スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

今日の「三題」話

■連載中のlog
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ヒサキの目には、皮膚が破け赤い液体を流したユキがうつっている。でも、その赤い液体は血液じゃない、ヒサキはすぐにわかった。匂いがしないのだ。あの、胸が焼けるような胃が縮まるようなあの嫌な臭いじゃない。オイルのような、少し刺激がある匂い。だけど、それは不快じゃなかった。
 そんな赤い液体に手が汚れることなど気にしないかのように、ヒサキはユキの頬に触れた。
 何も出来ないという事実にヒサキは目眩を覚える。
 ああ、そうか。

 ヒサキは、滲んだ景色を眺めながら漠然と思う。きっと、ライナもこんな気分だったんだろう。やっとわかった気がする。自分の事なんかどうでもいいのだ、それよりも自分の所為で泣いてる人がいるのが許せない、傷ついてる人がいるのが許せない。
 自分のために犠牲がでるなんて、こんなに気分の悪い物だったのか――
 何に許せないというのなら、自分が許せない。
 何に対して不愉快なのかというのなら、自分が一番不愉快だ。
 目の前のユキが心配そうな顔をしている。横には、賀古井が肩口を抑え芳田と有賀を睨んでいる。志茂居はずっと寝たままで、芳田はじっと此方を見ている。芳田の横に立つ有賀だけが目を伏せ何かを我慢しているようだった。
 この場所に、自分は不用なのだとヒサキは悟る。このままじゃ、ユキは本当に動けなくなってしまうのだ。ヒサキを守り、鉄くずになることも辞さないだろう。むしろ、いまですらなりかけてる、もう間に合わないかもしれないほどに。
 あの戦いに自分が出て行けるとは思えない、手を出しても足手まといになるのは目に見えている。なにせ、何が起こってるかめで終えないのだ、あまりの非現実的な物を見せ付けられて心だけがついてきていないようなそんな疎外感。
 自分はなんて無力で、自分のために拳を握ってくれた人すら支えることが出来ないのか。
 なんて不愉快なのだろう。最悪だ、この世は、なんて――
「あの、あの」
 何も出来ない憤りを吐きかけたとき、肩で声が聞こえた。
 そういえば、ずっといたっけ。ヒサキは思い出したかのように声のする、自分の肩に目を向けた。小さな女の子の姿をしている。変な服と、とんがった耳。
「あの、けいたい。けいたいが」
 けいたい? 一瞬言っている意味がわからなかったが、すぐにポケットで振るえている感触が頭に響いてきた。
 驚いてポケットから携帯を取り出す。
 着信番号は、なかった。
「え?」
 非通知なら、非通知と表示されるし、登録されているなら登録名が、そして登録されていないなら番号が表示されるはずだ。そのはずなのに、いま間違いなく着信しているディスプレイには表示が無かった。そのインパクトに、ヒサキは着信をとり、耳に当てる。
『ヒサキ様、ユキです』
「え?」
 驚いて下を見る、ヒサキの表情を肯定するようにユキの顔が動いた。
『申し訳ありません、発声機構が動作しないのでこういった形で失礼します』
 何でもできるのだな、ヒサキは場違いなことに関心しながらユキを見下ろしている。
『お逃げください、ヒサキ様。志茂居様は既に息を引き取られております』
 突きつけられた、事実にヒサキは息を呑む。肩にいた妖精らしきものもその言葉を聞いたのか、びくりと震えた。みながわかっていた、そしてみようとしなかった事が今突きつけられた。
『私は既に戦闘に絶えられる状況ではありません、ヒサキ様をお守りすることは継続不可能と判断しました。早くその場を立って逃げてください。芳田様、有賀様の目的は加賀様と賀古井様の確保です』
 ユキの言っていることが解らない。ヒサキは無言でただユキを見下ろしている。
『ヒサキ様、早くお立ちになってください。彼らに確保された場合、間違いなく自由は奪われます。急いでください、そろそろ私設隊も動ける程度には回復する頃です』
「いやだ!」
 叫んだのはヒサキではなかった。耳元で大音量、だがヒサキにしか聞こえない声。肩にずっとのっていた妖精の声だった。
 子供の叫び声のような、泣き声のようなそんな声に、耳が悲鳴をあげる。
「やだ! ケイタさん! ケイタさん! ケイタさんを!」
 叫びつづける声。諦めるなんて言葉をしらなそうなそんな声だった。
『ヒサキ様』
 一向に動こうとしないヒサキに不安を覚えたのか、ユキが言葉を投げかけてくる。携帯越しの声は、いつも聞いてるユキの声と同じで、すこし耳がくすぐったかった。
 ライナはあの時なんといったっけ。ふと、昔のことが思い出される。
 諦めてくれ、と泣いたライナの顔が目に浮かんだ。だからじっとしていた。いわれるがままに、彼女の血を救うことをやめ、傷口を塞ぐことを止め、そして、
「僕は何を得たのだっけ?」
『ヒサキ様?』
 得たのは救いのない答えだけだった。
 誰もが居なくても、たどり着くのは一つの結果。
 皆がなにかをしようとも、手に入るものは変わらず。
 皆が居なくても、世界はただ転がり落ちるのみ。
 無我夢中であがいた答えも、寝て過ごして転がってきた答えも、全ては同一。もがき苦しみ、走りぬいてだした結果は、スタート地点であぐらをかいて時間を過ごして手に入った結果と変わらない。
 ああ、なんて無意味で無慈悲で無関心なんだ。ヒサキは呟く。
 そうだからこそ世界が許せない。もう嫌だ。
「ユキさん、逃げよう」
 なんで、自分のためにユキさんが傷つかなければいけないのか。
 意味がわからない、なぜ彼女は己をなげうって僕を助けようとするのか。
『ヒサキ様?』
「もういいよ、もういいんだ」
『私は、貴方の従者です。ヒサキ様を守ることが――』
「いいんだ。一緒に逃げよう。もういい。いいよ。やめてくれ」
 軽いパニックを起こしているのか、ヒサキの焦点は合っていない。虚ろな目でただ首を振り、何度も何度も。もういい。そう繰り返している。
『ヒサキ様。しっかりしてください。不遇を嘆いても、不運を嘆いても事態が変わることはありません。ヒサキ様、しっかりしてください』
 ――ああ、こんなにもこの人は脆かったのだ。
「もう嫌だ。何でユキさんが怪我してるんだよ。なんだよ。もういいよ。やめようよ」
『ヒサキ様!』
 現実を受け止める準備すら出来ていない、ただの人なのだ。当たり前だ、賀古井に選ばれたからといって彼が特別な人間なわけがない。ただ、少し特殊な境遇にいたり、特殊な欠損があったり、そんな程度だ。そう、その程度。空も飛べなければ、拳で壁を壊すことも出来ない。普通の人間なのだ。
 間違えていた、とユキは己を恥じる。自分が諦めたらいけなかったのだ。己が立つのは主人を守るためではなく、主人の側にいるためだったと。主人を逃がすために己を捨てるのではなく。
 ――ヒサキ様を守るために、今ここで。
 従者が示すべき道は、主人が前を向ける世界。
 ――ならば。だからこそ。今一度。




予定なぞは無い! web拍手

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL