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今日の三題話

■連載中のlog
「科学」「水」「しそ」
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 校舎というのは、自己主張をしない。朝は朝日を浴び白く光り、夕方は夕日を浴び赤く染まる。夜は暗闇に溶け込み、昼は青空に溶け込む。常に、あるがまま流されるままの癖に、存在感だけは確かにそこにある。まるで水や風のような在り方に、幾分無機質な雰囲気を混ぜて、校舎は太陽の光を反射していた。
 ヒサキは、夕日になりかけたどことなくあやふやな光に染まる校舎を見上げている。彼の横には、既に沢村や湯木の姿も見えていた。志茂居ケイタの姿はなく、相羽カゴメは正門から少し離れた場所をうろうろしていた。

 六限目が終わる頃、正門で。そういわれてやってきていた面々だが、三年の授業が終わるということは、三年の生徒が正門をくぐって帰路につくということだ。まるで、待ち伏せか待ち合わせか、少なくても都合のいい受け取られ方はしていないだろう。男二人に、女一人、しかも湯木にいたっては容姿が容姿であり、さらに駄目な方向に勘違いされているのは間違いない。それを懸念したのか、何も考えていないのか、相羽カゴメだけはその集団から距離を置きふらふらと歩き回っていた。
 部活動が夏で終わりということもあり、三年生の数は思ったよりは少ない。できるだけ今のうちに部活動に精を出そうというのか、それとも仮入部の新入生を引き止めるためなのか、それはわからない。足早に正門をくぐる学生は、殆どこれから予備校などへと向かうのだろう。ヒサキは、その少々青白い顔の列をみて受験を連想し、うぇと呟いた。
 そんなヒサキをみて、湯木が不思議そうな顔をするが特にそれを言及し様とはしない。少なくてもヒサキにとって、それはありがたいことだった。
 暫くすると、昇降口から一際目立つシルエットが一つ。そのシルエットは、紛れもない小学生のそれにしか見えない。いいところ中学一年のその背格好とは裏腹の堂々とした足取りは、どれだけ遠くで見ても見間違えるはずもなかった。ヒサキは静かにその姿を眺める。
「お、来た来た」
 湯木の言葉を、彼は背中で聞きつつ芳田の姿を探した。てっきり一緒にいるものだと思っていたのだが、校外活動なのだから顧問は付き添うものではないのかと、彼は思う。
「ありゃ、芳田せんせいないな」
 彼の思いを代弁するように、湯木が呟く。
 それと同時、うろうろしていた相羽が、賀古井を見つけてたようだった。
 たのしそうな足取りで、三年生の帰宅する群れの中をあしばやに駆け抜けてくる。
「そろってるな」
 ヒサキの目の前に来た賀古井が呟くように言う。はて、志茂居が来ていなかったような。そう思いながら、彼は振り返る。と、気がつけば後ろに巨体が視界一杯に広がっていた。
「部長、芳田先生はどうしました?」
 湯木の言葉に、賀古井はチラリと右を見る。
 ヒサキはその視線につられて顔を左へ、職員玄関の向こうからゆっくりと自動車が近付いてくるのが見えた。
 少し大きめのバンだ。志茂居をいれて乗れるのかと、一瞬不安になるがまぁ何とかなるだろう。軽いエンジン音を響かせながら、その車は正門を少し通り過ぎたところで止まった。
 パワーウィンドの駆動音の向こう、芳田の顔が見える。
「そろってますね。さぁ、乗ってください。少し遠くまで行きます。説明も車内で」
 そういって、芳田はエンジンを止めた。とととと、と軽い音を立ててエンジンが最後の言葉を発した。

 車内は、ガソリンと埃、そしてシートに染み付いた芳香剤と排気ガスの匂いがする。ヒサキは、その匂いに軽く咽ながら相羽の後ろについて座わった。
 後部座席は、前列に二人、後列に三人分のシートが並んでいる。後列の奥に喜び勇んで飛び乗ったのは湯木、その後を相羽カゴメが追いかける。
 ヒサキはその後ろを追いかけるように後列を埋めた。目の前でゆっくりを車内を歩くいている賀古井が見える。身長がないので、普通に歩くようにはいってくる姿は、少し羨ましいと彼は思った。
 そして、一番最後にステラが無言で前列のシートに乗り込む。
 重たい、車の扉独特の音をたてて、助手席の扉が開く。のっそりとした動きで、志茂居がはいってきた。乗り込んだ瞬間、車体が傾ぐ。
 ヒサキの目の前は、ステラ。その前に志茂居がいる。彼は、何も見えない前を見ながら、所在なさげに視線を彷徨わせた。よくよく考えてみると、右に相羽、前にステラ。左は扉で背中はシート。その状況に気がつき、彼は一瞬目眩を覚える。気がつかれないように、息を吸い込むのは忘れない。
「一応、シートベルトは締めてくださいね」
 バックミラーでこちらを確認しながら、芳田が言う。
 既にシートベルトをつけていた賀古井と沢村は無反応、いそいそと後列の三人組がシートベルトを締め出した。
 それではいきますよ、という芳田の言葉と同時に車のエンジンがかかり、規則的な揺れが車内に充満する。
 ヒサキは、車が動き出すその緩やかな加速に身を任せ、シートに体を沈めていった。
 
