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今日の三題話

■連載中のlog
「高速」「風」「正義」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ニ十畳ぐらいの、大きめの部屋にぽつぽつと白いアレが揺らぐようにして立ち尽くしている。
「まいりましたね。ユキさん、発生からどれぐらいたっているか判りますか?」
「最長で十五日、最短で十日です。発見してから、芳田様にご連絡を差し上げたのが八日前です。返事をいただいたのは、五日前です」
 後ろからいきなり声がでて、ヒサキは驚いて振り返った。扉は閉まっており、彼の真後ろにユキが立っていた。
 入学式の時期でしたから、と笑いながら芳田はすまなそうに頭を掻く。
 何がどうしたのか、とヒサキが前を向くと、一斉に部屋に点在していた白い人がヒサキを向いた。

「うっ」
 視線にあてられヒサキは体を丸める。せりあがる吐き気はやはりなれるものではなかった。彼は、何度も涎を飲み込み、深呼吸をして落ち着かせようとする。
 と、彼は肩に手の感触を得た。
「大丈夫ですか?」
 ユキがヒサキを支えるようにして顔を覗かせている。ユキに、消えそうな声で大丈夫だと伝えるだけでヒサキは既に限界に近かった。
「まいりました……これ、昨日のファミリーレストランの時のアレと同じですか?」
「間違いありません」
 手にナイフを握り締めながら賀古井が言う。ゆらり、ゆらりと白い靄は何かが動くたびにそこに視線を向ける。その姿はまるで機械的不自然さと、風にゆれる自然さの同居している気味の悪い挙動。意志など感じさせないくせに、何故だか酷く有機的で悲哀に満ちていた。まるで、体を無理やり操られているようなそんな、憤りと悲しみと苦しみを混ぜたような……。
「おぉ……」
 一番靄が濃いそれが、いきなり音を発したのは、多分予想通りといえば予想通りだったのだろう。しかし、その声のあまりのおぞましさは筆舌尽くしがたく、耳の奥、脳みそを直接かき回されたような不快感が襲う。
「あがっ!」
 湯木が両手で耳をふさぎ、倒れるように床に崩れた。
「ひぅ」
 相羽も真っ青な顔で、自分の体を抱きかかえている。ヒサキは、肩を抱かれ倒れることもできず、その姿を呆然と眺めていた。
「つつ……まさか空気にまで干渉しはじめましたか。精神だけならまだしも」
 芳田が、長い手を振り回しその一番濃い靄を切りつけた。
「おぉぉぉぉおおぉぉぉおおっ!」
 まるで、切られて叫んだようにその靄が倒れ行くなかで口を開いた。不気味な不協和音というよりは、チューニングの悪いラジオのような波がある叫び声だった。
 いつもと違ったのは、吐き気が襲ってこないこと。ヒサキは荒れた息を整えるように、必死で深呼吸を繰り返していた。
「手を止めるな、急がなければもっと取り返しがつかなくなるぞ」
 賀古井が叫ぶ。その声に、精気を取り戻した相羽と湯木が立ち上がる。特に無反応だったステラも気がつけば手にナイフを持ち、高速でそれを振るっていた。淡々と悲鳴を残し消えていく靄。部屋にある、白い靄は残り十数体。ヒサキも、ポケットに入れていたカッターナイフを取り出す。
「加賀様、大丈夫ですか?」
 肩を持っていたメイドが声をかける。幾分回りだした頭で、何とか薄笑いを浮かべると、ヒサキは近くにある白い靄に向かってナイフを突き出した。逃げようともしない白い靄にヒサキの突き出したナイフが刺さる。
「おおおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉおおおぉ」
 痛みに苦しむような叫び声。その叫び声は、既に嫌悪するようなものではなかった。しかしヒサキは手に感じた、まるで肉を切るような感触に一瞬寒気を感じた。
 まるでこれでは、人を切り刻んでるような……。
 釘を打ち付けられたような不快感。脳髄まで到達した衝撃にもにた不快感に、ヒサキはナイフを取り落とした。
「加賀ヒサキ、しっかり握っていろ。この程度――」
 賀古井が、ヒサキの取り落としたカッターを拾い上げ目の前に差し出して、一息。
「――関係ない」
 その言葉に、驚きヒサキは顔を上げるが、既にその視界で賀古井は背をむけ歩いていた。どこまでも優しい黒に埋め尽くされた部屋で、全てを否定する白い靄が揺れている。何者も受け入れずただ否定するような白い靄は、ただその場で刃物に切られるのを待っている。そこには、ただあるがままされるがままの受動てきな存在が揺らめくのみ。
「はぁっはぁっ」
 自分の息遣を振り払うようにヒサキは頭を振った。吐き気がする、後ろに居るユキにへんに気配が無いのも気になっている。歯を食いしばる口元に、頬からつたってきた汗が触れた。
 強烈な衝撃、それは緊張の糸が引きちぎられたショック。
 ヒサキは、頭のなかでブチンという嫌な音を聞いた。
「加賀様」
 かけられた声が、ヒサキには既に誰の声か判別不可能。視界がゆっくりと傾いていくのを、ぼやけた頭の中でゆっくりと見ている。

 最初に意識したのは、嗅ぎなれない布団の匂いだった。
 部屋は、薄暗く静かで、そして暖かかった。ヒサキは、自分が布団に寝かされていることに気がつき上体を起こそうとする。だが、体に力が入らず一度身じろぎする程度にとどまってしまった。体中が弛緩している寝起きの感覚に、どことなく居心地の悪さを感じながらそれでも何か情報を手に入れようと耳を澄ませる。
「私……りたいのは、ア……の姿で……屈でも……で……こうや……のか、目……があるのか、何を……して……を知り……です。……正義な……か知……」
 途切れ途切れになる意識の中で、芳田の声が耳に届いている。ヒサキは必死で意味を理解し様とするが、寝ぼけた頭では集中した意識は一瞬で霧散する。
「あれは……」
 女性の声が届く。ヒサキは一瞬だけ覚醒した意識に必死にすがるが、やはり上手くはいかなかった。闇に埋もれるように落ちていく意識に、抵抗できずに彼は体中の力が抜けていくのを感じた。
「そんな! なんてことだ!」
 叫び声が、明瞭に届く。初めてきく芳田の叫び声。けれど、ヒサキの体は動かなかった。



 既に内容よりも、いつまで続くのかのほうが話題なきがするのは、気のせいではないはずだ。

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