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今日の三題話

■連載中のlog
「救急」「金」「変身」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 光が、熱を運んだ。
 瞼に張り付くような熱は、赤。
 覚醒していく意識は、ゆっくり。まるで沈んでいた体が浮力をうけ、浮き上がるような感覚を意識する。それでもすぐに目を開けようという気に、彼はなれなかった。

 胸の中心あたりに、モヤモヤした黒いものがある。倦怠感とは少々違うそれは、血液と一緒に体の隅々にまで流れている。まるで体に金属を流し込まれているような、体中が強張っていく想像に、ヒサキは驚いて目を開けた。
「っ」
 瞼を開けたまぶしさに一瞬痛みすら覚え、彼は顔をしかめた。
 だるいというよりは、学校に行きたくない気分。倒れた自分が情けなく、置いていかれた状況が怖くて、彼はしかめた顔を戻せなかった。
 料理のにおいがする、親は深夜に帰ってきたのだろう、会話という会話は殆ど挨拶と、作業的なものしかしていない、どこにでもある普通の家族だ。別段、両親と会話をしたいとは思わないし、もちろん虐待を受けてるわけでもない。救急車で運ばれたあの日いらい、少し気を使うようなそぶりを見せていたりするが、邪魔なだけだ。そんな、どこにでもある風景。
 彼は、自分を恵まれていると自覚している。それでも、どこにいても、折りたたまないといけない状況は生まれる。世界は、彼を中心には回っていないのだから。
 ため息と共に、彼は頭を振りながら体を起こし、行きたくも無い学校への用意を始めた。鞄は元から空もどうぜんで、中に入れる必要なものは無い。どうせ、まだ授業も教師の紹介などがメインでしかないのだ。自分に言い聞かせるように鞄を一瞥すると、彼は部屋の扉を空ける。
 料理のにおいが一層強くなった。
 
 詰め込んだ食べ物が、胃の中でごろごろと飛び跳ねている感覚は、やはりなれるものではない。ともすれば口から出そうになるゲップを、彼は必死でこらえながら道を小走りに駆けている。荒くなり始めた息を、彼は涎と一緒に飲み込んだ。
 学校に近付くと、だんだんと人が多くなってくる。見たことも無い人から、何度か見慣れた人まで、同じ服をかぶった人間の横を通り過ぎてやっとヒサキは足を止めた。
 もう、遅刻の心配はないと彼は大きく息を吐いた。ポケットに手を入れて、彼は歩くペースに戻して足を進め始める。手にいつも当たるはずのプラスチックの感触が無い。携帯がいつも入っているポケットは、なんだかスカスカだった。
 気がついたのは家を出る直前で、必死で部屋を探したが見つからなかった。どうせ電話なんてかかってこないと思い、彼は諦めて家を出たのがついさっき。
 軽くあがった息を押し殺して、彼は人ごみに混ざる。
 目が覚めたときに、誰もいなかったあの瞬間が脳裏をよぎり、胃の中を突付いた。
 頭痛の種は、なくなりそうに無い。
 結局のところ、クラスになじめるわけもない彼は、静かに席に座りやることも無く授業を終えるまで、ただただ時間が過ぎるのを待つだけだった。
 休み時間になれば、減ったとはいえ質問は彼を苦しめる。ただ、悪意のふくんだ質問が飛んでこなかった、それだけが彼にとって救いだった。すでに、変身ヒーローに助けてもらう必要はない。後数日我慢すればそれでよいのだし、もしかしたら部活から――
「なぁなぁ、加賀君。昨日も部活あったの? 本当になにやってんの、そろそろおしえてよ」
 馴れ馴れしい質問に、苦笑いと適当な受け答えをして流し。
「加賀さん、昨日芳田先生と一緒にどこにいかれたんですか?」
 部活の内容ではなく、芳田の話を聞きたがる女子の質問に、引きつった笑いを浮かべ。
「芳田先生って、何がすきかな? 加賀君、きいてきてよ」
 既に、ただのメッセンジャーにされているような話だったりする。
 部活への興味も無くなれば、おのずと減るだろうという予想は正しかったが、先日教師に来た芳田の話で、またヒサキに群がる人間が増えたのは間違いなかった。
 彼は、人気あるのだなぁと、なんとも他人行儀な感想を浮かべながら、「それはちょっと」などと適当な答えをかえすのだ。
 授業開始のチャイムと同時、既にまばらになっている取り巻きは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「災難だな」
 苦笑したのは、目の前に座っている男子だった。肩越しに振り向いた男子に、ヒサキは少し驚き、愛想笑いを返す。授業の始まる声。下らない、自己紹介はまだ終わりそうにも無い。

