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今日の三題話

■連載中のlog
「悌順」「図書館」「カッター」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 耳元で、他人事のように電子音が鳴っている。繰り返すリズムは常に一定で、どうにも他人行儀に聞こえるのはきっと気分の所為だけではない。
「電話つながんないや」
 相羽カゴメは、何度も電話をかけては同じ言葉を呟きつづけている。既に発信履歴は志茂居の名前で埋まり、携帯を耳に押し当てていた結果、両耳とも熱を持ち赤くなっている。
 携帯には、細いケーブルが繋がって永遠と電気を供給しつづけている。持っている手が、熱を帯び、カゴメは手を離してため息をついた。
 点滅する電話番号を無言で眺めていたが、諦めて通話をきる。かすかに聞こえていたコール音が完全に途切れる。けれど彼女の耳の奥で、コールはまだ残響のように残っていた。

 静かな夜の、静かな音がする。静寂は逆に五月蝿くてカゴメは好きではない。静寂は、なんとなく自分のものではない気がするのだ。カゴメは椅子に深く腰掛け、携帯を握り締めながら微動だにしない。静寂の住まう夜は、そこかしこからカゴメの部屋に染み込みはじめ、気がつけばどこを見渡しても部屋は夜に飲み込まれていた。
 その闇のなかで、ぽっと光が生まれた。カゴメの手の中、携帯の液晶画面が光っている。震える振動よりも、その震えている音にカゴメは反応し、携帯を持ち直す。着信には、「ユキカズ」という四文字のカタカナが踊っていた。
「はい」
「よう、志茂居に電話通じた?」
「ぜんぜん。どうしたんだろう、携帯落としたのかな」
「そういや、後輩にも電話つながんねーんだ」
「ふぅん。五人そろいそうに無いね」
「来週頭までにそろえないと、確実に他の部活にやられる。あー、ちょっとまってくれって」
 電話のむこう、カズ以外の声が聞こえる。同年代ぐらいの女性の声だろうか。
「すーちゃんも駄目だと、二人も探さないとだめなんだね」
「色々当たってみてるんだけど、やっぱ二年だと掛け持ちまでしてくれそうなやつはいねぇな。むしろ、一年勧誘した方がはやいか」
「決めてない子なんていないとおもう」
「後ろ向きだな」
「ユキカズはやる気満々だね」
 そんなことは無い、カゴメはどんなことをしても部活をなくしたくなかった。自分の部活だ、取られるわけには行かない。けれど、あまりにも激しい思いは、逆にカゴメの感情を鈍らせていく。焦りは逡巡から、すでに慎重へと変化し、苛立ちは憤怒から、既に冷酷へと変化している。無くなるという運命を受け入れられるほど、カゴメは悌順ではなかった。
「そりゃ、部室なくなったら俺は学校に行く理由が半分ぐらいないし」
 電話の向こうで、カズの言葉に笑いだす女の声が聞こえる。
「ほどほどにね、それじゃ私そろそろお風呂入るから」
「おう。見つかったら連絡するよ」
「うん」
 ブツリと、ノイズを混じらせて電話が切れる。カゴメはカズが部室を何に使っているか十分承知している。何度か出くわしたこともある。別にそれを悪いことだとはカゴメは思わない。それで自分の部活の頭数がそろうというのなら、それで十分カズには存在価値がある。例え、部活に顔をださずともだ。
 結果が無いなら、カズに頼って待っているほど暇ではないとばかりに、カゴメは色々と思案する。自分は友達が多いほうではない、思い出せる範囲に名前を貸してくれそうな人間は、カゴメの頭には浮かばなかった。
「私の物は私の物。誰にも好きになんかさせないんだから」
 下唇をかむと、口紅の味がした。一瞬歯についてしまったかもしれないと、鏡を覗き込んだが特に目だってついては居なかった。
「お風呂はいって、ねよ……」
 きっと、今日できることはもう何もない。

 ユキが去った部屋は、なんだかいつもより寂しげに見えた。
 ヒサキは、彼女が飛び去っていったベランダを見ている。たまに通る車が、ヘッドライトを投げてよこすたび、ヒサキの影が部屋の天井に焼き付けられていく。
 彼は無言で首を捻る。殆ど時間をすごしたことも無い人と、しかも異性とこんなに話したのは初めてだった。いや、思い出せる範囲ではあるが。ヒサキは、空になったコップを見る。ガラスのどこにでもあるコップが、車のライトに当てられ輪郭を輝かせ、そしてすぐに闇に戻る。不規則に、しかし同じことの繰り返しを何度も。
 彼女は本当に人間じゃないかもしれない。ヒサキは漠然とそう思う。二階に届くジャンプをするところじゃない、言動でも表情でもない。たぶん、自分が彼女と話せたことがそれを思わせる。
 機械相手なら、吐いた言葉も取り消せる。思ったことを、考えることなんかしなくていいというそれだけが、ヒサキにとって一番ありがたい話し合いなのかもしれない。
 ひとしきり自分の考えに頷くと、コップを片付けようと立ち上がった。ごつり、と太ももに当たる違和感。ヒサキは携帯は、ベットに投げたのにと手をポケットに入れた。
「あ」
 入っていたのは、賀古井に渡されたカッターだった。ざっ、と家の前を車が通り過ぎる。ライトが部屋に飛び込み、カッターに当たって反射した。
 あんなことは、やっぱり続けていたくはなかった。けれど、わだかまりは残っている。無理やりつれてこられたというのに、いきなり勝手に部活は廃部だといわれて、はいそうですかとは行かない。
 しかし手にもっているカッターは間違いなくそこに存在していた。
 持っていたカッターを机に投げ出したヒサキは、目の前に置いてあるコップに手を取った。
「!」
 ユキが使っていたコップをもったっ瞬間、お茶を飲んでるユキの姿が頭にフラッシュバックする。胃の中が底冷えするような緊張と、触らなくてもわかるほどに熱くなった顔。からからに乾いた舌が、口の中で違和感の無い場所を探している。
 手にもっているコップが、なんだか重く感じられた。いやに生々しく思い出される記憶に、ヒサキは頭を振って抵抗する。と、ステラのにおいがしてヒサキは体の動きを止めた。
 図書館では、別に近付いたがにおいが移るような事はなかったはずだった。いつ、ステラに近付いただろうかと必死で思い出そうとするが、あの時部室の扉を開けようとして……。
「っ」
 握った、柔らかい手の感触を思い出し力が抜ける右手。物理法則にしたがって落ちていくコップ。しまった、と思った瞬間足で受け止めようと、冷静に考えれば無理すぎえう行為に出ていた。
 まげて受け止めようと、膝を突き出すが、逆に突き出した膝にコップが当たる。
 ゴツという音を共に、コップがあらぬ方向に飛んだ瞬間。
 水しぶきのような音を立ててコップがはじけた。
 膝の前にあったのは、引っ張り出してきた机。
「っあぁ……」
 痛みのうめきなのか、それとも後悔のため息か、本人にもわからないような声が出る。
「ヒサキ? どうしたの?」
 一階にもコップが割れる音が響いたのだろう、親の声にヒサキは大丈夫と一言叫び、もうひとつしっかりと握り締めていたユキがつかっているコップを見た。
「……」
 自分は若いのだ、仕方が無い。ヒサキはその後、枕に顔をうずめ、後悔と恥ずかしさと嬉しさと、自己嫌悪と虚しさでぐちゃぐちゃになった感情に叫びだしそうな体を必死で押さえ込み、こらえもだえる選択をした。



 口紅って、味すんのか?

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