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今日の三題話

「深海」「中断」「試行錯誤」
Myu氏の挿絵つきです。
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 どうやら、変なことになったらしい。ヒサキは漠然とそんなことを考えながら、同級生に囲まれていた。彼にとって知らない人間と言うものは、近寄りがたいものであり、そして近付きたくないものベスト1である。対人恐怖症ではない、ヒサキは只の人見知りである。そのことに、ヒサキ自信判ってはいるし、欠点だとも思っている。

 だが治せないものは治せないのだ、猫舌を治すのに何度も舌を焼くほど、ヒサキには人間関係で火傷をするほどの勇気は無い。だから彼は学区外の高校の受験を勧められたが諦め、こうしてできるだけ知っている人間の多い公立を選んだのだ。それがどれほど馬鹿な選択か、自分では判っている。そのつもりである、すくなくても高校生という身分では十分に彼は考えたであろう。
 だが彼は浅はかだった、彼の中で考えい考えドコまでも深く考え深海にも及ぶほどの思考の結果得た答えは、現実を予測しうるほどではなかった。
 知り合いが多いということは、つまり知らない人間同士が知り合いである可能性があり。知らない人間達のグループが、何かをきっかけに大挙して押し寄せてくる可能性をはらんでいるということだ。特に、一人だけ知っている人間が所属するグループと言うのが、ヒサキの中で一番厄介でもあった。
 何かのきっかけがなければ、確かにヒサキの予測はあっていたし選択は全くといっていいほど完璧な予測であった。
 あの時、帰宅部だといわなければ。

 田舎的といえば聞こえが悪いだろうか。簡単に言えば、生まれた頃からの知り合いがそのまま同じ職場につく可能性が限りなく高いといえばいいだろうか。どちらも変わりは無いのだけれど。そういう場所において、噂というものは光よりも早く、どこぞの国営放送よりも信頼性の高いものなのだ。だからこそ、ヒサキの周りには人だかりができ、引っ切り無しに質問が投げつけられ、そしてヒサキは走って逃げたいと心のそこから願っている。
 朝、登校を済ませ今日も目立たない人生をと思った矢先から現在昼休みにいたるまでにかけられた質問ランキングの中で既に不動の1位を閉めている質問は、
「なぁ、帰宅部どうだった?」
 である。何故そんなことを知っているかと問いただすと帰ってくる答えは常に一つ、仮入部した部活の先輩が言っていた。
 ヒサキは、帰宅部をどうでもいい部活だと勝手に思い込んでいた。だが、他の部活からも気にされるほどに帰宅部と言う部活は有名だった。しかし、ヒサキにはその理由はわからない。狭い部室に行って遊ぶだけと聞いた。休むのなら連絡すればよいとも聞いた。部長の物言いからすると、土日に部活の集まりがあるらしいがそれも大体強制ではなさそうだ。名前からしても、ただ帰宅する部活だと思い込んでいたのだけれど、残念ながら自分の周りの赤の他人達の口から出る質問は、そうではないと物語っている。
「ゴメン。トイレいくから」
 知り合いになってしまえば、知人と言うものはとても便利で有用であり、邪魔にはならないと言う。それはヒサキも前面的に賛成している。だが、「知り合いになってしまえば」というその行為自体が、とてつもない巨大な壁であり、ヒサキはそんな巨大な壁を越えてまで知り合いを増やそうとは思わないのだ。
 せっかくのチャンスではあるのだが、ヒサキは逃げるように教室をでていった。背中では、動揺の空気が流れていた。