 同級の人間を振り切るように、廊下を歩く。終業のチャイムと同時、ヒサキは教室を出ていた。廊下に出始める生徒達に当たらないよう、できるだけ壁際を彼は歩いていた。
 背中で聞く放課後の喧騒は、なんだかよそよそしくてヒサキの足を速めさせる。
 いったところで、倒れたことを笑われるか、怒られるか。もう来るな、といわれればそれに従う他は無い。今更他の部活へ入るのも億劫だが、無所属は学校が許してないと来た。ため息をつきながら、できれば笑われる程度で澄めば、とヒサキは扉を開けた。
「あ、おはよー」
 相羽カゴメの声に、ヒサキは一瞬体を強ばらせた。机に乗り出すようにしていたカゴメは、ヒサキを見つけると、飛び跳ねるように近付いてくる。
「ね、大丈夫だった?」
 扉の傍で固まるヒサキを覗き込むように、カゴメが言う。
「え?」
 何が大丈夫なのかわからず、呆けた答えを返すヒサキ。頭のなかで、何が大丈夫か必死で彼は考える。賀古井に会って怒られたかどうかを行っているのだろうか、それとも芳田にあってだろうか。
「えと、なにもありませんでしたが」
「そかそかー、よかったねぇ」
 安心したよ、そういってカゴメは机に戻っていく。机には、ノートが散乱している。カゴメの対面にすわっているのは、湯木カズだった。
「後輩、どうした。なにつったってんだ?」
 言われて扉を開け放ったまま、その場に佇んでいたことに気がつく。彼は、後ろ手にノブに手をのばして、
「……おはよう」
 柔らかい何かを掴んだ。
「――!」
 驚いて飛び上がるように振り替えると、そこには沢村ステラがいる。
「お、おはよう」
「手、離して」
 言われて自分の手の先を見ると、ノブを掴んだステラの手を掴んでいる自分の手、というなんとも奇妙な光景が広がっている。
「あ、ごめ……」
 驚きと、恥ずかしさと、柔らかかった手の感触で、既に自分が何をしているのか判らないまま、ヒサキは一歩下がった。
 彼の横を抜けて部室に入っていくステラ。その背中を追いかけるようにヒサキも扉をしめ、机についた。
「ここ……」
「あー、いやわかんね」
「ユキカズのバカ。なんでわかんないの」
「くそ、得意分野だからって」
 カゴメとカズはノートを広げて、宿題か何かをやっているようだった。
「志茂居のほうが教えるのは上手い」
「なっ、人が教えてあげてるのに!」
 まるで、カップルのようだ。それとも慣れ親しんだ友人というのはこう言うものなのだろうか、ヒサキは二人のやり取りを何の気なしに見ている。
 目の前にいる、ステラの視線に耐えられないというわけでは、多分無い。このまま、昨日のことが不問であればいいのだけれど。ヒサキは、表情を変えないまま頭の中で一人ごちた。
「おはよう」
 扉の開く音と同時、賀古井の声が部室に響いた。
「あ、ぶちょーおはようございます」
 口々に挨拶がこだまする。ヒサキも軽く頭を下げて挨拶。

「加賀ヒサキ」

 呼ばれた瞬間、心臓が止まった。いや、止まったと思うほど緊張が体の中を駆け巡る。ヒサキは、体中の血液がなくなっていくような、温度が音を立ててなくなっていく瞬間を感じた。
 何か言われるのは、覚悟していたが、やはり心臓は思い通りに動かないし、口の中がからからになる。
「は、い」
 カラカラの口で、何とか返事をする。
「体調の方はどうだ? 昨日は、先に帰って悪かった」
「へ?」
 真逆の答えに、意味がわからずヒサキは必死で言葉を飲み込もうとする。
「え、あ……」
「どうした? まだ体調が悪そうだが」
 じわりと広がったのは、温度だった。体中に、温度が戻ってくるような感覚だ。
「いえ、大丈夫です」
「せんせーがね、遅くなったらいけないからって、私たち無理やり帰らされたの。ひどいよねー、小学生じゃないのに」
 やっと、倒れていた間の記憶を埋められた安堵からか、ヒサキの体から力が抜けていく。
「後輩、いいことおしえてやろうか」
「はい?」
 横に座っていたカズが、ヒサキと突付く。
 カズの視線が一瞬、ステラを見た。そして、ヒサキの耳に手をあて、カズは小声でヒサキにささやいた。耳に、カズの息がかかってくすぐったいが我慢する。
「ステラちゃんな、お前を看てるっていって聞かなかったんだぞ」
 意味が、ヒサキの脳みそに届くまで数秒の時間を労した。
「え? え……? えぇ!?」
 相変わらず、目の前のステラは無表情で何を考えているか判らない。横では、カズが笑いをかみ殺して肩を揺らしていた。
「ほらー、ユキカズ。続きつづき」
「おう、わりぃ」
 そうやって二人はまたノートに戻った。
 退部の話どころか、心配されていたことにヒサキは未だに驚いていた。勝手に一人で思い悩んでいたのかという、事実にため息も出る。
 止めろといわれなかったことが、なぜかありがたい。ヒサキは、入部届を出そうとぼんやりと考える。多分、他の部活よりはましだ、そうにちがいない。
 
 扉が、硬質な音を立てて開いた。志茂居かと思って振り向いたさきには、芳田が立っている。
 が、ヒサキの記憶にある芳田とは大違いだった。それは、睡眠不足というにはあまりにもやつれたすがたの芳田だった。頬はこけ、目にクマが出来ている。部室全員が、芳田の変貌に驚きを隠せていない。ステラは相変わらず無表情ではあるが、芳田をみている。
「あー、志茂居さんはいらっしゃらないですか。まぁ、仕方ありません。とりあえず皆さんにお話することがあります」
 声も既に張りの無い、ボロボロな声だった。長身痩躯の体は見る影も無いといっても過言ではない。
「えー」
 教室の反対側、窓の傍に立つと、芳田は一度咳払いをして皆を見回し、
「帰宅部は廃部とします」
 静かに告げた。
 窓から、夕日になりかけの太陽の光が差し込んでいる。
 静かな部室に、日に当てられ膨張した机の脚がカツンと、金属の硬い音を立てた。

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