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今日の三題話

■連載中のlog
「占い師」「重い」「右足」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 沢村ステラは、無意識に手を伸ばしていた。けれど、彼女の動きは緩慢でお世辞にもすばやい対応ではなく、倒れていくヒサキに手は掠りもしなかった。
 人間が、倒れる音と言うのは意外と五月蝿く重たいのだと、ステラは始めて知った。
 生々しい音に、診察室にいた医者が顔を出し、そして――
「おわっ!」
 ヒサキを踏んだ。

 ステラは、踏まれているヒサキを見ながら、果たして手が届いたところで何かが変わっただろうか。と、考える。視線の中で、医者に三度ほど踏みつけられたボロ雑巾のようなヒサキが床に転がっていた。どうせ間に合わないのに無駄なことをした。ステラは背を向け歩き出す。背中で、医者が「おきろ坊主!」と、平手打ちをする音が聞こえてくる。外はすっかり暗くなり、病院が発する明かりは飛び出す端から夜に食べられている。
 闇が溜まっている。どろりとした闇のなかへ、ステラは足を進めた。
 踏み出した右足が、闇の中に沈みこむ。ステラは無言、闇に沈み込んだ足を無視してそのまま歩き出す。風は冷たくそして粘着質。桜の匂いよりも闇の匂いのほうが濃くて咽そうになった。彼女が見上げた空には星は一つも無い。雲すらなく、月もなく、星もない夜空をステラは見上げる。
 彼女には星は見えていない。真っ暗でのっぺりとした空に在るのは、もっと別のものだ。
 誰も居ない夜道。そこをまるで賑やかな繁華街でも通るかのように、彼女は楽しげに歩いている。地面に溜まる闇を掻き分けて、彼女は誰も居ない路地を歩く。右へ、左へ、まるで人をよけるようにふらふらと。
「あの男の子は、いいのかい?」
 不意に声が聞こえる。子供の声。ステラが声がした方に振り仰ぐと、少し大きい塀があった。家の主は金持ちだと自己主張する塀の上、誰も居ないその場所をステラは見て笑う。
「うん。私が居ても何も出来ないもの。きっと大丈夫」
 誰も居ないその塀の上に、彼女は語りかけた。
「そうかい? ならいいんだけど」
 声はは風に乗って薄れていく。まるで希薄な匂いのように煙のように消えていった。
 ステラは歩き続ける、賑やかな夜道は大好きだ。どっちつかずの自分が、唯一ここだと思える場所だ。自然と彼女の足取りは軽く楽しげになる。静かな夜、よく晴れた夜空、闇はただわだかまりもせずこの街に溜まる。まるで昏々と湧き出る清水のように、素直にそして真剣に。
 
 夜道に、電子音が走った。
 楽しげに歩いていたステラは一瞬顔を寂しげに変え、すぐに無表情にもどる。鞄に入っていた携帯を取り出すと、LEDが賑やかに点滅している。
「はい」
『沢村ステラか?』
 部長の声が聞こえた。ステラは一度無言で頷く。
 頷いた後に、そういえば電話越しなのだという事に思い当たり、彼女は「ハイ」と答えなおした。
「事故の連絡を受けた、問題はあるかな?」
 大丈夫か、ではなくて、問題はという部長の言い方に、ステラは自分の読解能力を一瞬疑う。はて、こう言う言い方であっただろうか? けれど答えなんて誰も出してはくれない。
「問題ないです」
 問題が何かは判っていないけれど。
「加賀ヒサキは一緒か?」
「いいえ」
 ステラの答えに、電話の向こうの賀古井が一瞬黙る。何かを思案しているような間の後賀古井が口を開いた。
「加賀ヒサキを最後に見たのはいつだ? 電話が繋がらない、両親にも連絡が無いそうだ」
「病院を出るときに見ました」
 ステラは聞かれたことにしか答えない。彼女に未来は無く過去はただの記録でしかない。電話の向こうの賀古井が少し笑ったような息を立てる。
「そうか、大体判ったありがとう。今日は夜空が綺麗だな、沢村ステラ」
「そうですか?」
 ステラには見えない。夜空にはただ黒いのっぺりとした空が広がっている。占い師が目印にする星座も、航海士が目印にする北極星もステラには見えていない。
「ああ、そうだったな。すまない。今日はゆっくり休んでくれ」
「はい」
 電話が切れる、耳障りな音を聞きながら、ステラは空を見上げる。そういえば、昔星を見たことがある。いつから見えなくなったかは覚えていない。
 ステラはくらい夜道を歩く。誰も居ない、音もしないひっそりとした夜道を楽しげに。賑やかな大通りを通るかの用に、ふらふらと。彼女は歩く。見上げた空には黒い布。ステラはそれを見ても何も思わない。それに記憶にある満天の星空は、これっぽっちだって色あせては居ない。
 そして自分は、友達と共に歩くため星も未来も捨てたのだから。

