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連載小説:46

046:log
 鉄の上に寝かされている自分に気がついた小崎は、しかしじっと天井だけを見上げている。目を開き、呼吸も睡眠時の浅いものではなくしっかりとした呼吸であるものの、やはり彼女は動こうとはせず、じっと上を見上げていた。天井にはいくつかの白色照明が並び、小崎を見下ろしており目を開けているのは少々苦にすることがあるはずなのに、一向に気にしないままじっと、見上げている。
 まるで、そこに興が居るのがわかっているかのように。
「気分はどうカな」
「……」
 考え込むように一瞬眉に力をいれた小崎は、音の出所を眼球だけで探り何もいわずにまた天井を見上げる。
「大丈夫です。体は動きませんが」
「それはなにより。まだ麻酔が切れてないのもあるが、切れたら切れたら痛くて動けなくなるからかわらないかナ」
「そうですか。興は?」
「相変わらず、ボクにだけ冷たくないかナ? まいいか……。ユキは役に立ったカい?」
「ええ、助かりました。それで、興は」
 小崎の言葉に、ため息を付くと男は一度だけ上を見上げた。
「アレに嗅ぎつかれた。いま、建物の入り口で交戦中だ」
 その言葉を聞いた瞬間、小崎は立ち上がろうと体に力をいれ、しかし麻酔で体を思うように動かせない彼女はどさりと、もとの位置へと戻る。
「諦めてくれ。大丈夫、ユキも向かったしムイ君もいってる。君は体を治す事を考えれば良イ」
 男の言葉には反応せず、しかし理解したのか彼女は諦めじっとまた天井を見上げ始めた。その姿をみて、男は少しだけ短いため息をつく。先ほど解除された警報に、ほんの少しだけ安堵する。メイドは間に合ったようだし、そろそろムイも上に付くころだろう。なんの問題もない、そのはずだった。
 メイドの計測がそのままであるのなら。

 聞いたこともないような爆音が耳朶を叩き、興は思わず伏せた。自分のなかでありえない事実のようなものが覆され、彼は全く反応できず、身動きがとれていない。
 三人に取り囲まれたとおもったら、その三人は一瞬にして吹き飛んだ。研究所からでてきたメイドの回し蹴り一つでだ。彼女の活躍は見たことがあるし驚くようなことではなかった。助けがきてくれたと安心した瞬間、こんどはそのメイドが、堅牢をほこっていた興のなかでの最強であった彼女が吹き飛んだのだ。
 音というよりは、衝撃があたりを薙ぐ。音の波が見えたかと思うほどの衝撃に、体を丸くして必死でしのいだ。
 そしてゆっくりと上げた視界のなかで、興は目の前でメイドの腹から伸びる腕をみた。彼女の腹から空へとむかって付きこまれた腕は、爆発したのか、メイド服の焦げ付かせ白かったエプロンまでもが黒く煤こけていた。そして、血のいってきもなく彼女は相変わらず無表情で空をみあげているのだ。
「う、あ……」
「お前のセンサーさ」
 呟いたのは、メイドの背から顔をだした見たこともない男。
「定義がすむまで、ほとんどやくたたずだろ。まぁ、俺たちが観測されない側にいるのだから当たり前か。ヘヒヒヒ」
 ぐい、と腕が引き抜かれると、なぜか鉄の軋む音が聞こえメイドは地面に倒れた。
「出来立てには対応できないんだってなぁ? 始めまして生まれて五秒の赤ちゃんでーっす。てか? ギャハハハハハ!」
「興さ、ま。ムイ様がいらっしゃる、まで、退避、ヲ……」
 メイドがぎりぎりとうつぶせになってた顔を引き上げ、興を見る。声になぜかノイズがのっていた。まるでそれじゃぁロボットかなにかじゃないか、興は訝しげな視線で彼女をみるが、一瞬にしてそれは心配そうな感情に塗りつぶされる。
「問、題。ありま、セん。早く、退避を」
 ふらついた足に無理やり力をいれる、ふらふらになった骨を筋肉だけで立たせるような、無理やりな体裁きに、思わず重心をくずした。そのまま興は地面に吸い込まれるように体が傾いで、――
 止まった。
 思わず、うれしそうな顔で興は顔をあげる。ムイがきたのだ、と。
「ざーんねんでした。ブヒャヒャヒャ!」
 しかし興を抱えたのは、メイドを破壊した男だった。そして、躊躇いもなく開いたほうの手を興の腹に突き刺した。

