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今日の「三題」話

■連載中のlog
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さようなら」
 その言葉を、ヒサキはユキの肩越しに聞いた。
 ユキの肩の向こうに広がる夜空は星空が綺麗で、このまま見ていられたらいいのにと呆けたままヒサキはそれを見上げている。
 と、両手に持っていたユキがいきなり動いた。まるで、ヒサキを抱きかかえるように。まるで守るように。
 何から?
 答えはすぐに来た。

 軽い破砕音、地面を穿つ曇った音、後ろで聞こえる硬い音。何、という疑問すら撃ち抜かれ、土煙と鉄の焼けるにおいと火薬の臭いが鼻に届く。
 そして、ユキの体が不規則に揺れている。
「ユキさん」
 どこにこれほど動く力があったのか、ユキの腕から逃れようともがいても全く彼女の手は緩まなかった。力強く締められた腕の中で、ヒサキはユキを見上げる。
 たまに響く、かするような嫌な音。そのたびに彼女の服が、彼女の髪が、そして皮膚が剥がれていく。暗闇で表情が良く見えないがその分輪郭だけは良く見えた。嫌というほどに。捲れあがる皮膚、空を舞う髪。ちぎれ飛ぶ服。
 ユキは自分の体を盾にヒサキを守っていた。
「あ、あぁ」
 少しずつ、だけど確実にユキは崩れていく。銃弾は余りに無慈悲に彼女の形を削り取り、ヒサキは無力にただそれを見ているだけだった。
「やめ……て」
 止めてくれ。どうして。何故。何が。誰が悪い。何が悪い。許して。もう。
 もう、嫌だ。
「止めろぉぉぉ!」
 叫びはただ空に伸び、だけど誰にもとどかず、ただ事態だけが進行する。
 
 ユキは、既に無くなった体の感覚を確かめもせず、ただヒサキを見ていた。
 有賀真衣という存在に、太刀打ちすら出来なかったことが悔しかった。
 下らない構造の、単純な鉄の塊に体が削られていくことが堪らなかった。
 自分なら守れる、そう考えていた自分が許せなかった。
 擬似血液は既に残量計測不能に陥り、駆動機構の反応は既に届かない。MCDSは本来の力を発揮せずに異常終了し、誓った意志は一つも果たせないまま終わりかけている。
 情けない、許せない、まだ。まだやれることはあるはずなのに。
 ユキは残り少ないメモリ領域で泣いていた。
 泣いていたが、蹲っていなかった。
 ――まだ、選択肢は在ります。
 血反吐を吐き、這いずり回って、それでも諦めなかった願い。それを食料にする伝承にいるあの存在ならば……。
 しかし、魔女は現れない。自分が人間ではないから、捕食対象ではないというのか。ユキは、それでも諦めなかった。がつんと、頭が揺れる。頭頂部に銃弾がえぐりこんだ。
 ギリギリで残っていた視覚機構が一瞬ノイズを残して切れてすぐに元に戻る。
 元といっても、既に視界は狭く色はない。ヒサキがただ移ってるだけの視覚機構。まだ視覚が生きていることにユキは感謝する。ああ、自分はまだ動いて――
 最後の電圧がまるで空気が抜けるように、消えていく。
 ――ひ サキ さ……
 思考が出来ないことに漠然とした感覚はあっても、ユキは恐怖を感じなかった。不思議な感覚だった。痛くもなく、ただ静かに何も解らなくなっていく。
 なにも。
「ユキさん……」
 主人の顔が、消えかかる視覚機構に鮮明に移る。まるでそれを知っているかのように、視覚機構のレンズが焦点を結ぶ。泣いている。
 このまま消えるのは嫌だ。どうか、どうか魔女よ。ユキは既にコンデンサに残ったかすかな電圧で泣き叫ぶ。
 ――どu カ!! 魔じょ ョ
 すべてを振り絞った思考が頭上でぱちりとはじけた。

 ごっそりと。まるで巨大な口で噛みちぎられたように。
 なにか大事な物が、巨大なスプーンで抉り取られたように。
「ユ、キさん」
 音も光も時間も何もかも。ごっそりと抉り取られた。
 それは、本来そこにありそしてゆっくりと薄れていくはずの、
「ユキの存在が」
 呟いたのは、ヒサキの背にいた賀古井。だが、ヒサキは目の前に、ユキの肩越しにいる男に視線を釘付けにしている。
「え……」
 疑問に答える存在はいなかった。
 まるで、何かが消えた。その瞬間からだまし絵のように、忽然と男が立っている。
 銃弾の音が聞こえない。支配しているのは夜の凛とした静けさと、空を埋め尽くす満天の星空。
「いたたまれないね? 仮にも知り合いを食べるつーのはさ」
 その声にヒサキは聞き覚えがあった。ステラと喧嘩をし、逃げてそれでも戻ったあのとき。ステラを抱きかかえていた男。あの時「向こう側」に居たステラを救った男。
 男の呟きは、誰にもうけとられないまま地面に落ちる。
「真衣。コレが君の道ってことか。それとも何度もやり直して気が狂った?」
 視線は動かない。男はユキの足元に立ちユキを見下ろしたままだった。星明りを背にした男の表情はヒサキには見えない。声は無表情で、それでも良く通る声。短髪の色が夜空に溶けて何色か解らない色になっている。
「む、と……」
 有賀真衣の呟きがすべてを再開する。
「撃ちなさい。まだ終わっていません!」
 芳田の声に黒い服たちの攻撃が再開――
 しなかった。
「なっ」
「残念。もう追いついた」
 男の呟き。周りには、白くぼんやりとひかる、
「白い人!?」
 既に夜空は満天の星空、流れる風は血なまぐさく、ねっとりとしたあの感覚。気がつけば既に周りは向こう側になっていて、そこらじゅうに白い人がたっていた。
 黒い服たちは、愕然と空を見上げ、芳田は驚きに後退り、有賀真衣だけが男を睨んで腰を落としている。
「ユキさんの願いは完遂された」
 こつりと、軽い音。足音だ。誰も歩いていないのに、誰もそんな、まるで、誰もいない廊下を、リノリウムの床を歩いてなんかいないのに、あの独特の冷たく響く音。
 こつり、こつりと硬い足音がする。確実に、此方に向かって足音は近付いてきていた。
「さぁ、来るぞ。原初の三番が」




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