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今日の三題話

■連載中のlog
「資格」「惨事」「史実」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 結果は散々だったわけだ。帰り道、一人でうな垂れそして悲壮感溢れる表情を貼り付けたヒサキの顔は、誰もがみても何があったかを言い当てられるだろう。
 彼は、十歩も歩かないうちにため息をつき、そしてまた十歩も歩かないうちにまたため息をつく。何度も繰り返しながら、牛歩の歩みを自宅へと向けていた。
 たまに横を通る車に、一瞬思考が戻されてはまたすぐに後悔へと舞い戻る。その繰り返し。ポケットのなかで揺れているカッターがやけに存在感を放ち揺れていた。

 空は既に赤くそまり、アスファルトの黒すらも拭い去っている。足元に転がる影が、夕日の赤に輪郭を滲ませ、ゆるやかに歩みにあわせて揺れた。
 ヒサキは、空を見上げる。雲は灰色と赤に染まり、青空だった空は、赤と混ざり合わないまま、下手なグラデーションを横たえる。そのすがたが、なんだか自分を馬鹿にしているように思えて、見上げた空が滲んだ。
「ヒサキ様」
 唐突に名前を呼ばれ、ヒサキは全身で驚いた。小動物のように体を震わせ、恐る恐る振り返る。と、そこにはあの研究所にいたメイドのユキがいた。
「ユキさん」
 思わず名前呼ぶと、ユキはヒサキにむかって優雅に一礼をする。
「お久しぶりです。余りにもご様子がおかしかったので、つい。ご迷惑でしたか?」
「いいえ、そんなことは」
 誰でもいい、誰かと話していればそれで思い出さなくて済む。だから、ヒサキはすがった。少しでもさっきのことを思い出したくなかったから。
「そうですか。では、これ以上私は深くお聞きしません。ですが、何かお役に立てることがあれば、なんなりと」
 そういって、ユキはヒサキの横一歩後ろについた。ヒサキも歩き出す。完璧なほど、邪魔にならずそして、いるかいないかを判別できる場所。これがメイドなのだろうか、ヒサキは関心しながら前を向いた。でも、メイドというのは確か主人に仕えるのが仕事のはず。
「どうして、僕にそこまで?」
 ついて出た質問に、ユキは微笑。
「トシ博士は全て予想済みでした。私の好きなようにしろと、そうおっしゃられておりました。ですから、私は製作者であるトシ博士がいらっしゃらない今、ヒサキ様を気にかける暇があるということです」
 でもそれは――
「僕を気にかける理由じゃなくて、気にかける時間があるという事じゃ」
「そうですが、それ以上は秘密です。ご迷惑でしたら、私は去りますが」
「い、や。迷惑じゃないです。はい」
 余りに早い受け答えに、ヒサキは自分で驚く。なんだかむず痒い気分と、ありがたい気分と、納得がいかずもやもやとしている自分を彼は自覚する。
 ユキはそれでいいらしいとはいえ、自分にはそんな資格があるようには思えない。もし、あったとしても本当にそれでいいのかという不安もある。が、居てくれてかまわないという思いが強いのもまた確かだった。
「それならば、良かったとおもいます」
 ユキの言葉に、とりあえずこのままでいようと意志の弱い考えでヒサキは納得した。
 そして、また唐突に昼のことを思い出す。まるで、まるで雨粒よのように唐突にポツリと思考の皮にあたってはじける。大惨事に近い心の傷が、癒えず疼き血を噴出しつづけるように、記憶が意識もせずにせりあがる。
「いかがしました?」
 ユキに気がつかれても、ヒサキは薄く笑って答えるだけだった。静かについてくるユキがヒサキの思考を邪魔することは無い。ただ、彼の後ろを付き添っている。
 すぐに思考は引き戻される。昼の、駅前に。思考が――
 
 お昼ご飯に行こう、そうステラはいった。それは、願ってもない助け舟で、そして完璧なまでの敗北感をつれてきた。
 自分から言えなかったことに、どれほど後悔しても何も始まらない。胃のあたりが重たくなっていく緊張を振り払うように、ヒサキは笑う。
「なんでもないよ、お店さがそうか」
 そういった自分の言葉が、なんだか非現実的で膜一枚隔てた向こうで行われてる劇のようだった。けれど、振り返ったときにみたステラの安心した顔は、ギリギリでヒサキの崩れ落ちそうな精神を奮い立たせるのに最大の効果を発揮した。
「なにか、苦手なものある?」
 慎重にいかないと、知っている店のなかで、女性を連れて行っても問題の無いところ。殆ど駅前なんかでてこないヒサキには、余りにも難題だった。
 何件かを頭の中で並べながら、ステラの返事を待っているが一向に返事がこない。おかしく思い、ヒサキはステラを覗き込むが、いつもどおり表情に変化はみられなかった。
「ない」
 ステラは、一言そう呟く。ならばと、ヒサキは一番無難な場所を選んで指をさした。
「あそこ、あそこの店いこっか」
 指し示した店は、パスタ専門店『裸王』。どうきいても、怪しい。だがそれなりだという噂を聞いたことがある。いちおうは最近できた小奇麗な店だ。一人では絶対に入らないな、とヒサキは心で笑う。
 ステラの頷きを確認して、ヒサキは歩き出した。ビルの前に広がる広場には、大きな木や植え込みが並び、そして、駅から伸びる大通りが横切っている。ひっきり無しとはいえないが、それでも交通量の多い大通りの向こう、パスタ専門店『裸王』は思い出したかのように人を吸い込みそして吐き出していた。
 道を横切り、木でつくられた扉に手をかけようとした瞬間。
「ありがとうございましたー」
 店員の声と、扉が開く音が聞こえた。
「おっと」
 驚いて道を開けると、女性の客が二人、店を出て行くところだった。一瞬ヒサキに目をやり、すぐに共に歩く友人に視線を戻す。その女性の、まるで見下すような視線にヒサキは心臓が止まる感覚を得た。
 横で、扉が閉まる音がする。それでも、ヒサキは動けなかった。通り過ぎた女性の目が頭にこびり付いて離れない。
「入らないの?」
 そして、逆側から声が飛んできた。驚きに飛び跳ねそうになりながら、引きつった笑顔を彼女に向ける。
「い、いや。ごめん」
 謝った理由すらわからずに、ヒサキは扉を引いた。空いた扉から飛び出したのは、熱気と湯気と匂いと、喧騒。
 一瞬その喧騒に目眩を覚えた。もとからこんな人ごみに来ることが稀な人間である、これほど込んでいると、ヒサキにとっては十分な害毒だった。ふさぎこんで、引きこもりかけている人間に、人ごみはどこまでも厳しい。ソレは史実を紐解く必要すらなく必然だ。
 背中で、疑問の気配を投げかけてくるステラを感じ、自らを奮い立たせる。
「いらっしゃいませー」
 店員のやけに気に障る楽しげな声に、二名と無言で示して席に案内される。席に座るまでが、問題だ、どれだけ視線を下げたって、座っている客は見えてしまう。
 彼は深呼吸をして足を踏み出した。




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