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今日の三題話

■連載中のlog
「騎士」「硬い」「背中」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 自意識過剰だと言うことが判っていても、人ごみはヒサキにとって苦手以外の何者でもない。
 誰も見ていないという事実と、背中に感じる視線の幻覚のどちらに比重を置くのかといわれたら、ヒサキは間違いなく幻覚だと言い張るだろう。人が居るだけで嫌だとまでは行かないまでも、無駄に接近したいとも思わない。目立つなら、走って逃げているときだけにしてくれ。
 ヒサキは、目の前で繰り広げられる大騒動を見ながら、こそこそと距離を開けていった。

 横目に通り過ぎる瞬間、ステラを囲んでいた二人組みの言い訳が聞こえてくる。
「ただの挨拶じゃ……」
「そ……似てた……」
 全部を聞き取らなくても、どうしようもない言い訳だとわかる。一瞬目が二人組みに行った。
 だけど見えたのは二人組みでも、芳田教頭でもなくて、ステラだった。ステラがコチラを見ていた。視線がかち合った瞬間、まるで音がしたのかと思うほどの衝撃を受け、ヒサキは固まる。
 見てみぬ振りをした罪悪感と、頭の中で繰り広げられる言い訳。
 それが、今現在芳田に詰め寄られ言い訳をしている二人組みと、何ら変わりのないことにヒサキは気がついてはいない。自分はいま後ろから着たばかりなのだ、芳田は既に二人組みを……頭の中で、自分に言い聞かせるように嘘をつき、ヒサキは足を速め通り過ぎた。
 背中で感じているステラの視線は、多分幻覚なんかじゃなかった。
 
 一日もかけずに噂は広がるが、一日や二日で噂は消えない。
 結局、教室につく前からヒサキは人に囲まれることになり、うんざり顔で机に突っ伏していた。更に昨日の夜病院に運ばれたこともあり、噂は収まるどころか盛り上がりすら見せている。かといって、正確には同じ道に偶然なっただけだが一緒に帰り、あまつさえ交通事故に会いそうになったステラを助けようとして倒れた。なんてことがばれてしまえば、火に油どころかニトロに衝撃である。つまりは「いろいろとね」そう適当にあしらいながらヒサキは苦笑いを返すぐらいしか出来なかった。真実がステラの口から漏れることはないだろう。ヒサキがお願いする立場でもないし、大体言わないでくれという理由すら見当たらない、ヒサキは、彼女の固い口に期待するほかなかった。本心は簡単だ、ただ目立ちたくないからというその一言に尽きているのだけれど。
 新しい教室とはいえ、別に床も壁紙も変わったわけではないし、机や椅子にいたっては殆ど掃除されないままであることは、常識と呼ばれる諦めの辞書に書き込まれている。所々に悪戯書きが見える壁や、ゴムげ削れ黒く跡を残した床、ワックスがはがれて久しい机と、乱暴に扱われて少し曲がった足をした椅子。それでも、床はワックスをおざなりとはいえ塗り替えられ、壁も一年に一度とはいえ、綺麗にされている。この、新しいくせにふるい匂いこそが新学期そのものの匂い。ヒサキは、この匂いがあまり好きではない。
 少しずつだけれど、ヒサキの存在を忘れたか、そこそこ仲のよくなった友人が出来た頃にはクラスは変わり、バラバラになる。あまり深く友人関係を作らないヒサキは、別のクラスになった瞬間に忘れられる。ヒサキもすぐに忘れどうでもよくなるのでアイコといえばアイコなのだけど。
 たまに一緒のクラスに上がった友人が、挨拶をする人間が誰だかわからなくなる。向こうも、ヒサキのことを忘れ誰だかわかってない顔をする。そんなことは、小、中学校で何度も繰り返してきた。酷いときは、夏休みをまたいで忘れ去られたこともある。そういえば、居たね。なんていう陰口は、ヒサキにとって朝の挨拶並に聞きなれた言葉だ。
 いまさらトイレに逃げ込むことも出来ず、ヒサキは机に突っ伏しながら学友の質問に答える。無視して感じの悪いやつだなんて思われたくないし、つまらないなと思われればそれに越したことはないのだ。然し、新入生と言うのはどこまでも貪欲だった。学校が変わったということもあり、学区が違う殆ど知らない人間ばかりのなかで、共通の会話ができるというただその一点の利点のためにヒサキは利用されていた。
「教頭の私設部ってきいたんだけど本当?」
「あ……うん」
 何度か、答えていいのかどうかわからない質問もあったが、概ね問題なくそしてあくまで適当にヒサキは受け答えを続ける。 
 しばらくして、始業のチャイムが鳴るまでヒサキは椅子に座り、曖昧な笑顔と、曖昧な返答をしつづけていた。
 木の硬い感触を、頬に感じながらヒサキは黒板を見る。初の授業のため教師の自己紹介が繰り広げられていた。さも興味なさそうに、黒板を一瞥した後。彼は、すぐに目を伏せ、
「!」
 もう一度黒板を見た。
 その黒板には、「芳田 秀明(ヨシダヒデアキ)」の名前が踊っていたのだ。
「一応教頭もやっておりますが、こうして――」
 間違いなかった。多分、運が悪かったのだろう、とヒサキはため息をつく。只でさえ目立つくせに、ここで顧問のことなどしゃべられてしまえば、
「――あと、帰宅部の顧問もやっております」
 最悪だった。
 
