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今日の三題話

■連載中のlog
「仁愛」「駅」「ボールペン」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ヒサキは、布団に大の字に寝転がり、天井を見上げている。耳に届くのは、いつもどおりのビデオデッキの電子音。ガタガタと、うるさい音を立てテープをセッティングする音。耳障りな、モーターの回転音。
 窓から入ってくる、車のライトがヒサキの部屋を撫でるように照らしていく。
 車の速度に依存した照明は、まったく容赦無しに部屋をなめまわし、そしてすぐに余韻も残さずに消えていく。何度も繰り返し部屋をなめる光をヒサキはじっと見つづけていた。
 車がアスファルトをきる音、それに呼応するように光る部屋。波のようなリズムの端で、ヒサキはじっと天井を見る。
 ライトを透かしたボールペンが天井に縞模様を作った。

「――それに、」
「それに?」
「他に居場所はないから」
 ステラの表情の無さは今に始まったことではないが、注意しても殆どその変わりようはヒサキには判らなかった。
 居場所なんて考えたことも無かったヒサキには、彼女が何を言っているのか判らなかった。
 夜のわだかまる道を、無言で歩いていた。たまに、人をよけるように歩く彼女の後ろを、ヒサキはゆっくりとついていく。
「ねぇ、何でふらふらしてるの?」
「まっすぐ歩いたら当たるから」
「何に?」
「幽霊」
 曲がり角を曲がる車のライトが、二人を一瞬照らした。横切るように光が過ぎていく。タイヤが鳴らすアスファルトを削る音。どこかの家で、笑い声が上がった。
 
 あの時横切った光りのように、今部屋を光が照らす。なめるように右から左へ。ビデオが予約された作業を終え待機モードへ移行する。ふっと静かになる部屋に、車の走行音が届いた。
 駅から続く大通りに面しているヒサキの家の前は、ひっきり無しとまではいかないがよく車が通る。カーテンを閉めてしまえば殆ど気にもならないが、そのカーテンは今は閉じていない。
「幽霊」
 口に出してみたところで、現実になるわけでもなかった。見なければ信じられないなんて、なんて頭の固い人間だと思っていたが、実際に直面するとその言い分は、思ったより正しいかもしれないとヒサキはため息をつく。
 大体、「それに」に続く言葉は、「加賀君がいるから」とかなんとか……。
 そこまで考えてヒサキは、恥ずかしさのあまりに寝返りを打ち、顔を枕にうずめた。
 自分の頭のにおいがする。なれたにおいを呼吸しながら、ヒサキはステラのことを思い出す。よぎったのは、いつもの無表情の顔ではなくて、車に轢かれかけたあの時の姿。
 体中の血液の温度が一瞬で下がった感覚に、体が強ばる。
 目の前で、血を流しつづけた幼馴染の姿が脳裏に焼きついて離れなかった。人に何かを望めるような人間じゃないくせに。ヒサキは、歯を食いしばり頭を抱えて震える。
「人殺し、ヒサキは人殺し」
 心無い子供の野次が、未だに耳に残っている。お前は人殺しだと言われつづけても、引越しはしなかった。自分の子は悪くないのだと、胸を張るバカな親の所為である。ほとぼりが冷めるまで、一年以上、ヒサキが悟るまでには十分過ぎる時間があった。
 今更アレがただの事故だといっても、ぶつけられた言葉は消えない。過去の認識が正しく戻ろうとも、吐き出された言葉は既にヒサキに届いている。
 いきなり、窓の近くに何か重たいものが落ちる音が聞こえた。
 うとうとしかけていた体が、驚き跳ね上がった。
「んなっ」
 回らない口で、驚きの声を上げたが、まるであくびのようで情けなかった。
 音は一度。その後は静かなものだ。車が通る音が逆に際立つ。
 光りが、車の走行音にあわせて部屋をなめる。
「!」
 レーダーサイトのように、なぞるような輪郭が部屋に浮き上がった。ライトの光が届かなかった影が、やけに黒く見える。
 驚き窓を振り向くと、黒い人影がそこに立っていた。
 一瞬白い人かと思ったが、間違いだとすぐに訂正する。音を立てるようなことは今まで無かったし、暗闇でもうっすらと白く光っていたが今目の前に居る人影は、普通にただの影だ。
 では物取りだろうか、ヒサキは音を立てないように体を起こし身構える。なんだか判らないが、とりあえず安全には思えない。
「だれ?」
 短く声をはっする。その声は、どう考えても窓越しに届くはずの無い呟き。
 けど、影はゆらりと声に反応するように動いた。
「ヒサキさま」
 聞き覚えのある声に、ヒサキは目を丸くする。
「ユキさん? ちょ、ちょっとまってください。今あけるから」 
 あわただしく窓にかけより、ヒサキは鍵を開けた。ベランダに続く、人の背丈ほどの窓がカラカラと音を立てて開いていく。
 そこには、間違いなく研究所であったあのメイドの姿があった。
「何で2階に……、いやなんで家に?」
「ヒサキさまが困ってると思いまして、急ぎ持ってまいりました。先ほど気がついたばかりでして、申し訳ありません遅くなりました」
 そういって、エプロンドレスのポケットから出されたのは見覚えのある携帯電話。そういえば、部室に落としのかもしれないから探そうと思っていたのだと、ヒサキは思い出す。部活であんなことが無ければ、間違いなく今ごろ大慌てだっただろう。
「中身は見ておりませんが、もって来る間も一度着信がありましたご確認くださいませ。それでは、私はこれで」
 踵を返し、ユキがベランダから降下体制に入る。
「ちょ、っと待ってください」
「はい?」
 顔だけ振り向いたユキに、ヒサキは精一杯の平静さを装って言葉を紡ぐ。
「入っていきませんか? お茶ぐらいだします」

 慌しく部屋の電気をつけ、ヒサキは一階の台所へとかけていく。どうしたのかと問う、親の声を振り切り、ペットボトルとコップを二つもって二階へと戻ってきた。  
「すみません。こんなものしかなくて」
「お気になさらないでください。ロボットですので、味はよくわからないのです。一応認識は出来るのですが」
 差し出されたコップに、注がれていくお茶を見ながらユキが呟く。
 その姿からはどうやってもロボットのような無機質さは感じられなかった。
「飲めないわけじゃないのなら、よかったです」
 もし漫画で見るように漏電とかされたら、末代まで連なる借金地獄が待っているに違いない。
「エネルギーにも出来ないので。無駄だと判断します」
 ただ、腹の中に入れるだけなのだろうか。ヒサキは首を傾げるが、ユキは少し俯いたまま薄く笑うだけだった。
「えーっと、食事はエネルギーを取るというよりも、時間を楽しむもんじゃないですかね」
「時間ですか?」
「よくは解らないですけど、多分食べている時間というものを楽しむ行為なんじゃないでしょうか」
 口からでまかせだったのは間違いない。ヒサキは、楽しく誰かと食事をした記憶なんかなかったが、それでもそう言うものだと自分に言い聞かせるように言う。
「なるほど、理解しました。ヒサキさまは、仁愛の女神様のような方です」
「へ? ジンアイノ?」
「遠い国の、女神様です。鉄の神様とは仲が悪いんですけど」
 お茶を啜りながら、クスリと笑う。よく解らないが、ヒサキは「はぁ」と相槌を打つ。だから、彼の前で、ユキが初めて笑ったことに気がついたのはずいぶんと後だった。
 ベットに投げられた携帯が、静かに震えていた。

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