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今日の三題話

「生命」「変化」「喜び」
Myu氏の挿絵追加
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 暗闇と言うものは、本能から恐怖を覚えるものではない。
 賀古井は誰も居なくなった部室で考える。そもそも本能的に恐怖を覚えるようなものが、克服できるはずがないのだ。それが真実かどうか、賀古井にはわからない。だが、彼の中ではそれは紛れもない事実だった。月明かりすら入ってこない部室は、廊下の非常灯の明かりを受け、少しだけ輪郭を浮かび上がらせている。闇になれた目ですら、障害物をよけ歩き回るのには苦労するであろう闇の中、賀古井は目の前に置かれた紙を凝視している。

 文字など、この明かりではあるかどうかも判別できない。なのに賀古井はそれをただじっと見ている。彼は、部員が帰ってからも既にその姿勢のままで身じろぎ一つしていない。
 既に夜、車が近くを走る音すら稀で、人間の気配に至っては皆無。幕を下ろした舞台の如く、ただあるがままそこに沈んでいる。賀古井は自分の目が信じられないとばかりに、じっとヒサキの記録を見ていた。
「2分……ありえない。どういう精神構造をしている、加賀ヒサキ……」
「世捨て人、有能な後輩じゃないか。なぁ賀古井」
 それは当然であり、必然であり、そして通常であり、そのままだった。賀古井はいきなり生まれたはずの自分以外の声に、別段驚かなかった。
「そうですか? しかし、正直あの人より早いというのは……」
 賀古井は動かない。机に置いてある加賀ヒサキの記録をじっと睨みつづけている。
「誰の手にも余るよ、きっと彼と一緒だ。でも、楽といえば楽じゃないか」
「安心はできません」
 そうつぶやく賀古井は言葉とは裏腹に、嬉しそうに口元を引き上げた。
 とうとつと、窓に水滴の当たる音。間を開けずに、その音は当たる音から連続した音に。
「始まるのか」
 雨が降る。それはすでに水滴の音ではない。
「いや、終わりです」
 一瞬で世界を濡らした雨は、それでは足りないと叫び降りつづける。
「終わりつづけるのか?」
 遠くを走る車のタイヤが水を切り裂き走る。
「もうすぐ最後です」
 水を叩く足音がかすかに届いた。
「間に合うかな?」
 風にあわせて、窓がゆれる。水が踊るように窓を叩く。
「間に合わせましょう」
 雨が降る。匂いを消せ、風を払い落とせ、光を遮れ、雨が踊る。生命への賛美。過去への畏怖。未来への希望。
 雨が降る。部室には誰も居ない。
 
「ユキカズがいけないんだよー。ぶちょー怒らせたりするから」
 相羽カゴメは、風呂上りのほてった体で窓を眺めながら悪態を付く。肩と耳で携帯を押さえながら、起用にパジャマを着ていく。
I think that the friend is wonderful. Therefore, I want to value it. However, I think that the happy one is the best.
「モイモイは勝手に帰えったじゃん」
 その言及に、少し声を荒げた音が聞こえる。だが、携帯の外には殆ど聞こえてはこない。モイモイこと志茂居ケイタ(シモイケイタ)の声は、残念ながら携帯の小さなスピーカーを超えて聞こえるほど、大きくはなかった。
「もー、どならないでよー。大体モイモイが、休んだからって電話かけてきたんでしょ」
 パジャマを着終わり、ベットに腰をかける。ベージュ色を基調にしたシックな部屋は、柔らかい光を湛えていた。子供の頃、自分の名前をカモメと勘違いしていた名残で、鳥とくにカモメのぬいぐるみがちらほらと目に付く。
 子供の頃から趣味が変化していないといえば、嘘になるだろう。だが、カゴメはすくなくても己の名前に似ているカモメという鳥が嫌いではない。枕もとには、丸いシルエットをしたカモメもいる。それをカゴメはぽふぽふとたたきながら、電話越しに笑っていた、
「ちょっと、モイモイ? あ、あーほんとだ雨だぁ」
 少し開けた窓から、雨が飛び込んできた。カゴメは、立ち上がりすぐに窓を閉める。鉄とゴムの擦れる音。力加減を間違えた所為で、肩と顔で挟んでいた携帯が落ちた。
「あっ」

