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金属の偶像

 ――貴方だけは。せめて貴方は、最後まで。

 巻き取られるゼンマイ。金属の軋む音。油の十分にのった歯車は、微かではあるが質量のある軋みをあげる。どこかで巻ききられたゼンマイが、爪を外れて勢いよく己の根元にあるハンマーを打ち上げた。小さい。とても小さいが、その動きは正確で早く、そしてよどみない。
 カチリ。
 時計のように、正確に。最後の終わりまで間違わないように。
 カチリ。
 正しく、澱み無く、迷いも無く。それは意志を刻む。

 諏訪・恵(すわ・けい)が口を開けた時、聞こえたのは彼女だけに聞こえた歯車がかみ合う音だった。
 味のしない食料を飲み込む作業を繰り返す上で、どうしても聞かなければいけない音。
 ――まるで人間。
 恵は、必要の無い行為を繰り返すことが苦痛だといわんばかりに、目の前の食事を飲み込む。噛む事を知らないかのようなその行為を、笑顔のまま注意しない両親がテーブルを囲んでいた。
「恵。今日、父さん早く帰ってくるから」
 母の言葉に、恵はきっちり15度の首肯で答えると、最後の一口を飲み込み立ち上がる。食器を大きい皿から順番にそろえ、流し台へ。よどみない日常の繰り返しに、母親がありがとう、と声をかける。
 返事はせず、恵は無言のまま用意していたかばんを取り上げる。
 ――私だけが、違う。
 キリキリと痛んだ関節に、恵はため息を一つ。息を吐ききる前に、無理やり口を閉じ、それを勢いに歩き出す。まるで不満こそが己の原動力なのだとばかりに。飲み込んだため息が、胸の奥で悲鳴を上げた。
 ――無駄な機能ばっかりだ。経口摂取も、痛みも。
 己だけが違うことに、誰もが気がついている。その現実に、恵は耐えられそうに無かった。気がついているのに、気がつかないふりをされているのがいやだった。みなが自分を同じに扱うのが、耐え難かった。
 ――私は違う。
 玄関を抜け振り返ると、母親が家の中から手を振っていた。
「いってきます」
「いってらっしゃい。きをつけてね」
 その笑顔が、その言葉が、いちいち重たくのしかかってくるようだった。



 書割のような無表情の青空に、染みみたいな雲が張り付いている。風の流れは感じられず、髪は歩くリズムに合わせてゆれていた。古くなったカバンを片手で支えながら、学校へと足を進める。登校路をずれることはなく、律儀に使い続けている指定カバンは年季の入った汚れ方をしている、幾度も繰り返す何も変わらない行動。しかし、そんなことを気にも留めず恵は歩調を保ったまま学校の前までやってきた。膝関節が、キリキリと悲鳴を上げていようとも、それはなんの変更も変化ももたらさない。
 ――もうこの体は限界なんだ。
 ただ、そんな考えだけが頭の中であきらめににたつぶやきで転がった。
 通り過ぎていく同じ学校の生徒達の挨拶が耳に届く。生徒同士の楽しそうな会話を呼吸し、熱量のない冷たい息を吐き出す。
 恵は、音を聞く。金属の軋むいつも耳にする音だ。モーターが駆動する回転音、歯車の逆回転を止める爪が立てる規則的な打音、油のくなくなったベアリングのこすれる音。家にいるときよりも、学校にいるときのほうがその音はひどく耳につくようになる。
 周りの生徒達が多くなればなるほど、恵は己が唯の一人だと思い知らされる。それは、体の中から聞こえるような音になって恵の耳に届く。きっと幻聴なのだろう、実際に己が気にしているほどに音がなっているとは思えない。だが確かに音は、恵の耳朶をたたく。骨格に響くように、カチカチギリギリとその音はずっと寝てもさめても付きまとうのだ。
「おはよう、恵」
 声をかけられて振り返ると、同じクラスの生徒が一人。恵と一番仲のいい、なにかと話しかけてくる幼馴染だ。
「おはよう」
 子供のころから、一緒にいる目の前の友人に対しても、恵は抑揚の無い返事を返す。相変わらずの恵の様子に、安心したように幼馴染は微笑んだ。
「いこ、授業はじまるよ」
 無言でうなづく恵の手を引っ張り、幼馴染はぐいぐいと教室へと歩き出す。
 彼女の手の温度は、恵にはわからなかった。