 個室に飛び込むように逃げ込む。ヒサキは会話を中断した罪悪感よりも、他人の視線から逃げ出せた開放感に大きな息を吐く。
 落ち着いた瞬間、彼の頭をもたげてくるのは部活の怪しさだった。どういう経路をたどり、あそこまで大事になったのかヒサキには理解できないが、事実いま大事になっているのは間違いない。
 ふと、思い出したのは部室にかかれていた名前。
『沢村ステラ』
 もしかしたら、同学年の部員かもしれない。いや間違いなく同学年だろう。そして女性で、外人っぽい。自分より大事になっているのではないだろうか。ヒサキは思案するが、かといってその同学年らしき、女性らしき、人を助けようとまでは思えなかった。全て彼の中では予想の範囲を超えない。そんな予想のために、今個室を飛び出し沢村ステラなる人物を探しだし、人だかりから助けだそうなんて、ヒサキには考えも及ばない答えだった。
 ふっと、鼻に掠めたのは予想外の匂い。
 ヒサキは体をこわばらせる。この匂いは、トイレにある可能性と共に、あってはいけない類の匂いだ。
 タバコ。
 体中の血が逆流した。一瞬ヒサキの視界はブラックアウトし、続いて視界が戻ったときには体中が警告を発していた。
 瞬時に頭に浮かんだのは、巻き添えの四文字だった。もし教師に今この場で見つからなくても、匂いが体につけばそんなことはいえなくなる。言い逃れのために、隣で誰かがタバコを吸っていたなどといえば、教師からの言及は逃れられるが、今度は逆にいま隣に居る誰かに目をつけられるのは必至だ。
 どちらとも、今後学校生活を送る上で最悪の事態である。唯一取り得る手段は、今隣の個室に居る人間に見つからず、トイレを早急に出ること。服に匂いがつく前に、髪ににおいがつく前に出なければならない。
 何とか音を立てずに個室を出ないと。ヒサキは、ゆっくりと扉の鍵に手をかける。震えた手が、そのまま鍵に震えを伝える。タタ、という連続した乾いた音。ヒサキの体が一瞬で固まる。聞こえてないでくれ、聞こえてないでくれ。ヒサキは目をつぶり頭の中で何度も唱えた。
「ひーちゃん、そんな逃げなくてもいいじゃんか」
 その声は、呟くように隣から聞こえた。聞き覚えのある声、そして自分のことをひーちゃんと呼ぶのはどれだけ甘く見積もっても3人。
「先輩?」
 震えた声の音量調整と言うのは、存外難しかった。声は震え、音程をひっくり返しおっかなびっくりに天井に当たって消えた。知っている人間だったということで、ほんの少しだけ安心する。体の震えは治まり、呼吸もすぐに元に戻る。
「あ、もしかしてタバコの匂いとかわかっちゃった? わりぃわりぃ、今吸ってるわけじゃないから安心してくれ」
 そういって、カズは軽く笑う。学校のトイレと言うものは、大抵において忌み嫌われやすい場所である。それゆえに、空気はよどみ更に人は寄り付かなくなる、だからこそ寄り付くものが現れるのも必然といえば必然だった。といっても、これは男性用のトイレの話ではあるのだけれど。時間で流れる、水道代節約タイプの水洗便所が一斉に吼える。その音に、ヒサキは驚き体を振るわせた。
「タバコは、服についたんだな。まぁ仕方ないか。それにしても、部長の予想通りに逃げ出してきたな」
 その物言いに、ヒサキは顔を上げた。水が流れてることで、壁越しにも温度が下がったのが判る。水が流れたということは、もうすぐ休み時間は終わる。授業開始のベルを聞いてから帰っても大丈夫だろう。それに、送れて怒られた方が断然いい。ヒサキはあの人だかりを思い出して頭をふった。
「んで、ひーちゃん。どうしてこんなに有名になってるか知りたかったら今日部活にくるといい。それに、今日はステラちゃんも来るって話だしな。んじゃな」
 一方的に話を切り、カズは勢いよく扉を開ける。錆び始めた蝶番が、抗議の声を上げるが既に廊下は喧騒に包まれ始め、流れ込んでくるざわめきに流されていった。予鈴が鳴る、校舎に戻ってくる生徒達のざわめきと、教室に戻る足音が学校を埋め尽くしていく。トイレを去っていく足音を聞きながら、ヒサキは個室の鍵を開けた。もう、タバコの匂いはしない。カズの言った事は正しかったらしい。ヒサキは、一度息を吸いトイレを出た。
 予鈴の音は鳴り響いている。コンクリートの校舎に無意味に響きわたり生徒達の喧騒を急かし、教室に戻れと叫んでいる。ヒサキも例に漏れずトイレを後に、
「!」
 そして、トイレの出口で人とぶつかった。
「あ、すみません」
 振り返った瞬間、ヒサキは驚きそしてくぎ付けになった。恐ろしいほどの存在感を持つ金髪が目に飛び込んできたのだ。ヒサキは、これほどまでに綺麗に染められた金髪を見たことがない。まるで、外人のような……。そこまで考えて、彼は一つ思い当たった。
「沢村ステラ……」
The friend is unnecessary. Man is unnecessary for me. Therefore, it is not interested in man. Because the mind has already broken.
 呼ばれ、ステラが顔を上げる。透き通る青い虹彩と、あまりにもきめの細かい白い肌。そして、思わず手を触れたくなるようなその金髪。その全てが、ヒサキに向いた。
 ヒサキは動けなかった。思わずついて出てしまった名前が辺りだろうが外れだろうが、そんなことは関係が無かった。既に続く言葉はなく、相手からも反応が無い。背中で喧騒を聞いているはずなのに、ヒサキにはまるで無音の空間のように感じられた。
 カズであるのなら、きっと倒れこんでいるステラに手を差し伸べることが出来ただろうか。ヒサキは考えながら、立ち上るステラをただ呆然と見つづけている。
「ごめ……大丈夫、ですか?」
 必至で試行錯誤した末について出たのは、謝罪の言葉。視線をそらしヒサキは呟くように言葉を吐いた。
「最低」
 流暢な日本語、しかし日本人ではないのがわかる。そんな、声を耳で聞きながら、走り去っていく足音を背中で聞きながら、ヒサキは呆然と立ち尽くしていた。

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