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今日の三題話

■連載中のlog
「地球」「天」「誤認」
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 真実は信頼と状況が決める。そこには、科学的根拠も検証も必要としないし、己の認識すら覆される時がある。だからこそ、信じたくない、つまりは己に都合の悪い現実には適応され辛い物である。けれど、それを超える現実は確かに存在するし、意外と目の前を覆い尽くすほどにあったりする。
 だからこそ、絶望は現実の傍でいつも寄り添っているのだ。
 受け入れるかどうか、それは自己防衛を主とするのか、それとも受け入れるがままなのか。それは自分がどれほど自分のことを大事にするのか、その重みによって変わってくるものである。
 だから、真実をただ真実としてあるがまま受け入れられるのは、人間には無理だという話。
 
 ヒサキは体が覚醒していくのを自覚した。まるで電源が入ったように、体に力が入るようになる。それでも結局重たい頭は変わらないくせに、体を起こそうとするのは、彼のいつもの癖に他ならない。
 嗅ぎなれない布団の匂いに、旅行先の目覚めのような感じを受け、彼は一度首を回して上半身を起こした。
「おはようございます、加賀様」
 丁寧で綺麗な声だけれど、どこか平坦な声に彼は、焦点の合わない目を彷徨わせ、そして、すぐ傍に佇んでいたユキの姿を見つけた。
「あ、れ? いつの間に」
 一度、目を覚ましたような記憶に、そういえばと血の巡りの悪い脳みそが記憶を引きずりだし始める。断片的な記憶は、全く思い出すのに役に立たずおぼろげながら思い出されたものは、倒れる瞬間、賀古井の背中を見ていたことと寝てる間に芳田が何か叫んでいたことぐらいだった。
「先ほど、掃除中に倒れられました。倒れられてから今まで、およそニ時間といったところです。正確な時間は必要ですか?」
「いや、いいです。ありがとうございます」
 ヒサキは軽く頭を下げ、あたりを見回す。薄暗い部屋は、全く飾り気もなくあるのは机と時計ぐらいのもので、窓すらない。天井におざなりにつるされている電灯は、埃を被ったまま薄暗い光を部屋に投げかけていた。机には、日記と思わしきハードカバーの本と地球儀。質素といえば、あまりにも質素。地球儀だけがなぜかその場にそぐわない浮いた雰囲気をだしていた。けれど、結局その何も無い部屋はヒサキに、まるで牢獄に居るような感覚を与える。彼は、軽く咳き込んだ。
「何か他に必要なものはありますか?」
「え? あ、そうですね。えと、皆はどこに?」
 芳田の声は記憶にあるが、部屋にはユキ以外に誰も居なかった。それが、彼の不安を掻き立てる。それはどうなればいいという類の正否の不安ではなく、漠然としたどうなったのかという問いの不安だ。彼自身、一体どうなっていれば安心するのかなんて判っては居ない。
「芳田様が他の皆様を送っていった後、お戻りになられましたが、先ほど学校に用事が出来たとお帰りになりました。お帰りの際は、私がお送りするよう申し付けられてます」
 ヒサキは、よどみない受け答えというのは、逆に内容を理解するのが難しいことに、初めて気がつかされた。
「はぁ。あの、この部屋は」
「研究所内の私の部屋になります。機密などの関係上、部外者の宿泊は想定されていないため客間などは用意されていません。ご容赦ください」
 言われて、ヒサキは驚き跳ね上がりそうになる。生まれて初めてはいった女性の部屋しかもベットの上、というのも確かにあるが、まるで女性らしくない部屋だったからだ。残念ながら、それは「彼の中で」という冠をつけざるを得ないのだけれど。彼の認識では、少なからずぬいぐるみや、可愛らしい小物が飾られた丸で漫画のような意識であったため、根底から覆される事実に目眩を覚えていた。
 そして、己の認識が大いなる誤認であり、恥ずかしい勘違いであり、情けない思い込みであったことにしこたま恐縮するしかなかった。
「あ、あぁ。そうなんですか」
 必死で返事をしながら、その実視線すら定まらないヒサキは、涎を嚥下することで何とか自分を落ち着かせようとしている。
「飲物を取ってまいります」
 ユキは立ち上がる。洗練されたその動きは、無音無風の優雅を誇り、まるで映画でも見ているのかと錯覚させるほどだった。足音も衣擦れも聞こえない無音が、逆に彼の耳に痛く届いた。
「あ、の、すみません」
 ヒサキの声に、ユキは立ち止まる。
「ユキさんって、本当にロボットなんですか?」
 自分の言葉に、ヒサキの顔が後悔に歪む。その顔を見たのか見ていないのか、ユキは柔らかく笑い、ヒサキを見た。
「証拠が出せない以上、信じてもらう方法がありません。この腕をちぎることによって、加賀様が信じてくださるというのであれば喜んで」
 澄んだ、全く気兼ねの無いまっすぐな笑顔で一息。
「しかし、この腕ぐらいでは加賀様はトリックだと疑うでしょう。かといって、自己メンテナンス範囲内以上の破壊は私も了承しかねます。ですから、信じてもらう以外に方法はありません」
 それでは、と付け加えユキは一礼。部屋を出て行った。
 彼女が一度も音を立てていない、そのことだけでも十分人間離れといえばそのとおりなのだけれど。
 ヒサキの、言い訳をしようと差し出した手がむなしく宙をかく。口からでた言葉は、誰にも取り消せない。神様にだって無理だ。彼は、自分が一番そのことを理解していると思っていた。ついて出た言葉がどれほど人を傷つけるのか、身をもって理解していたはずなのに。かみ締めた唇の端から、血の味がしていた。