 教室につくと、見慣れた顔ぶれが並んでいる。思い思いに雑談を繰り広げる同級生たちをみながら、恵は無言で自分の席へと座った。慣れた手つきで、教科書を並べる。その行為すべてが、はじめから決められたかのように。
「おはよう、諏訪さん」
 前に座っている女生徒の挨拶に、おはようと挨拶を返す。クラスの生徒達は、特に恵に対して何かするわけでもなく、かといってかまってくるわけでもない。必要の無いときは会話もないが、思い出したかのように世間話をふってきたりもする。ぬるい関係だった。恵にはその気遣いが重い。
 ――自分だけが違うのだ。
 何度もそのことだけを反芻するように、恵はうつむき瞳を閉じる。耳に届くのは、クラスのざわめきではなくて、歯車が回る音だ。
 恵の世界は歯車でできていた。テコと歯車の神殿。青銅の玉座。軋むのは、関節かそれともベアリングだろうか。



 恵は、黒板に書き出されていく白い文字を淡々と己のノートに写していく。要点をまとめたりなどの無い、ただのコピーだ。ほかにノートのとり方など恵は知らない。
 思考は暗澹で憂鬱な方向へとループしながら向かっていく。ゆっくりとカウンターの数字だけが増えていくその先にあるのは、気分が悪くなるほどのヘドロのような答えだけだ。
 いつからだろうか。自分が誰とも違うなどと考えるようになったのは。恵はじっとノートの文字を見ながら考える。見た目は鏡で見る限り、ほとんど見分けはつかない、自分の表情だけが硬いとか、肌の向こう側に血肉以外の何かがあるのを己の目でみた、などということとはちがう、もっと根本的な感覚だった。
 あるはずも無いその感覚に、脊椎がピリピリとする。
 答えは一つだけ。
 自分は一人だけ間違っている。
 それだけが答え。
 ――何のために。
 如何な理由で、どういった経緯のすえ、誰の差し金で、そんなものは知りようも無かった。ただできれば、己が存在するにいたった理由はなくても、存在する意味だけはほしかったのだ。繰り返されたため息は、体の中心にたまっていくだけでどこにも行かない。永久にたまり続ける重苦しい感情。残り続けるキャッシュのように、いつまでたってもそこにある何かは、変わらずに重たかった。
「けーい」
 顔を上げると、幼馴染が机の前に立って笑っていた。
 授業はどうしたのだろうかと、ふと周りをみれば休み時間に入っていたのか座っている生徒のほうがすくなくなっている。
「かえろう」
 視線を動かせば、すでに下校時間。まだ太陽はいくらか高いのか、空は明るいままだがすでに学校は熱を失い始めている。
 幼馴染にうなづき返し、机にでていたものをすべてカバンへと入れていく。
「まだ、そのカバンなんだね」
 返事は首を縦に振る行為のみ。カバンにしまい終えると、恵は立ち上がる。まってましたとばかりに、幼馴染は教室の出入り口に向かって歩き出した。まるで跳ねるような彼女の足取りに、なぜか恵は少しだけすくわれた気がした。



 空は相変わらず低くのっぺりとしている。閑散とした岐路を、恵は幼馴染と二人歩いていた。会話はなく、横にすら並んではいない。幼馴染の後ろを、一歩さがって恵はあるいていた。幾度と無く、幼馴染に救われてきた。そしてすくわれるたびに思い知らされる。いや思い出させるように聞こえてくる。