 携帯がフリップフロップ式になって、賀古井は気に入らない。切断ボタンを押し、そこで携帯がしまえないのがなんとも不愉快なのだ。かといって、今やストレートタイプの携帯は殆ど見かけない、確かに在るには在るのだけれど、他社だったりする。賀古井はため息混じりにポケットに携帯をしまいこんだ。
「ぶちょー、ひーちゃんのママに伝えておいたよ」
 相羽カゴメが賀古井の横でどんなもんだと胸を張った。
「示談の交渉もおわったっみたいっすよ」
 賀古井の目の前で電話をかけながら、湯木カズが言う。湯木カズの横では、志茂居が食事をしている。既に5人前近い皿を綺麗に片付けているのが視界の端に見えた。
 街に数店と、数少ないファミリーレストランのうちの一つに四人は席を取っていた。テーブルにはケーキや、飲物が並んでいる。ただ、志茂居の前だけは皿が積みあがり、そして今も積み上げられている。
「おいケイタ、喰い過ぎ」
「ままだまだ、腹4分目なんだけど」
 そういいながらも、口を休めるそぶりは無い。
「こんな、冷凍の不味い食い物なんかよく食えるな?」
 言う割には、あまり嫌そうな顔をしないで茶化す湯木を志茂居は無視。食事は止まらない。
「ユキカズだって、ケーキたべてるじゃん」
「量の問題だろ? 量の」
「不味いって行ったのはユキカズでしょー、大体このケーキおいしかったよ」
「カゴメの舌が変なんだ」
 既に話の中心だったはずの志茂居は忘れ去られ、食べ物の話が始まっている。
「他の客もいる、静かにするんだ」
 賀古井の言葉で、テーブルは一瞬で静まった。静かになったテーブルに、周りの喧騒が流れ込んでくる。
「にしたって。最近おおくないっすか?」
 喧騒に耐えられなくなったのは湯木カズ。少し落ち着きの無い表情で、彼は呟いた。
「気のせいだ、文句をたれるのもいいがまずは手を動かせ」
 賀古井が立ち上がる。グラスに入っていたジュースが、揺れる。賀古井を見て相羽も立ち上がった。
「へいへーい」
 めんどくさそうに、湯木が携帯をしまい立ち上がる。振り返れば、志茂居も立ち上がっている。
「さっさと終わらせて、帰るぞ」
「了解」
 ファミリーレストランだったその場所が一瞬にして塗り変わる感覚。天井からつるされているライトから光が消える、変わりに外から闇が流れ込んできた。音が途切れ、一瞬の耳鳴り。賀古井は静かに手を横にふった。
「さぁ、帰宅する時間だ」
 目の前に、テーブルに、通路に、レジカウンターに、待合席に、白い固まりが居る。いや、居た。
 卓球部の部室にもいたあの白い固まり。ただじっと、その場に佇む白い人。
 表情は見て取れないくせに、目に入るたびその白い人が叫んでいるような錯覚に襲われる。音なんか自分の呼吸と心臓の音ぐらいしか聞こえていなく背に。
 ぐるり。白い人が賀古井を見つけたように顔を向けた。
「動いたか。末期だな、急げ」
 返事もなく湯木がテーブルからナイフを掴みあげ、飛び出した。賀古井の後ろから相羽も通路へと飛び出す。
 賀古井を白い人が見ている。恐怖、悲哀、叫び、狂気、涙、喜び、疑問、痛み、蔑み、哀れみ、同情、憤り、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖。声にもなら無い感情が、賀古井の目を通って口を通って鼻を通って耳を通って流れ込む。猛烈な違和感。喉に指をつきこまれたときのあの違和感。胃が一瞬収縮するのがわかった。
「ぐっ」
 歯を食いしばり、唾液を飲み下しそれに耐える。賀古井は、手術を受けたとき局部麻酔だけではらわたを弄繰り回されたあのときの恐怖を思い出す。
「ぶぶ部長」
 いきなり背後から、こめかみを押さえつけられて賀古井は我に戻った。志茂居の大きい指が志茂居の頭を押さえている。
「……」
 瞬間、賀古井の右手はためらいも無く目の前の白い人に振り下ろされた。肉の千切れる音がする。ただの白い煙ような固まりは、賀古井が振り下ろしたナイフに肉をちぎられ、血を流す。
「すまない」
 志茂居の手が離れる。目の前で、白い人が崩れ落ちていく。支えていた力を失うように、ゆらりと床へ倒れていく。血が止め処も無く流れ出しているのを見下ろしながら、賀古井は一度深呼吸をした。
 視線を上げると人影が二つ。踊るように銀線を円弧に振り回す相羽カゴメ。何の感慨もなく、淡々と作業のようにナイフを走らせる湯木カズ。対照的な二人は赤い返り血に染まりながら、白い人を切り刻む。
 遅れまいと、賀古井が足を踏み出す。
「まったく、バイトも楽じゃない」
 呟いた言葉は、肉が千切れる音に塗りつぶされた。

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