 最初は振動。次は吐き気。吐き気にまけて口からぶちまけられたのは、血液と胃液のまじった何か。腹を突き刺されたのだ、と理解した瞬間から、気が狂いそうな痛みが体中を襲った。が息はできない。声を出したいのに息ができず、痛みを叫び声に変換することは叶わない。頭の中でぐるぐると回りはじめた痛みは体中を血液の代わりに回り始め、まるで全身が切り刻まれたかのような痛みが駆け巡った。
「興!」
 だから、興は、そとの音なんて既に聞こえてなかった。焦点どころか、眼球が意志とは無関係に痙攣し、あらぬ方向を見ている。痛みに体が反射を起こし、しかし動けず痙攣したようにごきごきと、体の中で筋肉がうごいているのが判った。
 視界がいきなり線を引き、地面をみていた目が空を向く。仰向けになったのだ、と興が理解すると、視界の端にムイの顔が現れた。
 後五秒ぐらい早ければな、などとどこか狂いきった頭のなかで誰かが呟くのを興はきいていた。
「興!」
 音は心臓の音と、横隔膜が動かず肩と胸の筋肉だけでする浅すぎる呼吸の音だけで。視界は見えているものの、興は理解していないことを、興はしっていた。
 ――あれ?
 そう、興は興を見ている。目の前にムイが居ることをしっているし、それが見えてないことも知っていた。
「右腕が侵食をはじめたか。君の存在確率はこんな場所で不安定になる予定がなかったからだな。このままいけば君は君でなくなる。どうする? 人として死ぬか? それともこのまま人ではないものとして、小崎・朝弓の下僕として生きるか?」
 体が痙攣し、その動きで血液が口から溢れる。
「急げば人として死ぬことができる」
 それにどんな意味があるのか、冷静な興は考える。そして、自分がなぜこうも冷静なのかを考える。
 世界は存在する確率によってのみ表すことができ、その確率を食べる悪魔のような存在が自分の右腕を食べたのだということは判っていた。存在する確率としてはあまりにも少ないが、それをよりどころに集まる影のような澱みが朝弓を食べたがっているのもしっている。
 そして、いまならソレがなぜかが判る。なぜかが判ることがなぜかわからない。
 影たちは、永久に存在する確率をもった小崎・朝弓とその子供であり親である存在の二人の存在が欲しいのだ。それは自分の右腕がくわれたのとおなじで、影たちもまた確率というものを「食べる」ことができるのだということだ。しかし、彼らは人よりも弱く、大手をふって彼女を食べに行くわけにもいかない。きっと自身を確定できたとしても、彼ら事体はか弱い存在のままだろうし、小崎・朝弓とその子供が存在している時間の輪のなかでしか存在できないだろう。彼らはただ、生きてよいといわれる場所がほしいだけなのだろう。
 そして、自分はなんだろう。
 興は空を見上げた。痙攣した眼球が安定した視界を運んでることはなかったが、それでもじゅうぶんに空はみえた。
 ああ、自分は右腕から発生した別の可能性の美甘・興なのだ、と彼が理解するのには一呼吸の時間しかひつようとしなかった。
 もとから判っていたのだ。ムイが判っていたから。その右腕と存在する確率を重ね合わせた自分がわかってしまったのだ。しかしこれは情報の共有なんてものではない。
 自分は間違いなく自分ではなくなって、最後にはムイと共に生きるという結果ではなく、ムイのもつ情報の一つ、存在する確率の一つになるであろうこともわかった。
 ――でも、小崎に何もいってないし。

『緊急事態です』
 その報がはいったのは、小崎が麻酔のせいで一瞬意識がとびかけたときだ。大きなガラス窓の向こうがわでも、白衣をきた男が驚きに席をたっていた。
『腹部の大半を破損しました。ジェネレーター、および中央駆動機、その他いくつかの計算機が破損。機能停止。状況は美甘・興様重体。ムイ様が到着されたもようです』
『ドクター都紙』
 スピーカー越しにきこえたのはムイの声だった。
『このままでは美甘・興は居なくなる。というか、既に私の右腕に食われ始めている。人として殺すなら今しかない。現在、まだ四つほど変種が生まれそうな勢いだ』
「……彼がのぞむなら、そのままにしておきタまえ」
「興?」
 小崎の呟きがいやに響いた。
『こ……さき』
 痙攣し、血泡をふくんだ声がスピーカー越しに返ってくる。
「興、すきにして。人がいいっていうなら、私はとめないから」
『……』
 無言がかえってきた。既に時間がないのは明白で、無言の間にも痛みで痙攣し呼吸ができずにあえぐ興の息遣いは聞こえていた。音を拾っているメイドとの距離もあるのだろう、それ以外にも遠くの音がはいっていた。ムイが立ち上がる音。いくつか、彼女たちだけではない足音。もう、時間はない。
『ムイ……』
 興は呟く。
 目の前で、自分に背を向けて人型をにらんでいるムイは、振り向かずにただじっとその場にたったまま興の言葉を聞いている。
「俺を、食べてくれ」
「……そのままでも君は、私の右腕に食われる」
「違うんだ。食べてくれ」
「わかった」
「小崎、少しまっててくれ。すぐ、戻るから」
 声はそこでぷつりと消えた。遠く長い長い廊下と壁に隔たられた向こう側で、正気の人間が出せないような苦痛にみちた叫び声がきこえたきがした。

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