 身長が高く、容姿もよく。物腰も柔らかで、しかも頭がいいと来た。最悪なことに、教頭という地位につきながら、若い。これで人気が出ないわけもなく、芳田は質問攻めにあっていた。
 女子生徒の視線ま、まるで自分を迎えに来た騎士様然としているし、男子生徒も半分以上好意の目で芳田を見ている。
 顧問の質問が多かったのは、既に芳田の噂を聞きつけていた生徒が紛れ込んでいたということだろうか? 簡単な自己紹介と退屈にならない授業が終わり、終業のチャイムが鳴っても芳田の周りにはいまだ生徒が溢れている。
 芳田のおかげで、ヒサキは教室を抜け出すことに成功したのだけれど、なんだか釈然としない感覚もあった。心のどこかで、有名人的なポジションだった自分を喜んでいたのかもしれない。まぁ、それでもストレスの方が大きかったのは間違いないのだけれど。
 教室を抜け出し、十分程度とはいえ休憩時間の一つを潰せるのだから感謝しないといけない。なれない校舎に溢れ返る同学年の群れをすり抜けたまにぶつかりながら、ヒサキは図書室へと足を向けていた。昨日部室へ行く際に確認してたのだ。迷いなく、彼は廊下を歩く。同じ階にある図書室まではすぐだ。たった10分と言うなかれ、少なくてもその10分が問題になってるのは間違いないのだから。
 図書室に近付くにつれて喧騒が小さくなっていく。その感触にヒサキの足は速くなった、まるで速度で喧騒から逃れられると信じているように。
 静かな廊下に、図書室の表記を掲げた扉が見えてくる。小躍りしたくなるような静けさに、ヒサキは口元を緩めた。図書室の扉は、通常の教室の扉と違って、大きな鉄の引き戸だ。まるで病院の扉のように重厚なそれはこの先で音を立ててはならないと、叫んでいるようだった。
 手をかけ、ゆっくりと扉を引く。重たい音を立て扉が開いていく。つられて流れ出した、図書室独特の本の匂いが鼻を掠めた。埃とインクとふるい紙の匂い。
 そして、覚えのある柔らかな匂いがした。
 ――なんだったっけ?
 開ききった扉が、ヒサキの疑問に答える。
 窓の光を浴びて、透き通る金色が踊っている。
「……」
「こんにちわ」
 流暢な日本語に、一瞬喉を詰まらせた。
「こ、んちわ」
 目の前に、ハードカバーを持ったステラが立っている。

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