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今日の三題話

「衝撃」「停滞」「情緒」
Myu氏の挿絵もはいりました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 残念ながら、加賀ヒサキの存在というのは世の中に全く影響しない。
 例えあの時、彼が柔道部に入っていようがいまいが、結果としてこうなるというゴールが待っている。つまりこうして、椅子に座り待つように言われ荷物を奪われただろうということだ。
 加賀ヒサキは、高校一年であり、男子であり、非社交的だ。だからというわけではないが、自分の言動が世の中に影響を及ぼしている、などと特に疑問も覚えずに考えているのである。
 それは別に問題視されるような思考ではなく、ただ単にそうであるというものでしかない。そこには、正も偽もなくただ流れるがままそうあるように彼は頭の隅っこで存在しているのであった。

 つまりヒサキは、あの時「帰宅部に入ります」。などといわなければ、別の未来が待っていたかもしれない、そう考えて止まないのである。事実は既に彼にとって残酷に開かれていたであって、彼が残酷な未来を切り開いたわけではないのだ。
 だから彼が自分の選択に後悔、または自己嫌悪に似たなにかしらの感情を抱いているのならそれは全て、無駄、な行為であると言わざるを得ないのである。

 椅子に座ってどれほどの時間がたったのか。無理やり引っ張られた二の腕付近が、少し痛んでいる。ヒサキは、その痛みを感じながらも身動きをせずじっと座っている。まだ太陽は出ているのか、と彼は自分の伸びた影を見て思う。
 まるで時間が停滞しているようだった。確かに影は動いているというのに、一向に太陽が沈む気配はない。
 諦めるしかない、ヒサキは思った。荷物には特に大事なものは入っていない。教科書は既に自分の机の中。携帯や財布そして鍵はポケットに入っている。鞄自体は安物だし、中には筆記用具程度だ。なくなってしまっても問題はない。ヒサキは一度頷くと、覚悟を決め立ち上った。
「おめでとう! 加賀ヒサキ。入部テストは合格だ」
 ヒサキが立ち上った瞬間、芝居がかった声が部室に響いた。
「なっ」
 言葉を詰まらせているヒサキの目の前。部室、唯一の扉が開いた。その勢いは、扉がしなったのではないか、そう思わせ衝撃で床がかすかに揺れた。ヒサキは音におびえびくりと体をすくめる。
「おめでとう、もしかしたら最高記録だな。相羽カゴメ、記録は?」
「2分14秒でぇす、部長」
 セミロングの女性が答える。相羽カゴメと呼ばれた女性の上履きがヒサキの視界に入る。二年生。見た目どおりだったことに、なぜか驚くヒサキ。それもしかがたない、中央で偉そうに立っているのは、どこをどうみても少年のそれなのである。靴の色が赤。高校三年生、部長と呼ばれているしそれは多分間違いない。しかし、その姿はどうみても子供料金のそれであり、半ズボンなどをはかせ、出すところに出せば大変な人気を誇れそうな容姿なのである。
 むろん、女装させてしまえば既に町を歩かせることすら危険。ヒサキはまくし立てられる先輩達の言葉をBGMに考える。
「アイバカゴメが15分、ユキカズが13分だったな。歴代レコードは?」
 部長が言うと、ごそごそと荷物を探るりはじめるカゴメ。セミロングしかみていなかったが、スタイルはいいのではないだろうか、ただ声が微妙に高くてアニメ声っぽいのがヒサキの頭の中でひっかかっている。まるで、アイドルみたいだ。
「えっと、ありました。最高記録は、12回生の……ム……む?」
 そこで詰まる。漢字が読めないのか、取り出したノートををひっくり返したりしている。
「む?」
 急かす部長の目の前に、諦めたカゴメがノートを差し出した。
「ああ、こいつか。ふむ、3分43秒」
 少し嬉しそうに、視線を上げる部長。
「おめでとう、加賀ヒサキ。君が帰宅部歴代の記録を塗り替えた」
 何を言われているのか判らない。そんな顔でヒサキは目の前の三人を見つめていた。


