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今日の「三題」話

■連載中のlog
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 体内に残る擬似血液は既に四十%を切っている。関節の潤滑、酸素供給、神経伝達補助、動くために必要な物はすべてそこにそろっている。どうしてこんな脆い設計にしたのだと、ユキは一度生みの親に聞いたことがあった。
「弱点のないシステムは無い。なら、判りやすく治しやすい弱点の方が気が楽だかラね」
 そんなことを言っていた。一点集中の脆弱性は、そのぶんそこを守っていれば済む。守る物が多数あるよりは確かに楽なのかもしれない。だが、液体だったのが失敗だった。

 流れ出た擬似血液は既に半分を超え、体中の関節が軋み、酸素を必要とする機構すべてが酸素が足りない、熱が無いと叫びつづけている。切れかかった神経をバイパスする術はなく、喘いだ肺の中で、擬似体液が溜まっている。
 臭いは鉄の酸化するあの嫌な臭いではなかった。油っぽい嫌なにおい、酸化し変色していく様をユキはじっと見ている。
 駆動する関節はただでさえ少なくなったというのに、潤滑油がなくなったおかげで更に幅は狭まり稼動時間の限界が近付いている。片方の肺は既に己の擬似血液で汚れ、用を成さなくなっていたし、捨て身でなげうった左足は膝下から質問信号は一度も返ってこない。
 試しに血液に乗せて飛ばした質問信号も、その少なさゆえやはり返ってはこなかった。細かい神経機構は既に沈黙の中に落ち、振り絞っても電圧の上がらない駆動機は熱すら発することはなく、起動しつづけたMCDSの反動で中核の計算機すら半分以上が焼ききれて今は冷めている。
「もう止めよう。一緒に逃げよう」
 ヒサキは呟く。ユキにこれ以上傷ついてほしくないから。もう戦わなくていいのだと。ヒサキは呟きつづけている。泣きそうな顔で、ヒサキが言うのをユキは見上げていた。
 携帯に飛ばしていた電波をカットする。曲がった歯車が悲鳴をあげても、折れたシリンダから油が漏れても、沈黙したメモリが半分を超えても、焼ききれたCPUが煙を吹き上げても、諦めるなんて選択肢は、ユキにはもう無い。
 戦う理由なんて、元からなかった。ただ志茂居ケイタの死体を確保するだけという、なんとも感傷的でおあつらえむきな冠なんか、既になくなってる。
 命を下した主人は、既にその命を取り下げて逃げろという。
 だが、か弱く泣きじゃくり、子供のように同じ事を呟く主人が目の前にいる。だから
 ――立ち上がる意味はあると判断します。
 必要起動用件を満たせなくなった体は、すでにMCDSをスリープモードへと移行、視界は狭く体の感覚は鈍い。
 けれどユキは、立ち上がろうともがいた。
「まだやるの? いいかげん止めなさい。志茂居ケイタの、妖精憑きの死体は私たちが処分します。それでそれ以上誰も傷つきはしない。これ以上何が不満?」
 有賀真衣の言葉は確かにユキの耳に届いていた。
 言葉の出ない口で、ユキは答える。唇だけの言葉。 
 ――もう、二度と間違わないために――
 空気を震わせない言葉とともに、上半身を起こす。肺に溜まっている擬似血液がズルリと揺れた。
 口元から溢れるそれを嚥下し、ユキは動く右足に力を入れる。
 既に幾億のエラー。既に、判断すらあやうい思考。
「ユキさん!」
 叫んだヒサキの言葉ですら、ユキの体は止まらない。
 立ち上げなそうとしたMCDSは、メモリ領域の少なさから自分で自分を殺して消えていく。起動、エラー、起動、エラー……。
 無力な己にユキは泣きそうになった。主人の命令一つもこなせず、さらには泣かせ、このままでは傷つけることにすらなる。
「諦めないのなら、そこで終わりなさい」
 ひざまずき状態を起こしたユキに、真衣の蹴りが突き刺さる。一瞬。溜めもなく、余裕もなく、言葉をはっする暇すらなく。体の中央からすべてが喪失していく感覚。
「ユキさん!」
 壊れかけた聴覚機構から、ノイズに混じったヒサキの声が届いた。
 
 自分の横をまるで弾丸のように飛んでいったユキを、ヒサキはただ見送るのみだった。
 気がつけば叫んで駆け出していた。頭は既にパニックで、何が一体どうなっているのか、そんなこと一つもわからなかった。
「ユキさん!」
 地面に転がったユキを抱きかかえる。そこで初めてユキがこんなにも固く、そして重たいものなのだとヒサキは理解した。
「ユキ……さん?」
 反応はなくうつぶせになった彼女を何とか持ち上げる。頭から持ち上げたので、まるでユキはヒサキに覆い被さるような格好になった。下から支えるヒサキは、涙目で、上から見下ろすユキは、既に視覚機構すら危うい状態だった。
 もう声も出ないのだ、ということを思い出してそれでも声をかけつづける。
「ユキさん! ユキさん!」
「加賀ヒサキ! 下がるぞ、ユキは置いていけ」
 賀古井が後ろに居た。真っ暗な夜空をバックに肩口を抑え賀古井が立っている。
「で、でも。ユキさんが……」
「ユキは既に動かない。それに、加賀ヒサキが己の所為で傷つくことをよしとはしないだろう。そのためにも加賀ヒサキは立って逃げなければならない」
 そんな、ばかなことが。
 と、手のひらでユキが動くのが解った。驚き目を向けるが、ユキの表情はやはり無表情のままで固定。ただ何度も何度も動こうとしている。外れかかったギアがばちばちと、はじける音を立てている。
「ユキさん……」
「もう壊れた、諦めろ加賀ヒサキ。なぜそれに固執する」
 賀古井の言葉にヒサキは不思議そうな顔をした。
「え? なに言ってるんですか部長。人が死にそうなのに、なんで諦めるんですか」
 まるで至極当然といった顔でヒサキは答える。彼の手には歯車とシリンダの塊が、CPUとメモリによって動かされている機械がある。体中から偽者の血を吐き出し、残った電圧を火花にかえ、それでも尚主人と認めた人間を守ろうとしている機械がそこにはある。
 だが、彼にとってはすでに機械でも人間でもどうでもいいのかもしれない。
 賀古井はかける言葉を失い、ただヒサキを見下ろす。
「賀古井さん、申し訳ありませんが終わりにしましょうか」
 暫く成り行きを眺めていた芳田が呟くように言葉を発した。それを皮切りに聞こえたのは足音。隠す必要すらないとばかりに速度をもった足音が並んでいく。
 芳田と真衣の後ろに一列に黒い服の集団が銃を構えて並んでいく。
「なっ」
「ありがたいことに、ユキさんが殺さずにいてくれたおかげで動ける程度には回復することができました。さて、約束はこうでしたね?」
 芳田は確かめるように一歩。
「志茂居ケイタの死体処理。死体の引渡しの変わりに、事件にならないよう手配をする」
「そうだ、間違いない」
 賀古井が苦々しく答えた。
「しかし、もし出会うことがあるのならその場合、私はあなた方を殺す」
「そうだ」
 当然だった。もとより場所を教えた時点で逃げなければならなかった。向かう方向が真逆ゆえ、例え利害が一致してもどちらとも立っていられるわけがない。
 賀古井の計算ミスはただひとつ、加賀ヒサキが志茂居ケイタを諦めなかったこと、ただひとつだった。
「では、うらまないでくださいね。さようなら」
 赤い光が咲いた。




後ろで一人笑い転げていたおっさんは、いつか椅子に画鋲をおいてやる。

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