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今日の三題話

■連載中のlog
「帆船」「思考」「力」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 手にはいやな感触が残っている。残滓を振り払おうと、手を何度も揺らしたが感触は消えてなくならなかった。
 きっと、手じゃなくて頭の隅っこにこびり付いてしまった。ヒサキは、ため息を振り払うようにまた手を振る。
 肉。
 肉をきる、あの感触。
 よく見えないくせに、感触だけはしっかりとのこっている。
 かみ締めた唇から、胃液の味がした。
 
 幾度となく振るいつづけた手は、既に力をともなわず。何度も触れられて、幾度となく吐いた。それでも気を失わなかったのは、慣れからくるものか、焦りからくるものか。
 ヒサキは、既に思考すらままならない頭で、目の前で揺らいでいる「白い人」にカッターを振りかざす。
 荒げた息を飲み込んで、一息つく。どうも、「白い人」はヒサキが近づかなければ何もしてこないようだった。というよりは、ヒサキが近付くと見えるといったかんじだろうか。離れれば、ゆらゆらとその場で揺れ、動かないくせに、近付くと触手のように姿を伸ばし、ヒサキを襲ってくるのだ。何度も繰り返し、ヒサキは「白い人」の後ろ、気がつきづらい方向を見つけた。
 今ヒサキは部屋の隅、黒い図書館の隅で息を整えながら、静かに白い人を見つめている。
 荒い息を隠しもせず、何度も何度も肩で呼吸していた。
 ヒサキは、自分を呪う。何で、ここまで自分の体力が無いのか。少し動き、数十回吐いただけでこのざまだ。既に、胃液しか出なくなって久しく、腕の筋肉は張って思い通りに動かないどころか、痛い。
 呼吸するたびに肺にこびり付くような、血の匂いが不快でたまらなかった。まるで、タールが肺にこびり付いていくような感覚。タバコをすってるのではないかとかんぐってしまうほどの、キツイ匂い。
 ふっと、強く息を吐くとヒサキは立ち上がった。
 握り締めたカッターは、一度も刃を欠くことなくヒサキの思い通りに「白い人」を切り刻んでいる。思い通りにならない手が今更ながらに疎ましい。
 痛みを無視して、カッターを構える。明日は筋肉痛だな、なんてどうでもいいことを頭に思い浮かべながら、ヒサキはカッターを振り下ろした。
 水っぽいが確かに手ごたえのある、肉を切る感触。みちりと、筋繊維が一つずつ伸ばされ千切れていくようなそんな感覚。直接自分の腕に響くその千切れる音が、じわじわと染み込んできていた。腕をぬけ、肩を犯し、首筋をはいずりまわり、脳髄にこびりつく。
 肉。
 肉を、切る感触。
 こみ上げる胃液を飲み込みながら、手にこびり付いた感触を振り払う。
「はー、はー」
 荒い息がでる口からは、涎か胃液かわからないものがたれた。
 何時間いるのか、何人切り刻んだのか、ヒサキは焦りを既にどこかにおいてきてしまっていた。
 今彼の頭の中にあるのは、「白い人」の殲滅と自分の体力のことぐらい。
 どれぐらいこの場所にいるのか、どれぐらい「白い人」を切ったのか、そんなこと彼は覚えてなかった。
 フラフラになっては、隅にいどうし体力の回復をはかり、回復したらしたで、すぐさま「白い人」を切り刻む。すぐに終わるはずだったのに、少なくても腕の痛みはすぐじゃないことを如実に叫んでいた。
 振り上げる。
 ヒサキの機械的な動作に、「白い人」が気がつき触手をヒサキに向かって突き出してくる。しまったと思ったときには既に遅く、その白い固まりが、ヒサキの体を貫いていた。
 痛みは無い。
 有るのは、体を掻き毟るような不快感、恐怖、怯え、恐れ、危惧、恐慌、戦慄。指の先から、針を突きいれられた感覚。電気のように、指先から手のひらに。肉をえぐりながら、腕に到達して、気がつけば肩を駆け抜ける。ナメクジのようにじりじりと首筋を這いずり回り、脳の外側に
閃光のように広がった、恐怖。
 極度の緊張のような、息苦しさと、思い通りにならない心拍数がその恐怖にさらに拍車をかける。
「かっ、はっ、ぅ」
 手を喉につきこまれたような、あの胃のせりあがる感覚。ヤバイとおもったときには、体が反射を起こし胃液を押し上げていた。
「ぇぇぇぇっ」
 肺からでたのか、胃からでたのかなんだか判らない声を、上の空で聞きながら、ヒサキは床に倒れこむ。腹を抑え、カッターを落とさないように抱え込む。瞬間、手首に刃が触れて冷たい痛みが走ったが、それどころではなかった。
 倒れこみ、何度も胃から競り上がってくるものを我慢し、出来ずに、吐く。
 倒れこんだ視界に、「白い人」の足のようなものがみえた。驚いて顔を上げれば、囲まれている。
「ひっ」
 涙と鼻水と涎と胃液にまみれた顔を、恐怖に歪ませてヒサキが悲鳴を――
「加賀ヒサキ!」
 強烈な音だった。まるで、闇すら切り裂けるような破砕音は、図書館の扉が開く音。
 「白い人」の人垣の向こう、賀古井の姿。扉から入ってくる光が、なんだか暖かく感じられた。
「ひーちゃん!」
 相羽の声。よく見れば、扉の方には皆がそろっていた。
 走りよってくる足音。意識は全く落ちず、ソレよりも体液まみれの自分が見られるのが恥ずかしくて、ヒサキは後ずさりする。
 目の前の「白い人」が逆袈裟に引き裂かれた。白いもやになって薄れていく「白い人」の向こう、湯木が立っていた。
「後輩、抜け駆けはいけねぇなぁ」
 抜け駆け? 疑問に思った時には、「白い人」が反応していた。集まり、まるで寄り添うどころか、混ざり合うようにして。広がっていく。合体なのかと思ったが、形は不安定。シルエットだけを見れば帆船の帆のような、大きな三角。まるで、不恰好に広げた布のようにゆらゆらと。
「ひーちゃん、たって!」
 相羽に差し伸べられた手を取ると、いきなりとんでもない力でひかれる。驚いてからだの力が抜けた瞬間、周りが勢いよく流れていく。ああ、自分が引かれてるのだと気がつく頃には、既に上から降ってくる三角の範囲からは外れていた。
「のああ」
 驚き、声を上げたヒサキの背中で、白い大きな三角が巨大な質量をもって、床にたたきつけられた。
「思ったより、近付いてきている」
 賀古井の呟きが、やけに耳に残った。 



相変わらず、読者と神奈の知恵比べが続くweb拍手。

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