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今日の三題話

■連載中のlog
「魔法使い」「優しさ」「心臓」
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 廊下を反響して届く、曇った騒ぎ声が耳につく。
 リノリウムとコンクリートを経由した喧騒は、変なエコーをつけつつ図書室にもぐりこんできた。風で揺れる鉄扉が、奏でるドラムに乗せて届く声。自分の心臓の音までもが、それに合わせるように拍動する。
 耳から、体から、響くリズムの向こう、ヒサキは無言で沢村ステラを見ている。
 乾いた薄い音。ステラがめくった本が立てる音が、一際目立って聞こえる。その音に、ヒサキは立ち止まっていたことに気がつき慌てて足を進めた。腹の底のほうで、挨拶をするべきか無言を保つべきかと一人押し問答を続けながら扉を閉める。

 扉が、騒音防止のためにつけてあるゴムに重苦しい音を立ててぶつかった。扉を閉めると、なおさら静けさが耳に入る。遠くの喧騒は、更に遠くへと押しやられ鼻に届く紙の匂いに混じったステラの匂いが、ヒサキの口を乾かしていった。
 図書委員は、通常の休み時間には居ない。変わりに受付には、図書室の管理担当の女性教師が静かに座って本を読んでいる。特別教室独特の大きなカーテンが揺れるたび、ヒサキの後ろの扉がカタリカタリと揺れる。直接差し込んでくる光はないが、青空が痛くなるほど広がってるのが見える。意を決してヒサキは歩く。「たった十分じゃないか」自分に言い聞かせるようにヒサキは、図書室の奥へと歩き出した。
 特に本を読む方でもない、文章なんて漫画雑誌か教科書ぐらいな極平凡な学生のヒサキが、図書室で気になるタイトルを見つけられるわけもない。特に直接勉強のことを思い出させる歴史関係の棚になってしまえば、目を伏せ足早にその場所を通り過ぎる他選べる選択肢はなかった。
 紙と埃とインクの匂いはあまりにも濃密で、まるで今いる場所が学校の一角であることを忘れそうなほどだ。魔法使いの部屋にでも来てしまったかのような、どことなく怪しげで威圧感のある雰囲気に、飲み込まれていくような錯覚を覚える。
 図書室の床は、廊下と違って厚いゴムのようなもので出来ている。足音が響かないようにするなら、絨毯を引くのがセオリーのはずだが埃が酷く廃止になった経歴がある。変わりに採用されたのが、掃除がしやすく埃が出ないというこの床だった。ヒサキは、軽く確かめるように床を踏む。中学の図書室は絨毯だったので少々珍しいのだ。踏みしめた感じは、厚手のゴム。力を入れてもへこまない分、足音が廊下ほどではないものの、聞こえる。
 自分の足音の所為で聞こえなかった。ふっっと空気が変わって、やっとヒサキは後ろに人が立ってることに気がついた。
 驚き振り返るが、振り返る前から誰かはわかっている。沢村ステラだ。
「どいて」
 別に、昨日の感謝の言葉を期待していたわけではないが、それでも少しはどこかで甘い展開を望んでいたのは間違いない。そして、ヒサキはステラの冷たい言葉によって、それを確信した。
「あ、ああ。……ゴメン」
 面食らいながらも、片方の棚に体を寄せて道を作ると、横をステラが通っていった。同年代のほかの女子の匂いはこうはいかない、ヒサキは音を立てないように空気を吸い込む。だけれども、ヒサキはそれ以上の行動には出ないだろうし、出るつもりもなかった。
 通り過ぎたステラの後ろ姿を見送りながら、何を呼んでいたのかと目を向ける。
 ステラの手には厚手のカバーに覆われた分厚い本が一冊。背表紙は、彼女の手に隠れて見えなかった。ヒサキは、じっとステラを見ていたことに気がつき、弾かれるように視線を外す。
 ため息混じりに歩き出すヒサキ。どこにいっても心の安らぐ場所はなさそうだと、思いついては足取りを重くした。
 と、聞こえていた控えめな足音が途切れる。自分の足音ではなくてステラの足音。振り返ると、ステラが背伸びをして本を入れようとしていた。ヒサキはそこで初めて、ステラの背が自分の背より小さいことに気がついた。少し驚きながらも、近くに脚立がないのを確認する。「同じ部の部員なのだし……」自分に言い訳を忘れずに、頭を掻いて息を吸う。
「手伝うよ」
 横にたって声をかけると、さして驚いた風でもないステラがヒサキを見上げた。というか、ステラは車に轢かれそうになっても殆ど表情を変えていなかったことに気がつく。無表情なのか感情がないのかは知らないけれど、細かい表情の差異に気がつけるほどヒサキは彼女を見ているわけでもなかった。
 ゆっくりと、ステラは本を差し出す。その本を受け取ると、意外と重く手にのしかかる。目に入った題名には、
『夜を湛えるダム ―夕日の街の歴史.1― 著:相模倣夢(さがみ ほうむ)』
 という名が打たれていた。夜を湛えるという言葉に一瞬違和感を覚えるが、無視して本を持ち上げる。彼は、似たような背表紙が並ぶ段を見つけて受け取った本を確認する。背表紙の番号が順番であることを軽く確認して、そこに差し込むように本を並べた。
 ヒサキの手の先に、似たようなシリーズが幾つも並んでいる。
『夢という大食 ―夕日の街の歴史.2― 著:相模 倣夢』
 他にも、『白い人』『天覆う翼』『楔という標』『螺旋の歴史』など、なんだか歴史書にしては怪しいタイトルの本が目に飛び込んできた。その中で、ヒサキは白い人というタイトルに一瞬近視感を感じる。
 他にも、夕日の街の歴史シリーズ以外にもシリーズは並んでおり、良く見れば殆ど棚一つを占拠していた。その量に一瞬目眩を覚える。と、肩を叩かれる感触にヒサキは振り向く。
「……」
 ステラの無言で差し出された指が、最初に目に入った。そして、無言で指し示された本を見る。
「二巻?」
 ヒサキの言葉に、ステラは頷いた。少なくても、余計なおせっかいではなかったのかとこっそりを胸をなでおろしながら、ヒサキはもう一度手を伸ばし、今度は隣の本を抜き出した。思ったよりしっかりと挟まっていたのか、抜くのに少々力がかかる。
「っと。はい」
 できるだけ丁寧に優しさをこめて本を渡す。埃と紙の匂いが舞い上がるのを感じながら、ヒサキはステラを見た。
 特に、彼女の顔に感情は浮かんでいない。細かい表情の変化すらしてないように見える。
 本を受け取ったステラは無言のまま、机に向かって歩き出した。手持ち無沙汰になったヒサキは、その背中を見送っている。
 その背中に声をかけることは出来なかった。
 一度自嘲めいた笑いをしたヒサキは、適当に本棚から本を抜き出しステラの後を追う。ゴムの床は、なんだか少し柔らかくなった気がした。
 
