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連載小説:047

047:log
 静けさが戻ってから、ふと小崎・朝弓は周りを見渡した。先ほどまで鳴り響いていたけたたましい警報が解除されたからか、いやに静寂が耳に痛いのを自覚する。
 硬く寝心地の悪いベッドに寝かされ、腹部の痛みと痛みをまったく和らげずに体の自由だけを奪う賞味期限切れの麻酔が彼女の自由を奪っていた。
 円柱状に広がった無駄に広い部屋は、どこかたともなくライトアップされていて二階ぐらいの高さにまるで、自分がいる場所が観察される側だといわんばかりのガラス窓がならんでいた。円周にびっしりと張り付いた等間隔のガラスは光の加減で向こう側が小崎からは見えない。ただ、一つだけの窓をのぞいて。
「さて、一つ嫌な知らせがあルんだが」
 その窓のあたりから声が聞こえた。動かないとはいえ、呼吸と眼球ぐらいは自由になる。小崎は、ため息混じりにボサボサの髪の毛をした博士気取りの不潔な男を見上げる。
 ――あの発音、何とかならないの……?
「なんでしょう?」
 極力感情を抑え、自分がいらだってることを悟られないようにと小崎は、気を使って言葉を吐き出した。
「地上の反応ガ消えた」
「は?」
「全滅だ」

 一瞬頭がついてこなかった。小崎は、必死で彼の言っていることを理解しようとしたが、感情がそれをまったく理解しようとしない。
 いったい男が何をを言っているのか。その疑問だけが先行し、何を言ったのかすら記憶にのこっていない。
「意味が分かラないという顔だね。こチらも観測機からの情報だけだから、推測の域をでない状況しか伝えられないし、時間もないのだが……」
 つぶやき、彼は席から立ち上がる。椅子が床にこすれる無機質な音が窓ガラス越しに小崎の耳にまで届く。が、彼女はその音すら理解していない。
「美甘・昂助は、この世の存在ではないムイという化け物に、この世に存在すルための権利を奪われ観測不能に陥った。この世の存在ではない化け物は和平条約を破り、これもまた観測不能、とはいえもとよりこの化け物は存在する権利がないノで観測しづらいから、もしかしたら地上にいる可能性はある、が最初からこちらの味方というわけでもない。こちらの完全な手ごまであったはずのユキは、すでに破壊されてオり、外部入力機構のすべてを破壊された。それ以外の地上においてあった外部端末のそのすべテは、現在沈黙をたもっている。一瞬だ、一瞬にしてすべてがロストした」
 淡々と並べ立てられる言葉に、小崎はやはり反応しない。
「状況は最悪だ。今君は動けズ、戦力は……私一人なわけだからネ」
「……。昂助は?」
 まったく言っていることを理解しようとしない小崎に、白衣をきた男はため息を一つ。
「申し訳ないガ、くだらない感傷に付き合ってるほど余裕はない。今すぐこの場所を引き払い逃げ出したいが、残念ながら小崎・朝弓。君は今この時間のなかで一番重要な人物だ。どこの国の首相も、大統領も、王も君の重要性に比べれば今はほかの人間とおなじ程度しか差がない。そして、それほどの大義を背負ってる君は、それに答える義務があル。理解しろ、小崎・朝弓。君は今兵を失った」
 その最後の言葉だけが、小崎の頭に入ってきた。昂助がいない。ぽつりと、そんな言葉が頭の中に転がっている。
「しかし、私はこれでも頭は悪くないほうでネ。そして、自分がみた患者を放って置くほど非常でもない。ともかく、この場所から退避――」
「逃げません。ここで昂助を待ちます」
 凛とした言葉に、男は一瞬動きを止める。
「だから、現状を理解したまエ。この場所で今この状態でアレを迎え撃つのは無理だ。すでにあの戦力は人間以上になっている、自慢ではないが私はひ弱なほうでネ」
「問題ないです」
「小崎・朝弓。君がどれだけ重要な――」
「そんなものは私には関係ない。昂助は戻るといった、私が待つ理由はそれで十分」