 志茂居ケイタは強烈な雑音に、持っていた携帯を取り落とした。薄暗い部屋、殆ど物の置いていない部屋でケイタは椅子にすわっていた。大きな腹と、大きな体を揺らして落ちた携帯を拾い上げようとする。
 机に乗っていた、ポテトチップスがケイタの動きに合わせて落ちた。
「あー」
 見事にポテトチップスは袋から飛び出て携帯の上に降りかかった。
 とりあえず電話中というのもあり、彼はポテトチップスの山の中から携帯を取りあげ耳に当てる。
「モイモイー?」
 その名で呼ばれるたび、彼はシモシモでなくてよかったと自分の運のよさ、もしくは相羽カゴメのセンスに感謝する。
「ゴゴゴ、ゴメン。け、携帯を落としたんだ」
 言いながら、床に広がったポテトチップスをかき集め始める。机の上では、PCのディスプレイが明滅していた。
「そう。あああ、ありがとう」
 どもる癖は昔からケイタの悩みの種なのだけれど、別に本人意外はあまり気にしてはいない。どうも言葉が旨くでない、そのもどかしさがケイタは嫌いで仕方がないのだけれど。
「わかった、またあああ、あした」
 家に用意があり、彼は部活を休んだ。新入生が入ってくるという話を聞いていたので相羽カゴメに電話をかけたのだ。始めは湯木カズに電話をかけたのだが、話中で繋がらず仕方なくカゴメにした。
 別に女性が苦手なわけではない、だがやはりカズのようには行かない。ケイタはため息をついた。散らばった菓子と、切れた携帯電話がなんだか寂しさを煽っているような、そんな脅迫めいた感覚にケイタは一度かぶりを振る。
 雨の音が聞こえる。一人暮らしのアパートの外、雨の音が耳についた。
「うん。わわわわわ、わかってるよ」
 ケイタは呟く。声は、雨音に流され消えた。

 雨の中、一人の女性が暗い夜道に佇んでいる。雨は、何者にも差別なく降る。その事実が、嬉しい。沢村ステラは、黒一色の空を見上げ、手を広げた。
 とつ、とステップ。水が、雨音にも負けないぐらいの音で可愛らしく跳ねる。昔いた国の空も、この国の空も変わらない。匂いは全然違うけど。
「……」
 親が離婚して、初めてこの国にきたときは不安でいっぱいだった。友達が居なくなってしまうなんて考えていたが、この国にも友達はたくさん居た。だから、ステラは寂しくなかった。
「たのしいよ?」
 近くの家の塀を見上げてステラが言う。流暢な言葉は、雨などを物ともしないほどに綺麗に通る声だった。
 誰かが居るような視線で彼女は塀を見上げる。コンクリートの塀、日本人は囲うのが好きなのだと思う。それとも、狭いからはっきりと区別しないといけないのかもしれない。ステラはそうかんがえて、自分の考えに笑う。
「うん、じゃあね」
 手を振ってステラは歩き出す。誰も居ない塀の上、彼女には確かに友達が見えている。

 雨が降る。終わりを告げる雨が降る。
 全てを流し、全てを綺麗にするために。
 何もかもに平等に、どんなものにも分け隔てなく。
 喜びも悲しみも何もかもを飲み込んで。雨が降る。
 終わりを告げる雨が降る。

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コメント

 カゴメの名前は加護女という意味合いであって。
篭目、つまりかごめかごめの歌に類すると思われる形の名前ではないです。ついでにいうと、この歌の「かごめ」は「かごごめ」つまり籠籠めであると思っている私としては、それは動名詞なので名前にすらなりえない。
 もちろん、篭目とする説や諸説いろいろ。調べてみるとほんとにでてくる。さっぱりわかっていないってのは判ったよ。うん。

  • kamina
  • 2005/03/17 15:22
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