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今日の「三題」話

■連載中のlog
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 風は気持ち悪いほどに生暖かかった。
 血の匂いを含んだ赤い風は肌から染み込むようにしてじわじわと体を染めていく。
 沢村ステラは、ただじっと地面に座り込み何かに耐えるようにして蹲っている。目の前をヒサキが走り去ってから、どれぐらい時間がたっていただろうか。既に頭上で吼えていたワンの声もぼんやりとしか聞き取れない。
 自分が自分でなくなりそうな感覚に、ステラは体を必死に抱きかかえることでしか抗う術を知らない。いや、ほかに彼女に選択肢は無かったのだろう。じっと。ただじっと、その場で膝を抱え歯をかみ締め、体中に力を入れて彼女は必死に耐えるのだ。

 ――助けて。
 相羽カゴメは、すぐに行くといって電話を切った。彼女の家から此処までがどれほどかかるかなんてステラは知らない。朝になるまでにはつくだろうという、当たり前のような予測しか出来ない。ただ待つしかないと、その事実が余りにも重く目の前に転がっていた。
 自分の呼吸だけが時間を刻んでいる。
 静かだと思うことすら許されない。ただ、頭の中に自分の呼吸だけが定期的なリズムで転がり込んでくる。
 いつから自分は世界を捨てたのだろうか。
 隔絶された自分が特に寂しいとは、感じたことは今まで無かった。だから、いつから自分が一人ぼっちになっていたかなんてステラは思い出せない。
 親に気味悪がられ、幽霊の話をしなくなってからどれぐらい立っただろうか。離婚してもう顔すらおぼろげにしか思い出せない父親は、今何をしてるだろうか。どうせ出会ってもわからないし、言葉も通じないだろう。
 もう自分は生まれた国の言葉は話せない。
 ――こんな髪の毛をしてるくせに。
 視界にはいったのは、夜を寄せ付けない金色の髪。自分の目は青いし、肌は日に当たったらすぐに赤くなるほどに白い。
 これほどに違うくせに、特にそれが差だとか、劣等感に繋がってないのは、間違いなく他を根絶してきたからなのだろう。差は、他と比べて初めて生まれる。他と交わって、初めて存在する。それが差。その点だけは良かったのかもしれない、ステラは思う。
 もとより他を切り捨てた時点で、感情に起伏がなくなるのはわかっていた。むしろそれが目的であった。ワンたちと共に居るために、観念を見ず、過去を振り返らず、未来を望まず、思いを動かさずただ見上げるようにその場に立ってきた。
 幽霊なのか、今になってはわからない。ただ、ワン達の存在が居るのは確実で、そしてそれは何も持っていないものにしか見えないというのだけはわかっている。
 彼らに恐怖を望めば、そのまま恐怖が帰ってくるだろう。希望を望めば、きっと神でもみえるかもしれない。彼らはその程度に主体性が無い。己を確定していても、それは生きる人々の思いによっていかようにも上書きされてしまう、余りにも脆弱な存在なのだ。
 子供の頃は、一緒に遊べた。
 大人になり始め、見えなくなる彼らが嫌だった。
 藁にもすがった結果は、結局遊ぶという行動すら出来なくなった自分と、誰にも理解されない友達の存在だけだった。
 結局、自分が一人になるのが怖くて逃げこんだ先が袋小路なだけの話だ。
 ――助けて。
 車に轢かれそうになったとき、ヒサキが伸ばしてくれたあの手を未だに覚えている。
 ステラは、思い出し一瞬体を振るわせた。
 きっとあの手は、自分をその袋小路から救い出してくれる手だった。
 いや、そうだと思った。思いたかった。
 けれど違った。
 彼はただ、知人を助けるという、ただ至極当然な反射をしただけだったのだ。それは、きっと誰もがもってる反射だ。
 落ちかけた花瓶に手を伸ばそうとする。飛んできたボールを慌ててキャッチする。そんな程度の優しさだった。
 ただ向けられたのが初めてだったから自分が勝手に勘違いしただけだ。
 自分はただ哀れだと、思われていただけだ。
 ――助けて。
 同情を、好意と勘違いした己が滑稽で仕方が無い。
 頬を伝った涙が、他人事のように口の傍にたどり着く、口の中に塩味を広げていく。きっと鼻水も出てる。きっと、自分は限りなく無様なのだ。
 ――助けて。
 相羽先輩はこない。なんだか体が熱い気がする。視界が赤く染まってるが、それがなんなのかわからない。
 ただ、もう誰も此処にはこない。そんな感情がストンと、胃のあたりに落ちてきた。 
 それもそうだ。自嘲気味に笑うと、肩甲骨の辺りが痛みを発する。もう体もまともに動かなくなっているのかもしれないが、見捨てられて当然の自分ならそれも仕方ないだろうと思う。
 ヒサキは、例え同情だろうが自分に手を差し伸べてくれた。それを振り払ったのは自分だ。だから、彼が他の人と共に居るのは自分が招いた結果なのだ。
 周りを捨てたから、周りが見えていない。だから人と関われば、盲目の自分は人を知らずに傷つけているのだ。きっとヒサキ以外だって、そうなのだ。
 芳田が部活を廃部させたことも、志茂居が死んでいたことも、相羽がこないのも、ヒサキがユキと共にいることも、ユキが壊れてしまったことも。
 きっと何もかも、自分が他人と関わって生きていけない所為なのだ。
 だから、
 この結果は、
 どうしようもなく、
 当たり前のことなのだ。
 ――助けて。
 なんだか、ずっとヒサキのことだけを考えている。ステラはそのことに思い当たり、思わず苦笑した。体を抱え、爪を立てた足は血の感触があるが痛くは無い。流れている涙は、なんだか他人事のようで塩味がするていどで。鼻水もだらしなく垂れている。
 鼻の奥がツンとする。ヒサキは今、ユキのために泣いているだろうか。
 なら、自分は彼のために泣こう。そして、この世界にサヨウナラを言うのだ。
 もうこれ以上人を傷つけちゃいけないから。
 
 ――助けて、ヒサキ……。
 
「沢村ぁぁぁ!」
 なんだか聞き覚えるある声が聞こえる。なんて都合のいい脳みそをしてるのだと、ステラは自分が情けなくなる。最後の最後までただ助けを求めて蹲ってるだけだ。何もしない自分が、誰かに助けられるなんておかしい。
 だからコレは、幻聴だろう。でももしかしたら。
「沢村っ!」
 今度ははっきり聞こえた。相羽先輩が来たのだろうか、回らない頭でステラは顔を上げる。
「何だよこれ! おい!」
「……ひ、さき」
 赤い赤い世界の向こう、のっぺりとした暗い空を背後に、ヒサキが立っていた。幻覚じゃない、それはわかる。だけど、なんだか現実味が酷く薄い。
 何で。
 何で自分は、ヒサキを見下ろしているのだろうか。





 あれだ、えーっと。寝よう。

 もうすぐ30万ヒット〜

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