「そんナ感情論だけで、何とかなるとおもっているのかね!」
「いいえ、感情ではなく下僕がいったのだから私は信じる。それが主の務めだから」
「――ッ! 君ね! 現状を理解したまえ! ……いや議論は後だ。無理やりにでも君を退避さセる」
 そういうと、男はふっと窓から姿を消した。まるで魔法のように、次にあいた扉の音とともに、男は小崎のめのまえにいた。まるで、今まで彼がいた部屋の扉が小崎のいる部屋の扉とつながっているような、そんなタイミングだった。しかしそれはありえない、彼がいたのは小崎を見下ろしている二階以上の高さのある部屋で扉は窓と対面にしかない。なのに、なのに、まるで扉がつながっているかのように、彼はそこに現れた。
 その驚きに小崎は動けず、ただじっと男を見る。
「さて、行こうか。すでに無駄な時間をすごしている。もう、君の意思は尊重しなイ。君の意思とは無関係に、君の存在が重要なだけだからネ」
 体から伸びているようにすらみえる、点滴のチューブを引きちぎると、男は動けない小崎を抱きかかえ上げる。
「やめてください!」
 叫び声だけは一人前だが、彼女の体はまるで金縛りにかかっているかのように動かなかった。

「っとと。結構重いね君」
「――最低!」
 小崎の叫びと同時、扉が乱暴に開く音がした。思わす男は小崎を取り落としそうになりバランスを崩した。
 開いた扉の奥、そこにいたのは昂助でもなく、ムイでもなく、ましてやユキでもなく――
「よー、見つけたぞ。ここ、ややこしすぎだぜ。博士その子、殺させてくれねーかな」
 ゆらりと、まるで力が入っていないマリオネットのような気味の悪い格好のまま、印象に残りづらい優男の顔が笑った。
 顔だけ見れば人間だが、その姿はあまりに異形というしかない。背筋や足に力はなく、うなだれしかし、肩の辺りだけがまるで上に引っ張られているように上がっている。まるでそれは操り人形のような姿だった。顔が人間のそれなだけに、不気味さはあまりにも現実的だった。
「お? これか? これなー」
 自分の姿に、嫌悪されていることに気がついたのか、優男はニヘラと笑いを濃くする。
「何だっけ、えっと。ガキにやられてな。しかも、なんかなおんねーんだわ。あれ、俺たちと同じ側になっちまったのか? それとも元から仲間だったりしてなぁ、ひひっ」
「昂助……」
 優男の言葉に、昂助がどうなったのか嫌というほど突きつけられ、小崎は動かない体をもう動かす気力すらなくしてしまった。
 幽かな力すらなくした体を抱きかかえていた博士は、一度だけすでに目を開ける気力すらなくした小崎を見下ろして軽くため息を一つ。
「……なんだね、君は。とても不愉快だネ。帰りたまえ。大体、小崎君がボクの言葉よりも、君の言葉を信用したことが不愉快ダ。ああ、不愉快だ。とても、不愉快だよ君」
 不愉快だ不愉快だと、繰り返し博士はつぶやきながら小崎を元いた台の上に戻す。
「あぁ? なに言ってんだあんた」
「大体、こっちがわに干渉してなんの利があるというのだ、君たちのような不確定な存在ガ」
「しらねーよ! いいからその子を」
「だろうね。そうだろうね。ああ、分かっているとモ。だからこそ不愉快だ。君たちはとても不愉快なんだよ。今日日肉食獣だって、食べるために生きるためにしか他を襲わないっていうのに、君たちの本能はただこちらの確率を奪い取ることに始終している。存在以前に、生物として君たちは――」
「うるせーな! 黙れよ。おっさん、そんな也でなんか出来るとおもってんの? ジャマだからどいて? どかなかったら殺すよ」
「確かに、こんな姿でなんとかなるとはおもっていないよ。武器もなし、見てからにひ弱の代表格のボクだ。だがね」
 いいながら、博士は優男を見据えて笑みを貼り付ける。
「故人曰く――」
 右手をすっと上げ、指を鳴らした。部屋に響く音はあまりにも直線てきで、こだまがいつまでも聞こえるようだった。
