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今日の三題話

■連載中のlog
「商人」「熱い」「頭」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 こびりついた叫び声が、頭の隅っこでぱりぱりに乾いている。
 痒みを伴った記憶は、既に苦痛の域を通り越して思考を固定し何度も記憶をよみがえらせる。本人の意思なんかはお構いなしに。
 白い靄の向こうで、恐怖に歪んだ顔をしている女の子。見えるはずの無い距離で、白い靄との間で、間違いなくヒサキは彼女の顔を見ていた。
 叫び声に乗った感情が、幻覚を見せたのか、白い靄の所為なのか、それともただ単に思い違いなのか、そのどれでも良かったし、そのどれでもヒサキに興味は無かった。

 目の前を行く二人の跡を追いかけるように、ヒサキは追いかける。光の無い世界、遠くでいつも光ってるはずの非常口の緑色すら見えない世界。二人の背中は、なぜかしっかりと見えている。廊下の姿も、光を取り入れるための大きな窓も、しっかりと見えていた。
 視線を窓に向けたとき、ヒサキは大きな夜空を見た。本来街の明かりに押しつぶされてしまう、星空が、広がりそして輝いていた。見たことも無いような、黒と白のハイコントラスト。満天という言葉は間違いなくこの空のためにある。
 そして、その空がヒサキにまともな世界ではないことを教えているのだ。あまりにも美しい夜空は、それだけで非現実を彼に突きつける。我知らず、ヒサキは足を止め、廊下から夜空を見上げていた。目頭が熱い。拭うと、己が泣いていることに気がつく。感動の涙か、それとも現実から離れてしまった悲しさか。
「加賀ヒサキ。置いていくぞ。一応はぐれてもいいように」
 かけられた声に、ヒサキは振り向く。先をいっていた二人がいつのまにかに近くにいた。
 賀古井がポケットから何かを取り出す。
「これを持っておけ。もしはぐれた場合や、一人でアレに遭遇した場合は役に立つ」
 ヒサキは手に置かれた物を見る。少し重みのある大き目のカッターナイフ。文房具と言うよりは、工具の方のカッターナイフだ。握りについた安っぽいプラスチックと、刃を止めるためのネジがヒサキの手に当たっている。
「え、あ……」
 何もいえなかった。すぐに何のためのものなのか気がついたから。
 やけに重たく感じたカッターナイフを、ヒサキはただ呆然と手のひらでもてあそぶ。
「心配するな、商人がもつそろばんのようなお守りと変わらない」
 賀古井は言いながら、ヒサキに背をむけた。急ぐぞと呟いたその背中を追いかけるようにヒサキは足を進める。何度この背中に向かって駆け出しただろうか、ヒサキはポケットにいれたカッターナイフの重さを感じながら思う。
 足音はリズミカルに、そして軽快に。よどみない速度に乗せるのは、どこまでも落ち着いた胸の奥の方にある焦り。
 もし、あの女の子に会えたらどうしたらいいのか。ヒサキの不安は頭の中でコロコロ転がる。右に曲がるたびに、左側に転がる。左に曲がるたびに、右側に転がる。そういった、ふらふらの不安にヒサキは、少し呼吸を荒げ前を行く二人を突いていく。さして早いわけでもない割には、志茂居の表情は焦り一色に彩られている。賀古井は気持ちが表情に出ることは無いといったぐあいに、淡々と走っていた。
 あくまで対象てきな二人の後ろを、微妙な表情をしてヒサキは追いかけている。そういえばどこへ行くのだろうか、などという疑問は既に解決の糸口すら見えないまま、どこかに捨ててきていた。実際、問うたところで答えは返ってこないのは間違いない。少なくとも、どこかへ向かっているというのは間違いなさそうだし、多分この先には何かがあるのは決定事項にちがいない。