 ヒサキの家には車があるが、殆ど彼はそれに乗った記憶はない。ただあるのは、先日病院から帰ったときに乗せられた車内の記憶。バスも乗らないし、街の外にも殆ど出ない彼は電車にも乗らない。
 だから、こうして窓から眺める街並みが、少々ものめずらしくても誰も彼をバカにはしないだろう。
「では、もう居ないと?」
 賀古井の凛とした声に、窓の外から視線を戻す。
 彼は、どんな話をしていたのだっけとおぼろげながらにきいていた話の内容を頭の中で反芻し始めた。
 確か、街の外れ、駅の奥の方にある地主の家に行くとの事だった。地主というよりは、市長区長の類だったといっていたが良く覚えてない。
「きいてる? ひーちゃん」
 いきなり顔を覗かれて、ヒサキは体を硬直させた。
「え、あ、はい……」
 曖昧な答えに、相羽カゴメがにっっと笑った。
「博士なんでしょ? なんでいないの?」
 きびきびした動きで、相羽は前に振り向き顔を傾げる。
「別に博士だからといって、一日中部屋に引きこもってるわけでも、対人恐怖症でもないですよ。それに、都紙市長は良く学会などにも出かけておられましたから」
 ハンドルを握りながら答える芳田の声には一辺の曇りもない。良く知っているといった感じの物言いに、彼は少しだけ到着する先の不安が薄れていくを感じた。
「行方不明といっても、研究所は機能しています。助手の方も一緒に行方不明だそうですが、メイドさんがいらっしゃるそうです」
「メイドですか?」
 メイドの言葉に、今まで興味なさ気に外を見ていた湯木が身を乗り出した。
「ええ、しかも都紙博士が作ったロボットだそうです、ご本人がおっしゃってるので真偽の程は、私は知りませんが」
 いきなり雲行きが怪しくなってくる。頭のいかれた自称メイドが研究室に一人。いかにもといえば、いかにもな感じである。
 ヒサキの頭の中では、密室殺人事件やサスペンスドラマが繰り広げられ始める。
「あれ、あそこって技研ですよね? 科学研究所でしたっけ?」
「TOSI Information research institute。都紙情報総合研究所ですね。情報というわりには、色々やってますよ。たしか、海の向こうのアビスセントラルからもおよびがかかっていたりと、色々と話題の尽きない方です」
 アビスセントラルは、海外の超有名企業の一つで、およそ電気を使用する製品にはどこかしらに名前を見るような企業だ。そんな人間が、こんな小さな田舎の町の市長をやっているというのはにわかに信じがたい。
「昔は、有賀っていう大家が市長をされていたんですよ。かなり昔に都紙博士に変わりましたけど」
 有賀の名はヒサキはきいたことのない名前だ。というよりも、別段珍しい名前でもないので特に出会っても忘れてしまうだろうし、同級生で覚えている人間なんて殆ど彼は覚えていない。
「行方不明になったら、もっと騒がれているんじゃないんすか?」
「学会では、騒がれていますが。研究者が音信不通になることはよくある話なので、警察まで動いてることは、今のところないですね」
 石を踏んだ車が、大きく跳ねる。合わせて、乗っている皆が跳ねた。
「取り合えず、メイドの方からの依頼です。メールでは、ロボットの自分では処理しきれないので、宜しくとの事でした。量てきには、代わり映えはないですいつも通りでお願いしますね」
 芳田の声はどことなく嬉しそうだ。そのメイドに会うのが嬉しいのか、それとももっと別の何かだろうか。ヒサキは、窓から空を見上げてため息をつく。
 空は既に赤く染まり、雲が血液のように空に滴を落としていた。

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