「自己紹介をしておこう。ああ、君の自己紹介はいらない。みなしっているから」
 電灯がついた部室は、先ほどと打って変わって人工的な色にそまる。明るいはずなのに、まるで何かが足りていないような作られた空間が広がる。白い光の中、狭い部室には中央に長机。会議用の机が四つ。そして、あわせるように椅子が8つ。椅子は、学校の備品である平凡な椅子だ。鉄パイプと木で出来た中学から慣れ親しんだ椅子。それにヒサキは腰掛けている。
 壁にはロッカーが備え付けられており、白いリノリウムの床とあいまって人工的なイメージを更に引き立たせている。扉の横には、壁にかかった小さ目の黒板。そこには加賀ヒサキの名が乱雑にかかれておりまるで囲まれていた。その下には、沢村ステラという名前も並んでいる。外人っぽい名前だと、ヒサキはそれをみて考える。
「私が、現帰宅部部長の、賀古井だ。よろしく」
 部長の背は小さく、机には顔だけが乗っているように見える。だが、態度は逆に横柄だ。
「書記兼副部長の、相羽カゴメです。よろしくね、ひーちゃん」
「ひーちゃん?」
 思わず聞き返してしまう。親にも呼ばれたことのない呼び名に、ヒサキは反射的に声を上げてしまった。
「ヒサキだから、ひーちゃん。ぶちょーはぶちょーでユキカズはユキカズ」
 いきなりあだ名で呼ばれることには少々抵抗があるヒサキだが、相手が可愛い女性だとまた別物かもしれないと無表情の裏で考える。セミロングは少し明るめの茶、ピアスはつけていないが、軽く化粧をしているのが判る。しかし、ヒサキでも判るぐらい同年代の女性より化粧が旨い。学校の教師に文句を言われるほどではないが、かといってしていないわけではないという微妙なラインだ。
 胸は、Bか? Cか? ヒサキは凝視しようとした自分をたしなめ視線をそらした。
「俺はユキカズ、よろしく。ああ、苗字が湯木、名前がカズだ」
「どうも」
 いかにもいかにもな優男。よく見ると、ネックレスをつけているし、ピアス穴が見える。ヒサキはそういうタイプの人間とは馬が合わないため、敏感にそれを見分けてしまう。茶色の髪の毛に、少し香水の匂いがする。カゴメの香水とは違うメンズの香水の匂いだ。
「此処にはいないが、志茂居ケイタと沢村ステラが居る。志茂居ケイタは本日、家の用事のために参加していない。沢村ステラは君が来る前に帰った」
No one knows. I want to know nobody. Everyone ……
 沢村ステラの名は、黒板にも書いてある。ヒサキが見る限り、多分アソコにかかれているのは一年生。つまり、今年こうやって捕まえる予定の新入生のリストだ。心のなかで、ヒサキはステラにご愁傷様と同じ身の上を同情した。
 そういえば、とヒサキは視線を部長に向けた。ここに来る前から疑問だったことをヒサキは言おうと、いや聞こうと口を開けた。
「あの」
「土日は基本的に自由、召集がかかれば集まるように。平日は常に放課後集合。一年の君は授業が早く終わる場合もあるだろうが、部室に居る限り自由だ」
 遮るように部長が言う。ヒサキは押し黙った。流されるまま、流されて気がつけば入部という話になっている。流されないように人とのかかわりを避けようと心に決めた矢先だというのに。ヒサキはため息をつく。
「僕は――」
「やめるのは自由だ。だがこの学校は、部活動には必ず一つ所属しないといけない決まりになっている。今からほかの部活を探す当てがある、ここが嫌だと、いうのであれば今すぐ立ち上がり部室を出るといい。荷物はそこだ」
 そういって、小さな顎で示された方向を見ればヒサキの鞄が置いてある。ロッカーの上から鞄が顔を出していた。
 ヒサキは、いままで気がつかなかった自分に舌打ちを一つ。
「どうする加賀ヒサキ。少なくても、君は運動系の部活動で汗を流すようには見えないが?」
 そういって、賀古井部長が笑った。
「一体何をするんですか、帰宅部って……」
「それは、美徳ではないな。情緒は確かに重要ではあるが、それは日本人特有の――」
 ヒサキは頭の理解から外れた解答に、一瞬思考停止。時間の止まった部室に、部長の呟きが降り積もる。
「えとね、ごめんねひーちゃん。ぶちょーちょっと変なところあるけどいい人だからね?」
「は……はぁ」
「基本的に、活動は部室に集まって遊ぶだけだ。用事があるなら、連絡すれば休んでオーケー。何であつまるかっつーと、活動してねぇとつぶされるんだとさ」
 湯木カズが代わりに、説明をしてくれた。案外、普通の人なのかも知れない。ヒサキは彼を見て思う。
「はぁ……」
 けれど、人見知りが激しいヒサキは愛想笑いを浮かべるので精一杯だった。
「うちの学校、色々部活動はうるさいんだよ。まぁ、ここは特別だから大丈夫だけど、やっぱり体裁だけでも整えないといけないんだと。つーか、一年」
「はい?」
「ほかにやりたい部活があるなら、今のうちだぞ? 掛け持ちはあまりいい顔されないからな。あとは……」
 カズの言葉が詰まる。引きつった顔が、油の切れた蝶番みたいにギリギリと回り下を向く。
「部長……」
「説明することは悪くない、だが私を無視することはいただけない。そもそも湯木カズ。覚えているか、唯一の部則というものを」
「ぶ、」
「ぶ?」
「部長には……絶対服従」
「うむ、よい心がけだ。湯木カズ」
 ヒサキの視線からでは、部長の顔は見えないが、カズの顔が見る見る青くなっていくのを見て大体何が起きているかは判った。ヒサキは目をそらし、外を見る。もう、日がおちていた。少し冷たい空気が、窓から流れ込んできている。
「はーい、ひーちゃん。どうぞー」
 とん、と目の前にお茶が置かれた。顔を上げるとカゴメがお盆に湯飲みを載せている。
「あ、ども」
「ねぇねぇ、ひーちゃんはどんなゲームとかするの?」
「はい?」
 既に人見知りとかを言っている余裕はないのかもしれない。どこで選択を間違えたのかと、ヒサキは考えた。
 残念ながら、ヒサキの選択では結果は変わらない。世の中は、既に人間一人の言動一つで動くほど緩やかな流れではないのである。
「やっ、やめて部長! ほんとすんませんでしたっ! あー! あっ ああぁ……」
 湯木カズのうめき声が部室に響く。ヒサキは茶を一口。丁度いい温度が喉に流れ込んできた。
 少なくても、逃げ出すことは出来そうにない。ヒサキは、お茶の匂いをかぎながら思う。

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