 その余韻を吸い込むように、博士は息を深く吸い込んだ。
「こんなこともあろうかと!」
 叫び声と同時、部屋が轟音を立てる。突然優男の目の前に壁がせり上がりはじめる。
「なっ!」
「安心してくれ。ボクたちが逃げるだけの時間ぐらいしか、持たないカら」
「糞が!」
 扉があった場所には隔壁が完全にそれを覆い隠していた。向こう側から殴られる音がするが、もとより彼らの身体能力はさほど高いわけでもなく、隔壁を揺らすだけにとどまる。
「さて、行こウか。時間が惜しい」
 動かない小崎をもう一度抱えると、博士はゆっくりと扉があった場所とは逆方向へとあるきだす。その先は只の壁にしかみえない。が、彼がその目の前にたどり着くとゆっくりと割れ目のなかった壁に亀裂が走り扉が出来上がった。
 静かに開いていく扉の向こう、光の無い真っ暗な廊下が続いている。
「まぁ、そこまで悲観しなくてもいい。別に美甘・昂助が死んだ確証はない。希望的観測ともいうガ」
 廊下にゆっくりと光がともっていく。
「よー、糞博士」
「な!」
 その闇の中にいたのは、優男にほかならなく、光に照らされた姿はあのマリオネットのような、奇怪な姿のままだった。
「想定外? 予想外? ばっかじゃねーの? あんな壁通り抜けられないとおもった?」
「あの壁は確率変動すら起こさない、絶対存在。やすやすと抜けられるわけが」
「すでにこの研究所のシステムが落ちてるんだってーの、それにもきがつかねーのか! バカだなあんた」
「――!」
 たたきつけられた、そう博士が理解したときには腕の重さは消えていた。
「んじゃま、こいつはもらってくわ」
 優男に背を踏みつけられたまま、博士は上を見上げる。優男の手にはいつの間にか小崎が抱きかかえられていた。
「わざわざつれて帰るのか……、まルで三流だな。その時間が命取りに……ナる」
「あぁ? だったら、今ここで殺してやるよ。別にもったいぶることもないしな。あっけないが、それもまた良しだ」
 そういうと、抱えていた小崎の首をつかむ。首だけで吊り上げられた小崎は、力なくそのままだらんとしていた。
「抵抗もなしかー、今まで苦労したのがバカらしいな。まぁいいや、このまま窒息してくれよ」
 その言葉に、ゆっくりと小崎の目が開いた。
「……なんだよ、そのめ」
 じっと、優男をにらみつける小崎。その目は一つの絶望も、一つの不安も浮かんではいなかった。
「まぁ、アれだね。先に……ゴホ。ネタ晴らしをしてあげよう。ボクの研究所のシステムをダウンさせたご褒美だ」
「あん?」
「確率を食われた美甘・昂助は、不確定。死んだ昂助も、生きている昂助も、存在している重ね合わせの状態だ。本来……ミクロでしかありえないそれが、マクロで起こりえることはない。ないが、一つだけ、それを起こす方法ガある」
「はぁ?」
「君たちの存在もにたようなものだ、少しは理解したまえ。バカカね君は。つまり、ムイに確率を食われた昂助は、本来ありえる確率に霧散してる」
 そして、それを小崎は理解していた。
「つまり、唯一にして無二の存在が、彼を確定すれば」
 世界のすべてを背負い、世界の矛盾をいってに引き受けていた絶対観測者。
「それは現界すル」
「な、なに――」
 言葉を最後まで発することは出来なかった。優男がいきなり吹き飛んだのだ。
「小崎」
 その声は、間違いなく美甘・昂助のそれだった。
「確かに殺したはずなのに!」
「君は、バカかね。それを彼女は観測していない。理由はそれだケだ」
 床に倒れた小崎を昂助は抱きかかえると、立ち上がる。少しだけ、安心したような目になった小崎は、ゆっくりと息を吐いて目をつぶった。
「お前自体が確定してない。オレも確定していない、あの場所に何かを確定する場所はなかった。悪いけど、俺が死ぬ確率はゼロだ」

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