ムイが口を挟む。が、そのてはやはり休まずに押し込まれている。椅子が悲鳴をあげ、金属がひしゃげていく音が聞こえる。
「興様だけでは、対応不可能と判断します。失礼します」
 ふっと、いきなりメイドが掻き消える。
 相手が居なくなり、椅子だけをもったムイがたたらを踏んだ。
「とと、……さて、ドクター都紙。君を守る盾はいなくなったわけだが」
「……」
 男の頬を冷や汗が伝っていく。そのまま深く腰掛けた格好で彼は乾いた笑いを浮かべると、
「さテさて、ムイ君。早くしないと興君が大変なことになっちゃうヨ?」
「調子の良い奴め」
「何のことだ。ボクは、朝弓君の調子を見てこないといけないんでね。失礼するよ」
「声が裏返ってるぞ」
 ムイのいやみに耳もかさず、男は乾いた笑いを繰り返しながらその場を去っていった。

 人数はざっと二十人以上だろうか。
 数も数えないまま興は影の群れに飛び込み、右腕を振るった。が、いつもとちがった感触に一瞬からだが躊躇する。いつもより、心なしかアレの抵抗がつよかったのだ。右腕だからだろうかと、次に左腕を振るったときには、いつもなら振りぬける拳が、途中でとまった。
「?」
 とはいえ、絶対的有利なのに変りはなく、疲れているからだと自己完結させると興は構わずに人の形をしたものたちを破壊しはじめる。
 だがその快進撃も長くつづかなかった。いきなり横殴りに吹き飛ばされ、興は地面を這う。
 泥と木の葉の上をすべり、木の根に頭をぶつけてとまった時には、目の前に三人の見慣れない人型がたっていた。
「アイツ一人だとおもったらさ」
「さすがに考えが甘いんじゃない?」
「それとも、諦めて特攻?」
 ニヤニヤとした笑みを張付けたそれは、間違いなくあの時興をさらったモノと同じものだった。
「……」
 何もいわないまま、地べたに伏した興は三人を見上げる。研究所はまだ警報が鳴り響き続けていた。

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