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今日の三題話

■連載中のlog
「ガンマン」「暗い」「肩」
Myu氏の挿絵入り。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 崩れ落ちていく。
 重力に負けて体中の筋肉が弛緩していく。暗い闇が広がって何も見えない視界の癖に、何故だか沢村ステラの手だけが見えていた。
 その手は届きやしないさ―――
 呟いた言葉は、声帯を振るわせることは出来ないまま頭の中ではじけて消える。
 パチンと、記憶がはじける。目を開ければ白い天井が目に入った。消毒液とガーゼの匂いで、ヒサキは病院に居るのだと理解する。
 開いた目が見る病院は、白い天井と薄水色のカーテン。体に力を入れる気になれないまま、ヒサキは目だけであたりを見回していた。
 あの時、ステラみたいに自分が手を伸ばしていたら、あるいは……。愚にもつかない後悔と、希望の入り混じった頭の中は嫌なことしか思い出せない。
 首を動かして、肩越しにカーテンの向こうを除き見ようとしたけれど人影どころか部屋の輪郭もカーテンは映し出そうともしなかった。ため息混じりに吐き出した息が、カーテンを揺らす。ゆらりと揺れる青い膜の向こうに、一瞬部屋の輪郭が見えた気がした。

 初めそれは、どこにでもある違和感だった。
 置いていかれる。いや落ちている。まるで、木登りのときに誤って手を離したときのあの、後悔と恐怖と焦りが入り混じった感覚。あっ、と思った瞬間には既に視界が暗く、そして―――
 落ちた。
 ヒサキは身動きできず、体中に噴出した汗を感じている。体中の毛穴が開ききった緊張感。瞬きしたときに起きる風すら頬が痛い。吐き出した息が唇に当たって気になる。そのくせ音は聞こえないいや無視している。永遠と刻みつづける秒針の音が聞こえなくなるように、まるで無かったことのようにされている心臓の音そして呼吸の音。西部劇のガンマン同士の対決みたいに、体中が緊張している。本能が告げる警告は「動いたら死ぬ」と叫んでいる。
 何が起こったのか。いや、何が起きているのかヒサキには判らない。ただ、閉じ込められたエレベーターの中のような逃げ出したいのに逃げ出せない恐怖が押し寄せてくる。
 ふっ、と電気が消えた。緊張はその瞬間限界まで高まり、そして息は既に意識できる速度ではなくなっていた。嫌な汗が背中の上を転がっていった。
 みしり、という嫌な軋み。自分の関節か、それとも部屋がなったのか。然しヒサキは体を動かさない。動かしたくない。今体を起こしてしまえば、どこかへと落ちてしまうそんな恐怖があった。そして、身動きをしなくても既にヒサキは置いて行かれている。
 太ももに熱を感じてヒサキは驚き、体を振るわせる。何が? と思った瞬間、携帯のバイブだという事に思い当たった。
 こう言う状況でかかってくる電話なんて―――
 判ってはいても、太ももに当たる携帯は震えつづけている。できるだけ体を動かさないよう、ヒサキは身をよじり手を伸ばす。震える携帯を開くと、着信画面には知らない番号が踊っている。けれど番号自体は出ているというじたいに、ヒサキは少し安堵しそして通話ボタンを押し込んだ。
「……はい」
 雑音。定期的に揺れるようなそんな雑音が聞こえた。それがまたヒサキの恐怖心を煽る。
『――加賀ヒサキか。賀古井だ』
 聞き覚えのある声に、ヒサキはほっと息をついた。呼吸を整え何とか返事をしようと息を吸い込む。
「ど、どうも。どうしたんでしょうか?」
『今すぐそこから離れろ。コチラも向かってはいるが、間に合いそうに無い。予想外に広がってしまった。いいか? 他人がどうなろうが無視しろ。加賀ヒサキはそこから、その病院から今すぐに出て、自宅へ走れ』
 行っていることがなかなか理解できなかった。間に合いそうに無い? 広がる? 家に? どこに? 疑問はついて出るが答えは一つも出てこない。
「え?」
 出たのは、疑問。耳に届いたのは、電話の向こうの相羽カゴメの声。
『ぶちょー、間に合わないよ! 裏返る!』
 その声と同時、暗いだけだった病室に、音の無かった病室に、風の無かった病室に―――
 アレが立っていた。
 青い膜一枚、薄いカーテンの向こう。黒に染まったその先に、あの白いのが立っている。カーテンで隠されたあの向こうに、ヒサキは間違いなくそれを感じていた。
「あ……」
 肺に残っていた空気が、恐怖に押し出されて口を出る。
『おい! 加賀ヒサキ! 早くその場所から離れろ、すぐに電話もつな――ブッ』
 嫌な音とともに、まるで引きちぎられるような音とともに電話が切れる。電波が届かなくなるとかそういうものではなかった。それこそ無理やり、妨害電波みたいなものに途切れさせられたそんな音だった。
 カーテンを挟んだ向こうに白いアレがある。携帯から、通話が切れた旨を知らせる電子音が幽かに耳に届いている。それ以外に音はしない、だけど薄水色のカーテンの向こう、間違いなく白いアレが佇んでいた。
 慎重に、音を立てないようにとヒサキは逆側からベットを降りようとした。四つんばいになり、肩越しにカーテンを確認しながら、下がる。足がカーテンに触れ、ゆらりと揺れた。
「ハッ……ハッ……ハッハッ……」
 呼吸が浅い。けれどそれをどうすることも出来ないまま、足を進める。既に体のいたるところが言うことを聞かなくなってる、急がないとどうにかなってしまいそうだ。
 押し殺した呼吸を何度繰り返しただろうかか。やっとヒサキの左ひざがベットの端へと到達する。音を立てないように、ゆっくりと曲げていた膝を伸ばして床へ。
 踏みしめたリノリウムが、冷たい感触を帰してきた、靴下は歩けどスリッパも靴も無い。服は着ているが、鞄はない。一瞬思案するが、別にどうでも良くなる。
 今すぐ逃げなければいけない。部長もそういっていた。
 両の足が床についた、そのまま振り返りカーテンをくぐろうとする。
 瞬間、ゆらりと背後が揺れた感覚。 
「……!!」
 叫びだしそうな声を必死で押し殺し、ヒサキは一気にカーテンをめくり上げそして足を踏み出した。
 急げ。
 靴下がリノリウムの床を噛めずにすべる。ヒサキの体重をそのまま間違った方向へ逃がしてしまった足は、
「おあっ」
 ベットにぶつかり派手な音を立てた。
 その騒音が、まるで暗闇を切り裂くような勢いで響く。もう隠れていられない。
It runs away.The turn one's back to.Only in running away, it is good.
 ヒサキは、その音が消えるか消えないかの内にもう一度走り出した。
 ベットのすぐ横に白いアレが佇んでるのが横目に見える。けれどヒサキの足はもう止まらない、病室の扉に飛びつくように手を伸ばし、一気に引く。靴下がすべって力が入らない。足の体勢と整えて再度引っ張ると、するりと扉が開いた。ばね仕掛けの引き戸は、開くにつれて戻りたがる。それを無理やり押し出して、ヒサキは病室を飛び出した。
 廊下も病室同様に暗く、そして静かで、そして白いアレがぽつぽつと佇んでいる。できるだけ見ないようにヒサキは顔を一度振ると、記憶を頼りに走り出す。靴下での走り方にもなれ始め、ヒサキは必死で出口に向かって走る。
「いやあぁぁぁぁぁ」
 叫び声が聞こえた。

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