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今日の「三題」話

■連載中のlog
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 視界に移ったのは、真っ暗な世界をバックにした赤いナイフの軌跡。軌跡に見えたのは、もしかしたら血飛沫だったのかもしれない。
 加賀ヒサキは、その赤い弧の軌跡をただじっと眺めていた。
 届く。
 漠然とした思考は恐怖を伝えることは無く、だからといって体を動かしてくれるわけでもなかった。ただ、その余りにも綺麗な赤い弧をじっと見ていた。

 相羽カゴメは、走っている。
 体力には意外と自信があるほうだ。せっかくできた自分の後輩が、学校で泣いている。それだけで、彼女は全速力で走るだけの意味がある。
 本当は昼、ステラに色々と聞いてみるつもりだったのだが、それは色々とあって失敗した。その後にまっていた結果はコレだった。
 自分の性格は嫌いじゃない、けれど今日だけは呪う。カゴメは走る。既に寝る用意が出来ていたために、格好はほめられた物じゃない。足を覆うジャージは、生地は厚くないがそれなりに夜風を防ぐには役に立っているし、お気に入りの上着は自分の匂いが染み付いていて安心する。
 だから、冷たい風に耳が痛くても気にならなかった。
 毎日学校に向かう道も、夜になると違って見える。人通りは少ないし、風景は闇に沈んであるかどうかすらわからない。時折走り去る車のライトに照らされた景色は、なんだか偽者のようですらある。
 息が上がって体中がほてってるくせに、足の先や指の先、耳と体の先端が冷たさに悲鳴をあげていた。たまに膝が激痛を訴えてくるがそんなことは些細な問題でしかなかった。
 ただ車にだけ気をつけて、ただ生きて、学校にたどり着けさえすればいい。
「私の後輩っ!」
 カゴメは殆ど足音の立てない。つま先だけで体を前に飛ばしながら走っているのだ、跳ねるように、踊るように、ただ前に。どれほど足に負担がかかっているかなんて十分理解して、尚そうやって走りつづけている。それ以外に早く走る方法を彼女走らない。
 だから飛ぶように、前へ。

 赤い弧は目の前で消えた。いや、ヒサキにはそう見えただけで実際は男の蹴り上げた足によって軌道をずらされていた。
 鈍い音と共に弾かれたナイフは、無音を挟んでアスファルトに落下。硬い乾いたおとが響く。
「賀古井ぃ。まずいね、それは不味い。冷静さを失うほど必死なのはわかるけどさ。俺がどうして此処にいるか忘れたわけじゃないだろ?」
「……」
 志茂居を背負った男は、全く息も上げてないまま賀古井に向かって呟いた。
「俺は、加賀ヒサキの安全が第一優先なんだわ。わかるよな? 見逃してやっていたのは、ただ加賀ヒサキの安全が優先だったからだ」
 まるで世間話のような軽い口調だが、賀古井はその言葉に顔を真っ青にして一歩後ろに下がる。
「今、お前は加賀ヒサキの安全を脅かす対象になった。だから」
 男は一歩踏み出す。
「此処で終われ」
 車が衝突したのかと思った。
 交通事故のあの嫌な轟音は耳に焼き付いて離れない。
 強大な質量が、とんでもない速度をもってぶつかったときのあの空気が破裂するような音。
 驚いて、目をつぶったヒサキはその瞬間を見ていなかった。ただ、風がまるで吹き飛ばされるように流れていったのだけが肌に届く。
「さて、加賀ヒサキ君。何も知らない君は、この後どうする? 君の肩にいる妖精はあの原初を此方の人間に戻してあげることができる。妖精を渡さなければ、原初は完全に向こう側だ。あの女の子は帰ってこない。どっちも何かが無くなる。さ、選べ。ユキさんを無くした君がどちらか選ぶんだ」
 目の前には、志茂居の背中。それを背負った男が言う。その向こう、吹き飛んだ賀古井が仰向けになって倒れていた。そして賀古井の側に原初が立っている。静かに此方に向かって歩く姿は、まだぎりぎり人間の姿を止めていた。なんだか、もうすぐにでも白い人になりそうな、そんな危うそうな雰囲気に、ヒサキは涎を飲み込んだ。
 肩でリロが心細そうに泣いている。向こう側にいきそうになっている少女は泣いてるのか、それともうらんでいるのか、淡々と此方に向かって歩いている。
 どうしたらいいかわからない。
「選べ。選択は、救い上げる行為じゃなくて切り捨てることで成り立つんだ。君はどちらを切り捨てる? 妖精か? それとも少女か」
「う……あ……」
 知らずにユキを抱える手に力が入る。鉄が軋む音が耳に届いた。
 一歩、下がった。何も知らない、どちらを選んだらいいかわからない。自分は何も知らない。
「え、らべません」
 首を振ってヒサキは呟く。ヒサキの言葉に、男が振り返った。その顔は、寂しげでそして悔しそうだった。
「時間がたてば原初は向こう側に落ちる。コレは既に時間だけの問題だ。先に伸ばすこともできない。選ばなければあの少女は間違いなく向こう側だ。それを理解した上で、君は選ばないのか?」
 助けて欲しかった。泣き叫べば助けてくれる、そんな子供のような感情だけが胃から湧き上がってくる。
 やめてくれ。やめてくれ。しらない。もういやだ。同じ思考だけが頭を駆け巡る。
 だから、加賀ヒサキは気がつけなかった。
 原初を突き飛ばし、立ち上がり、そして此方に向かって走っている、賀古井のことなんて。
「ぐっああああ!」
「私は、諦めない。ムトウ、全て貴様が元凶……だ……かっ」
 ムトウとよばれた男、志茂居を背に背負っていた男が激痛に叫び声を上げていた。賀古井もまた、アバラが折れたのか血の混じった呼吸をしている。
「うぁ」
 驚きに尻餅をつくヒサキに、賀古井が視線を投げつけた。
「加賀ヒサキ、コレは世界を、維持するため、必要、な、ことだ。原初を元に戻すわけには、いかない。ゴホッ、はっ……志茂居も、死ぬ必要があった」
 賀古井の言葉は殆どヒサキには届いていなかった。ただ首を振り、蒼白な顔でヒサキは尻餅をついたまま下がる。
「ぐ……あっぁっ、か、こぉいいいいい!」
 ムトウが、叫んだ。背に突き刺さったナイフが捻りこまれ、更に叫ぶ。
「ああああああああ!」
 激痛は、肺から空気がなくなっても続くかというぐらの叫びを上げさせる。
 ムトウは気絶することすら許されず、ただ背の痛みに叫びつづけていた。
「ひーちゃん! ぶ、ちょう!?」
 聞きなれた声にヒサキは、振り返った。息を飲んだ声は、
「相羽先輩……」





 眠い。眠いのだよ明智君。

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