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今日の三題話

「火口」「再開」「五里霧中」
Myu氏の挿絵入りです。
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 暗い教室と言うのは、それだけで体感温度が下がってしまう。誰も居ないというだけで、そこの空気は凝り固まる。思い思いに飛び回るのは、人に興味の無い埃たちのみ。感情のない風がゆるゆると流れてくるたびに、埃たちは狂ったように歓喜の踊りを踊りだす。
 けれど、人に作られた床も壁も天井も、テーブルもロッカーも椅子も黒板も、人間が居ないと冷えていく。役目が無ければ朽ち果てる、使われなければ歳をとる。事実、大事に使い込まれたものと言うのは、いつまでも壊れずに主人のために働きつづける。そう、誰も居ない教室というのは時間が流れ始めてしまうのだ。それは、穏やかで楽しいものではなく、ただ己の寿命を刻々とそして確実に削り取る歯車の音。

 その歯車から逃げるように、彼らは冷え固まり、そしてじっと主人が来るのを待ちつづける。ゆっくりとしかし無慈悲に削り取られる己の寿命の音を聞きながら、床も壁も天井も、テーブルもロッカーも椅子も黒板も、人間を待ちつづける。
 最初にその時間を塞き止めたのは、扉の声。控えめに蝶番を軋ませて、立て付けの悪くなった枠と本体との間を擦りながら扉が開いていく。
「……」
 廊下から差し込む光と共に、顔を覗かせたのは加賀ヒサキだった。誰も居ない教室の、冷たい空気が彼の顔に当たる。その温度に、これは誰も居ないなとヒサキは一人ごち電気のスイッチを手探りで探った。
 しばらく壁を眺めて、やっと黒板に隠れていたスイッチを発見する。
 すぐに、電気は通された通路を己の限界ギリギリの速度で走りこむ。走りこむ先には何も無く、ただただ電気たちはそこに溜まり始めた。限界と共に放電を起こし熱を蓄えていく電極。まだかと急かす電気の流れはどんどんと加速し、熱を帯び、とうとう電極を形状変化させるほどになった。電極が曲がり繋がった瞬間、電気たちはここぞとばかりに流れ、そして電極は熱をなくしていく。結局その通路は長くなく、すぐさま電極は離れ安定期が火を噴いた。極大の電圧は放電という形をとり、蛍光管の中をまるで火口から吹き出るマグマの如く飛び出していく。それまで行き先もわからず五里霧中だった電子たちがここぞとばかりにその光に釣られ走り出す。カチという硬い音。電極がかき鳴らす電圧の音をうけ、部屋が明るくなった。
 誰もいない部室は、放課後の廊下とはまたちがった冷え方をしていた。よどんだ空気は、埃をまとい鼻先でおどる。ヒサキは、後ろ手で扉をしめ近くのロッカーに荷物を押し込んだ。押し込んだ後に、ここはつかっていいのだろうかという、疑問が頭を掠めたのだが、特に使われてる風でもなかったのでどうでもいい気分になってきた。
 言われたら言われたで、荷物をどければいいのだ。すくなくても、使ってあるロッカーには名札が書いてある。横をみると、湯木カズの名がおどっていた。だから、多分このロッカーは空きロッカーであると、そして開けて確かに空きロッカーであったことを確認したことを思い出し、ヒサキは一人安堵のため息をついた。
 ここまで気を使う必要があっただろうか? すくなくても、無駄に衝突を避けるという意味で無駄ではないのかもしれないが。一番はじの椅子に腰掛け、ヒサキは部室を見回した。
 何も無い。本当に何もない部屋だと思う。自分が何をしてるのか判らなくなる、何で律儀にも自分はここに来ているのだろうか。何も無い部屋で、ヒサキはただ一人座る。所在がないぶん、頭の中では色々な思考が渦巻き、そして消えていった。
 何もいらないと考えていたはずだ。花の高校生活というものに、ヒサキは全く興味はなく、ただ平穏にそして目立たずにすごすつもりだった。どうしてそうしたいのかといわれようとも、それに対しての答えをヒサキは持ち合わせていない。それは只の望みであり、理由からくる願いや目標ではないのだ。空気が少しずつ温まりはじめるの感じながら、ヒサキは俯き自分の太ももを見る。制服に覆われた自分の足は、頼りない。机のコーティングが、さらに頼りなさそうなヒサキの顔を映し出している。
 カズ先輩のような、顔立ちが欲しくないといえば嘘になるだろう。賀古井部長のような、凛とした性格が羨ましくないといえば、うそになるだろう。カゴメの先輩のような、人当たりのいい物言いならと望んでいないといえばそれも嘘だ。けれど、ヒサキはやはりいらないとも思う。欲しいのは、影のように時間を浪費するためだけの場所なのだから。

 無口な口と、何事も気にしない強靭な精神と、目立たない体格と、当り障りの無い人間関係。それさえあれば、人生は平穏になる。背をまげ、下をむき、卑屈にならないように気をつけながら、ゆっくりと道の隅を歩いていける。ヒサキはそう信じて止まない。
 扉が軋む音で、ヒサキは現実に引き戻される。ドコの部活に入っても、旨くやっていける気はしなかった。だけれど、この部活なら適度に影に隠れるにはうってつけなのかもしれない。そのためには、やはり当り障りの無い人間を演じないといけないのだ。
 ヒサキは先輩だと思い立ち上る。挨拶をしないと。挨拶も出来ない人間だとおもわれ、目をつけられるのは得策ではない。
「あ、ども」
 開いていく扉に向かい、ヒサキが軽く頭を下げる。
 ヒサキの声に、扉の音が止まった。一瞬の静寂が、時間すら忘れさせるような勢いで駆け抜けていく。視界の隅に認めたのは見覚えのある、
 金色。
The world without real feeling. Sense of alienation like the other side of picture. Even if you call it, I do not hear it.Even if you touch, it is inconsiderate.
 扉から半身をだし、自分を見ているのは見覚えのある金髪。これだけ、人工的な光の中でそれでも澄み渡る青い瞳。そして、何を反射しすればそんな色になるのかという白くすける肌。
「う……あ……」
 ヒサキの思考はその瞬間から、焦りと動揺に支配され動かなくなる。どうしよう、そう考えることすら忘れたかのように、ヒサキ目の前の女性を見ている。
 沢村ステラ。間違いないその容姿は、歩く名詞そのものだ。
「こんにちわ」
 告げられた言葉は、あまりに無関心で。あまりに平然としていた。その言葉が、ヒサキの思考を再開させる鍵になった。
 あの時告げられた「最低」という一言がいまだこびりついて離れないまま、沢村ステラと再開するとは考えていなかったのだ。己の浅はかさにヒサキは座ることも忘れている。しかし、ヒサキと違い、ステラは気にした風もなく、ヒサキの向かい側の席から一つ離れた場所に座った。斜め前にすわったステラはまるで、昼のことなど気にしてないという風にヒサキを見る。
 その青く澄んだ視線に射すくめられ、立ち尽くしているヒサキはビクリと一度震えた。
「座ったら?」
 
 人生をすごす上で欲しい物は4っつ。無口な口と、何事も気にしない強靭な精神。目立たない体格と、当り障りの無い人間関係――

 崩れ去る平穏の音を、ヒサキは生まれてはじめて聞いた。
 目の前の女は、少なくても忘れたわけではなく、そして今まさにそれを覚えていてその上でヒサキを見つめている。
 今すぐ走り出したい衝動を押さえ込み、加賀ヒサキは引きつった口元を貼り付けながら椅子に座った。



 77,777ヒットいってた。何も無いけど。

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