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今日の三題話

■連載中のlog
「斧」「白」「冷たい」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 湯木に引きずられていくステラを見送ったのは、その後すぐだった。
 そういえば、部室が狙われているのだから逆効果かもしれない。しかし、既にばれていると仮定すればむしろ妥当な行為かもしれない。どちらを取るか、結局湯木とステラで認識が別々だったというだけのことだろう。
 ヒサキは、ばらけていく人だかりを少し離れたところから見ていた。手にもった紙は特に捨てられる様子が無いところをみると、自分の部にもっていって帰宅部のことを話すに違いない。
 つまり、皆が知っているのなら紙は捨てられていた。
 紙は捨てられていない。
 今のところ、部員は見つかっていない。
 答え。知らない人間は多数存在していた。
 導き出される未来は――。
「大ピンチ」
 呟いた言葉は、白々しく響いて雑踏に消えた。

 チャイムに急かされるようにヒサキは足早に昇降口に向かっている。人の流れも心なしかに速い。予鈴とはいえ校舎までは距離があり、さらに最上階に教室があるのだから悠長に歩いてるわけにも行かなかった。手に下げた鞄が、乾いた音を立てている。足早に廊下を歩く学生の間を走り抜け、ヒサキは階段を駆け上り始めた。
 階段の手すりは、冷たい。言うことを聞かなくなった足を無理やり動かすのにも限界がきて、ヒサキは冷たい手すりを力いっぱい握り締めながら階段を上っていた。じわじわと、手のひらから温度と共に体力が奪われていく。最初は心地よかった冷たさも、今では既に痒みや痛みを伴うものへとかわってしまった。
 遠くから聞こえる、学生の騒ぎ声が廊下と壁にぶつかって曇った音で届く。まるで現実味の無い音。自分の足音だけが、唯一現実だと認識させてくれる。荒い呼吸すら、まるで他人事のように響く階段で、ヒサキは一歩一歩とゆっくり足を進めていた。
「おはよう」
 肩を叩かれ、自分が挨拶されているのだとヒサキは気がつく。足は止まっても呼吸は止まらないが、それでも彼は振り返った。
 目の前には、いつも前に座っているあの男が居た。
「あ、おはよう」
 返事は息も絶え絶えで、周りの喧騒にすぐにかき消されたが男には届いたのか表情を緩めた。さあ、急がないと遅刻だとヒサキの背中を軽く押し、横に並ぶ。
 特に会話も交わさないまま、二人は階段を上り始めた。無理に話し掛けてこない、横に立つ男はヒサキにとってこの上なくありがたかった。
 四階、一年のクラスがある階を見上げたときに、頭の上から声が飛んできた。
「お、後輩」
 騒々しい足音と共に、湯木が階段を駆け下りてきている。体の上下に合わせて、首元のチョーカーが揺れて音を立てていた。
「おはようございます」
「ステラちゃんに吹き込んだのお前か?」
 ヒサキの目の前で立ちどまる湯木。背の高さと、階段の高低差でかなり上から見下ろされる形になっている。
「い、いえ。最近しゃべってもいません」
 湯木はヒサキの言葉に、一瞬しまったというような表情になるがすぐに戻る。
 言葉を選ぶように視線を彷徨わせている湯木は、黙っていても威圧感があった。
「あー、まぁいいや。朝みてたよな?」
「はい」
「なんか、かなりの枚数をはいたらしいんだわ。もう、余裕ないかもしれないから今日は部活なし。各自で探すっつーことで。なんかあったら電話くれ。それと明日は普通な」 
「わ、かりました」
「あと」
 そういって、湯木はヒサキに顔を寄せる。横で無言でまってる友人を気遣ったのか、ささやくような声で、
「ステラちゃんに伝えておけ」
「なっ!」
 一瞬、ヒサキは心臓が破裂したような錯覚に陥る。いや、もっと鈍い感じ、ハンマーで風船を割られたような。いや、斧で樹を切るような響く思い音。一瞬で吹き出た汗と、止まったのか早くなったのか判らない心臓に、ヒサキは顔色を白黒させてた。
「頼んだぞ後輩!」
 そんなヒサキをしりめに、湯木は二人を避けて階段を駆け下りていった。
「ちょっ先輩!!」
 叫んでも、湯木は既に踊り場を飛び越し見えなくなっていた。後に残されたのは、呆然としたヒサキと、ヒサキの予想外の声に驚いた横の男だけだった。
「帰宅部って、すげー人いるんだな……」
 確かに。ヒサキも頷く。元の色を忘れたような茶色い髪と、首に巻きついているチョーカーだけでも十分すぎる。ピアスぐらい、最近じゃ特に珍しいことでもない。学校につけてくるかどうかは置いておいて。しかし、
「あの人外人?」
 カラーコンタクトは、やりすぎな気がするヒサキだった。

 チャイムが鳴る。駆け込んだ教室は、いまだ慌しく遅刻になることは無かった。
 上がっていた息も、湯木に合ってからころっと忘れ、気がつけば少し気だるいだけでいつもどおりになった自分に、ヒサキは苦笑する。
 アレだけ必死に登っていたくせに、疲れすら忘れるのかと。
 頭の中がステラの件で一杯になっていることを、必死で否定するようにヒサキ教壇に立つ教師の話に耳を傾けている。
 もうすぐ学校が始まって一週間だの、部活の活動が本格かするだの、授業についての脅しを含め、演説が始まる。どうでもいい興味の無い言葉に、ヒサキは無理やり意識を向けていたが、結局のところ思考はステラに引きずられている。喧嘩というには一方的的過ぎるが、気まずいという事に関しては間違いなく気まずい。
「なぁ」
 前に座っていた男が振り返る。そういえば、名前すら知らないのだと今更になってヒサキは思い出した。
「どうしたの?」
 小声で返事をする。
「こらそこ」
 教師の声に頭を引っ込める。
「すぐ終わるから、聞いてろ」
「はい」
 消え入りそうな声で、二人は返事をした。



HDDの温度と、上司の口臭と、Micr0s0ftの認証サービスと、
空腹と。

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