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今日の三題話

「樹海」「継続」「以心伝心」
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 無言の時間は停滞するわけではない。苦痛こそが、時間を停滞させるための原動力であり、それ以外に時間を留める方法はない。楽しい時間は矢のようにすぎ、そして退屈な時間はいつまでもそこにとどまるのだ。
 事実、加賀ヒサキの中で時間は遅々として進まず、心を反映した眼球はそこだけ唯一時間が流れてるかのようにせわしなく動いている。冷たかったはずの空気は、なぜか肌にまとわりつくように流れ、6限目がある上位年次の生徒達の声がなぜか耳に障る。一人で居たときはそんなもの全く聞こえていなかったというのに。
 廊下から響いてくる遠くの声が、現実味の無い反響になって部室に届く。人工的な光のくせに有機制御でもしてるのかというぐらいちらつく電灯の下で、ヒサキは机にへたくそに反射した自分の顔を眺める。

 酷い顔だった。元から出来の良い顔だとは思っていないが、いつもにまして酷い顔だ。ヒサキは、机に映った自分の顔を睨む。歪んだ顔が、更に歪んだ。上には上がいるが、下にも下が居る。それだけは間違いなさそうだ。
 ため息混じりに、顔を上げるとステラと目があった。瞬間、まるで刃物を押し付けられた反射のように視線を外すヒサキ。外してから、彼は自分のしたことに対して嫌悪感を抱く。頭の中に思い浮かべるのは、親しくも無いくせに印象だけでヒサキの頭の中に残っている先輩三人のことだ。きっと、カズ先輩ならむしろ望んだとばかりにステラに話かけるだろうか? すくなくても賀古井部長であるのならこんなことで動じることも無いだろう。むしろステラが興味を示すだろうか? 取り留めの無い思考が頭の隅でくるくると渦を巻く。視線だけは正直で、ステラの視線と衝突してからはずっと下を見つづけていた。
 嫌な汗をかいている事を自覚したのは、どれほどたったあとだったか。部室にある時計は自分の背中に位置しているのでわからない。携帯を出すのはなぜかはばかられた。じっとりと、肌を湿らせる自分の汗が気持ち悪いのに、体を動かせないで居る。生きる上で依存していた時間と言うものが手から零れ落ちるたびに、体から汗が吹き出ているようだった。まるでジャングルや樹海に放り出されたような不快感から逃れようと、ヒサキは身じろぎする。その動きにつられ背中を、まるで生き物のように汗が伝った。
 無言は辛い、かといって話し掛ける勇気はない、心がそわそわしているのに、体を動かせない。ストレスは、次第に汗になり、そして不快感へと変わっていく。その不快感に耐えかねたようにヒサキは顔を上げた。
 人工的な光の中でも、なお輝きを失わないその金髪。目に入れるには痛すぎるほどの色がそこにある。そして、ステラが横を向いていることに気がついた。何を見ているのかと、ヒサキもつられて視線を追うが、そこには何も無い。
 ヒサキが視線を戻しても、ステラは横を向いたまま視線を向けたままだった。そこには確かに何も無いというのに、ステラはそこをみてどことなく嬉しそうな顔をしている。
 まるで、
 そこに、
 なにかが、
 いるような――
「あ、の」
 理性をまるで網のように張り巡らせ自嘲していたヒサキだったが、とうとうその網の目の隙間から好奇心が飛び出した。

 欲しかったものは、無口な口と、何事も気にしない強靭な精神。目立たない体格と、当り障りの無い人間関係――

 ヒサキの声に、ステラが顔を向ける。敵意も興味もなく、声をかけられたから振り向いたといった感じの意志の無い表情に一瞬ヒサキはひるんだ。それでも、ついて出てしまったものは既に歯止めが聞かない。電灯は、光り初めて電子の道ができそのあとにやっと電子たちは跡に続く。一度でも決壊した堰は、既に役に立たず後は流れるまま。
「何、見てるんですか?」
 同学年であることをわすれ、なぜか敬語になる。一瞬だけ、ヒサキは違和感を覚えるが相手が女性であるし殆ど初対面なのだ、それが普通だろう、そう納得させる。
 もし、このまま会話が弾んでしまえばきっと苦痛から開放されるのだ。なんとしても受け答えには注意しないといけない。たとえば虫が見えるといわれたら、窓をあけて逃がそうと提案するのも悪くない。外の音が気になっているというのなら、まが高学年は授業中ですからね、と切り出すのもいいだろう。先輩達はまだなのかと、そういうのなら同意し先輩の話をすればいい。ヒサキは自分の思考に満足しながら、ステラの答えを待った。コチラをじっと見ているが、もう彼女の視線から逃げる必要は無い。ヒサキは、期待している自分を悟られまいと必至で自重する。
「……」
「……」
 一瞬、ステラの視線が右上にそれる。いや、彼女からすれば左上。何か考えてるのか、そうおもったっ瞬間、ステラの口が開いた。
 待ちに待った答えが聞ける、さぁどんな答えでも来い。ヒサキは、唾を飲み込み彼女の言葉に聞き耳を立てるる。
「何も、見えません」
 にべも無かった。

 この世に、以心伝心なんていう事象は無い。少なくても、期待に満ちた顔をしていたヒサキの心を完全完膚なきまでに裏切ったステラは、またあさっての方向を見つづけている。
 再度、無言が部室を支配した。
 既に空間に癖がついたのかと思われるほど、一瞬であのときの静寂が戻ってくる。嫌な汗が体中から噴出し、時間だけが止まり。それにあわせようと体を動かさないようにとヒサキはふんばる。
 早く先輩が一人でもきてくれれば。ヒサキは終業チャイムを心待ちにずっと座るほかなかった。まるで仏門に入る人間の修行のように、ただじっとその音が聞こえてくるのを待つしかなかった。
 そして、まるで救いの神のようにあたりが騒がしくなる。チャイムだ。上位学年の生徒達が教室から飛び出てくるのが部室まで響いてくる。文科系の部室は、通常の校舎と同じ棟にある。運動系の部活は部室と言うより更衣室になっているプレハブの部室。
 足音が聞こえる。ヒサキは腹の底に希望の光が沸いて出てくるのを感じる。安心ともいえるその感情に、体中の筋肉が弛緩していくのがわかった。
 早く。カズ先輩でも相羽先輩でもいい、ヒサキは切に願い、顔を上げた。
 部室と教室の位置関係からいうと、ヒサキの通う高校は校舎がL字型になっている。片方の辺を教室に、もう片方は特殊教室と部室、そして職員室などが所狭しと並んでいる。
 階段は、曲がり角と双方の端三つずつ。だから、用が無い限り部室の前を通る生徒は居ない。下駄箱は教室と同じ辺の1階にあるのだからわざわざ遠回りすることもないのだ。
 そう、だから用がある人間のみの足音だけが近付いてくる。
 ヒサキは、かすかに廊下を叩く足音を聞いている。
 一定のリズムを刻みながら近付いてくる足音は、まるで希望を告げる音楽のようだった。
 もうすぐ、目の前に。
 そして、足音がとまり。扉が揺れた。
「おおおお、はよう」
 知らないデブだった。

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