 だから、そうなることは当然予想していたはずだったのに―――
 
 目の前で女の子が泣いていた。悲しみに暮れる声ではなくて、拒絶の声。賀古井と志茂居の隙間から、見覚えのあるパジャマの色が見えた。
「加賀ヒサキ。あれか?」
 あれ、というその物言いに一瞬背筋が寒くなる感覚を覚える。
 ヒサキの視線の先には、間違いなくあの時見捨てた女の子がいた。
 ゆっくりと頷くヒサキをみて、賀古井は前に向き直る。気がつけば、横に相羽と湯木も居た。
「加賀ヒサキ、君が予想通りの人間で助かった」
 賀古井の言葉にヒサキは疑問を覚える。
「加賀ヒサキまでも、ああなるところだった」
 視線の先に、女の子がいた。見覚えのあるパジャマと、見覚えのある大きさ。聞き覚えのある声で泣いてる。
 体に白い靄がかかっているという事いがい、何もあの時と変わっていない。
「湯木カズ。終わらせろ」
「うぇっ、部長……これはきっついすよ……」
 白い靄がかかってるとはいえ、彼女の姿はまだしっかりと見えている。幼い体で、必死ですすり泣き上げているその姿に、湯木は一歩あとずさった。
「ためらってる暇はない、そいつは原初だ。いそげ!」
「げ。まじすか」
 賀古井と志茂居が頷いた。それをみて、いやいや持っていたナイフを振り上げる湯木。
「うぁ……だめっす、これは流石にきちぃっす」
 声が聞こえている。小さな女の子が、声を上げて泣いている。目を瞑っても、耳をふさいでも聞こえてくるその声に、湯木は顔を引きつらせた。
 その湯木の姿をみて、賀古井がため息をついた。
「湯木カズ、もういい、どけ。私がやる」
 そういって、賀古井が右手を振るう。袖から、一振りのナイフが飛び出した。丁度、賀古井の肘から手首にかけてと同じ長さの銀色のナイフ。肉厚なそのナイフは、包丁やカッターではきかないコンバットナイフのそれだった。
 賀古井に道を開けるように湯木と相羽が下がる。
 淡々と進む賀古井の足をヒサキは見ていた。賀古井の行くさきに、女の子が泣いている。涙と鼻水を啜り上げ、声にならない声で鳴いている。
 賀古井が振り上げた銀色のナイフが暗闇に沈まない色を描く。どこにもない光源から光を受けて、暗闇を映し出すナイフは重力の引き手よりも強くそして迷いなく振り下ろされる。
 気がつけば、ヒサキは走りだしていた。正義感からじゃなくて、ただの罪悪感と後悔に後押しされたネガティブな加速は、思った以上にヒサキに速度を与えた。
 伸ばした手が、賀古井の振り下ろす腕に届く。
 少々の衝撃と、たたらを踏んだ足音が響いた。
「加賀ヒサキ……」
「……すみません」
 銀色の音が床に転がる。
「貴様の行動はチグハグすぎる」
 ため息混じりに賀古井が言う。全く感情を感じさせない言葉が、床に転がって消える。
 泣き声が一際大きくなった。女の子の、拒絶を含んだ泣き声は、大きくなりそしてそれは止まらない。
「え?」
 人間の声量を超えた音量で響く泣き声に、ヒサキは疑問を覚えた。耳をふさいでも震えだけで伝わってくるそんな大声。みれば、賀古井も志茂居も湯木も相羽も耳をふさいでいる。
「うあああああああああああああああああ!!」
 殆ど咆哮に近いその声に、ヒサキは後ろに倒れるように下がった。
「ああああああああああああああ!!!」
 膝をつき、ヒサキは頭を抱える。だが、一向に声から逃れることはできなかった。呼吸すら苦しいほどの衝撃に、ヒサキは目をつぶり必死の形相でたえている。そして、
「あ――」
 まるで嘘のように、いきなり声が止まった。

 好奇心と言うのは、人を生かし。そして、殺す。
 気になった、は言い訳にはならないのだ。
 あろうことか、ヒサキは声が止まった理由が気になり。
 顔を上げる。
『たすけて……』
 白い靄が言った。
 口腔と眼孔にぽっかりと開いた穴の向こう、表情が見えた。

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