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今日の「三題」話

■連載中のlog
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 足音は、小さい体のそれだ。ヒサキは、ユキを膝上に座り込んだままでその足音を聞いている。鼻を啜れば、鼻腔にこびり付くのは「向こう側」のすえるような血のにおい。それに混ざって、ユキの血の臭いがした。油のような不思議な臭い、ロボットである彼女の体を満たしていたそれが、既に彼女の体から流れ尽くし、酸化し、乾いていく。
 もう彼女は戻らないのだな、ヒサキは漠然と膝の上に載せたユキを見下ろしながら考えた。後頭部から、まるで最後の呼吸のように火花がパチリと跳ねる。それを最後にユキは沈黙した。思い出したかのように動かしていた歯車の音も、引っかかってけたたましい音を立てていたシリンダの音も、傷口ではじけた火花も、熱に煙を上げたCPUも今は冷え切って動いていない。

 沈黙した彼女を見下ろしているヒサキは、座り込んだまま身じろぎすらしない。そんな彼の前には一人の男が立っている。ユキとヒサキを背に、男は静謐な声で謳い上げる。
 さぁ始まる、と。
 
 足音がする。小さな体を支える、小刻みなテンポと軽い音。リノリウムと叩くゴム底の、あの聞きなれた音だ。でもあたりにはそんな物は無い。コンクリの廊下を持つ部室練と校舎が挟む存外広い空間は、土が剥き出しになっている。校舎裏の部室練までをつなぐ廊下なんていうものは存在していない。ただ、申し訳程度に屋根だけが校舎の裏口から部室練へ連なってるだけだ。
 だから、リノリウムの床を叩く音が聞こえるなんておかしい。
 それも、確実にすぐそこまできている。
 こつんこつんと、軽い乾いた音だけがあたりを支配していた。
 何かが来る。それが恐怖かそれとも期待か、鼻についた匂いだけが嫌に鮮明に脳裏に赤を咲かせた。
 
「げ、ん初の三番……なぜ此処に」
 有賀真衣の呟きにも、足音はリズムを崩さない。ヒサキは足音がなぜか聞き覚えがあるような気がして耳を済ませる。
 ああ、そうだ。思い出したのは消毒液の臭い。独特の、そう……病院の臭い。
 気がついたときには、その白い姿が男の向こう側に見えていた。土の上にいるはずのその白い人。に、なってしまったあの女の子。足音はあの時と同じリノリウムの上の音がする。
 姿は殆ど変わっていなかった。あの時と同じパジャマを身につけている。だけど、もう泣いていなかった。姿形だけは同じなのに、中身だけが入れ替わったようなそんなイメージだ。
 とつ、と女の子の足が止まった。白く輪郭をぼかし薄っすらと発光するその姿はやはり白い人そのもの。だが、顔も服も見て取れる。まるで人間と白い人の間のような……。
「ぃああああああああああああああああぁぁぁぁ!」
 少女が吼えた。全く前触れも無く、しかし一度きいたあの叫び声、耳をつんざく金切り声がまるで神経そのものを抉り取るように響いた。
 とっさにヒサキは自分の耳を塞いだが、やはり塞いだところで何の意味はなかった。体中を掻き毟られるような感覚に、意識が遠のいていく、それは回りの誰もが同じはずなのに目の前の男だけが平然と立っていた。
 後ろで、賀古井が苦しげにうめく声が聞こえる。芳田も耳を塞ぎ体をくの字曲げ苦悶の表情をしていた。黒い服の人間たちも頭をかかえ、倒れ、中には蹲って気絶しているものも居た。
「ぎぁぁぁぁぁっぁぁぁっぉぃいいいいぁああ!」
 叫び声は止まらない。少女の顔は眼窩が落ち込み深遠を覗かせている。口も同じように白く光っている体とあいまってやけに暗い穴があいていた。
 叫び声は止まらない。ヒサキはユキを抱きかかえるように蹲る。
 と、いきなり声が止まった。
「君、あの死体手に入れてどうするきだ?」
 ヒサキの前に立っていた男が不意に振り返って呟く。
「え?」
 ヒサキには何を言っているのか解らない。いや、わかろうとはしない。静かに双眸を男に向け言葉を反芻するものの、ヒサキにはやはり意味が理解できなかった。
 死体なんてどこにあるのか。
「まぁいい。ユキの願いだけは叶えておく」
 この人は何を言っているのだろう。ヒサキは無意識にユキを抱えていた両腕に力をこめた。
 貴方は? というヒサキのいぶかしむ視線に男が薄笑いで答えた。
「魔女。だっけ? 確かそんな感じのだ。思いを喰う化け物さ」
 男なのに魔女なのか、へんな疑問だけがやけに鮮明にヒサキの頭でくるくるとまわる。
「ん? 魔女ってのは昔話のことだし。別に性別が女ってわけじゃ」
 こつん、と足音がまた響いた。原初とよばれたあの少女が歩いている。彼女の進む先には志茂居ケイタが寝転がっている。
 風がねっとりと肌を凪ぐ。ヒサキはその姿をただ見ていることしか出来なかった。ゆっくりと、誰もがただ見守っているなか少女は確実にその足をすすめていた。
 こつり、こつりと土の上を歩く足音は固くそして軽い。
「まずいな」
 ヒサキの前で男が呟いた。瞬間、走り出した。
「え?」
 思わず呆けた声を出すヒサキの視界で、志茂居ケイタを担ぎ上げる男。驚いた真衣すら無視して、志茂居を抱きかかえ此方に走ってきた。
「おい、いくぞ。早く立て」
 なんとも間の抜けた光景だろう。芳田はあの叫び声に気絶している。有賀真衣はというと、ただ此方をながめているだけでなにもしない、というよりも明らかに飽きれている。そして黒い服たちはそろいもそろってうめき蹲り、そして気絶していた。
 ヒサキはユキを抱きかかえて立ち上がる。賀古井は既に逃走を開始、肩口を抑え上半身を揺らさないように移動していた。
「あ、の」
「急げ、原初が来る」
 言葉どおり少女が志茂居を追いかけるように向きを変えていた。ゆっくりだが確実にその歩みは志茂居を追いかけている。
「ユキが作った最後のチャンスを捨てるきか! 急げ! 走れ!」
 そういって、ヒサキの横を走り抜けた男はもう振り返らない。賀古井に追いつくようにしてそのまま部室練から遠ざかっていく。両手には力ないユキをかかえ、ヒサキはおいていかれないようにと足を進め始めた。
 こんなに軽いのか。血液が抜けきったのかユキの体は嘘みたいに軽かった。
「ユキさん……」
 ヒサキには、それがどうしても寂しかった。





でも、C21もはじまるんだなコレが。

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