 本当に些細な喧嘩だったことを覚えている。
 些細だけれど、当事者の二人にとっては死活問題になるほどに重要な問題でもあった。
 そして感情に任せて叫んだ、あの声帯の震えを、腹にはいっている力を、握り締めた手を、口からでた言葉を覚えている。
 学校の帰り道。幼馴染と歩いたいつもの道路は、その日は全然嬉しい道じゃなかった。イライラするほどに、赤く染まった夕暮れと、不愉快なほどでかい夕日。少し湿った風と、舗装されたアスファルトの感触。
 木で出来た塀と、そこから見える樹がその日は嫌に余所余所しかった。ぽつぽつと点在する黒い色のマンホールは、まるで自分を責めたてているようにすら見える。
 なにもかもが、世界が、敵だった。だから、叫んだ。
「お前なんか、死んじゃえ!」 
 叫んでから、体中の血液が逆流するのを感じる。真っ青になった唇は既に用を成さない無用の長物へと成り下がり、血の足りない眼球が薄暗い視界を投げかけていた。
 走り出した彼女を追いかけられるほど、僕の血は足りてなかったのだ。
 凝り固まった足を必死で前に投げ飛ばしながら、差し出した手。
 貧血気味で耳鳴りしか聞こえない耳に、車の走行音が聞こえてきたのは多分偶然。
 叫んだ声も、伸ばした手も子供の体では絶対的に足りていなかった。
 まるで風に吹かれた葉っぱのように、目の前で彼女の体が吹き飛んでいく。
 駆け寄った時には、既に赤い海。それは夕日に染まった町の赤か、それとも彼女の小さな体から流れ出た血なのか。
「ごめんね、ありがとう……」
 絶え絶えの声が耳に届く。何で感謝されてるのかもわからなかった。わかりたくもなかった。叫んだ言葉を取り消したくて、ながれた血を戻したくて、必死で手を赤く染めながら、僕は彼女の体を押さえている。
「もういいよ、もう無理だよ」
 諦めの言葉。
「ありがとう」
 何故感謝なのか、なぜなのか。未だに理解できない彼女の笑みと、諦めの言葉。
 あの時、あんな言葉を叫ばなければ彼女は走って逃げ出すことも無かったのに。自責は、巨大な刃物になって僕の体に突き刺さっていく。赤い赤い、彼女の血で出来た剣だ。
 どれだけ取り消したくても、どれだけやり直したくても、諦めるしかないのだと、その剣は叫んでいる。
 吐いた言葉は、神様にだって取り消せやしないのだから。

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