 カチリ。

 耳に届いた、恵にしか聞こえない歯車の音。高速で回るモーターの音より、シリンダが往復運動する音より、その歯車の動く音が耳に届く。後には戻れないその音に、己は目の前の幼馴染とは決定的に違うのだと念を押されているようだった。
「ねぇ、恵。今度のテストの範囲覚えてる?」
 うなずく恵。それをみて、ぱっと顔を輝かせる幼馴染。
「よかった、メールが来ててちょうど聞けなかったんだ」
 遠く、車がアスファルトを蹴り上げる音が聞こえる。
「こんど、コピーしておくから」
「ありがとっ。さすが恵だねっ!」
 くるくると、嬉しそうに回る幼馴染をみて恵もまた、楽しくなる。

 カチリ。

 振り返ったのは、なんでだっただろうか。今でも恵は思い出せない。あの時聞いたのは間違いなく歯車がかみ合う金属の音だ。いつも聞いてる、あきらめの音だ。
 断じて、そんな音ではない。
 視線いっぱいに飛び込んできたのは、車。エンジンの低いうなりとタイヤが地面を削る音。
 そしてけたたましいブレーキ。
 くるくると回っていた幼馴染は、反応できないまま凍りついたように車へと視線だけを送っていた。
 ――ああ、そうか。
 まるでそれが当然なように、恵は手を伸ばした。
 関節が軋む。体中の熱が、今までの不安や疎外感、悩みも辛さも何もかもがすべて一切合財燃料になって爆発したかのような熱量がはじける。届く。
 この手は間違いなく届く。
 ――私はこのためにいたのだ。機械仕掛けの体は、このためにあったのだ。
 一歩が重い。重いが、飛び出して幼馴染を守れる。その確信だけはあった。手が触れる。熱のを感じることのできない手の平に、確かに幼馴染の手の感触を恵は得る。
 それだけが唯一己がよりどころにしているものなのだとばかりに握った。体中の力を振り絞って壁へ。肩が、肘が、膝が、体中の関節が叫んでいるのがわかった。
 それでも恵は力を緩めなかった。体重は同じぐらいだった、だから幼馴染を片手で投げ飛ばす反作用で、自分の体が車の前に躍り出ていくのがわかる。音が背後からやってくる。けれど恵は背後の恐怖に視線をおくりはしなかった。投げ出された幼馴染が、車の進行方向から外れたのを確認して、恵は心から安心する。
「恵っ!」
 悲鳴のような、幼馴染の呼び声。
 自分が車にぶつかった音を、恵は聞かなかった。





 空が高くなったような気がした。誰もいない病室で目を覚ました恵は、窓ごしの空を見上げている。雲すら動かない世界は、あまりにも静かで寂しげに見える。
 と、扉の開く音がする。振り返ると、そこに幼馴染が立っていた。
「恵、目さめたんだ」
「ねぇ、私――」
 抱きしめられ、続く言葉はさえぎられる。
「よかった。本当によかった」
 抱きしめてくる幼馴染を、恵は抱きしめ返す。やはり、彼女の温度はわからなかった。でもそこに確かに彼女がいてくれること、それだけが嬉しかった。
 もう、歯車の音は聞こえない。



 カチリ。
 時計のように、正確に。最後の終わりまで間違わないように。
 カチリ。
 規則的な音が響いている。
 機械仕掛けの街の中に、歯車とモーターの音が響いている。油の臭いに混じって、錆びとゴムの臭いが漂っていた。ただ唯一人類の生き残りを生きながらえさせるため、せめてもの慰みにと作り出した箱庭に、歯車の規則的な音が響いていた。諏訪・恵というただ一人の人類のためだけに音は響き続けている。正確に。最後の終わりまで間違わないように。




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RE: KEY THE METALIDOL、[小説]鉄コミュニケーション
答歌があるなら、答語があってもいいじゃない。
だめか。だめでもいいや。

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コメント

15ヶ月ぶりな気がする。
あ、気のせいか。

  • m
  • 2008/03/04 10:58

いいいいいい、いいじゃない! だめだな。

  • kamina
  • 2008/03/05 13:24
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