 無意識に手にとっていたのは、先ほどの「夕日の街の歴史シリーズ」だった。3巻の名は、「白い人」。少しは興味が出てくるのかもしれない、なんてことを考えながらヒサキは机に座った。
 目の前には、沢村ステラが静かに本を広げて読んでいる。日本語が流暢なら、文字も自由自在なのだろうか、全く躊躇なく読み進めるその姿に、ヒサキは少なからず驚く。
 ちらりと、ステラを伺いながらヒサキは読んでいるのか読んでいないのか判らない本のページをめくり始めた。
 しばらく無言でページがめくれる音が聞こえる。廊下よりも窓から、校舎の喧騒が聞こえてきている。背中でその音を聞きながら、ヒサキは本をめくりつづける。

 無言には、人よりも耐性があると思っていた。
 けれど、受け付けの教師が隠れて見えないこの場所で、目の前にいるステラと二人きりと言うのは存外ヒサキには落ち着かないものだったようだ。
 風にゆれ、光を受けて輝く金髪と、静かに文字を追っていく碧眼。すけるような白い肌は、やはり自分の国の人間とは全く違う理論で成り立っているのではとかんぐりたくなるような差がある。
「あ、のさ」
 堪らずかけた声に、ステラは顔を上げる。然し声は発しない。ただ、じっとヒサキを見上げるように次の言葉を待っていた。
「……部活さ、続ける?」
 正直、あのような恐怖を卒業するまで味わうというのは寒気がする。ヒサキは思う。けど、もしも、もしもそれ以上に意味があるとするなら……
 ステラは、ヒサキの問いに、静かに頷いた。ヒサキは半ば予想してたとはいえ、少しはショックを受ける。血の気の引いた頭を押さえながら、何とか口を開いて、
「だって、あんなことばかり続けるんだよ?」
「あそこは、私を受け入れてくれるから」
 その言葉は、全く意志を含んでいないような無機質な言葉だったが、なぜか有無を言わせない迫力があった。
 受け入れるという意味がわからないまま、ヒサキはそうなんだと曖昧に頷いて、本に視線を戻す。チャイムはまだ鳴りそうにない。

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