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今日の「三題」話

■連載中のlog
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 ステラの目には、既に精気はない。見上げるヒサキに気がついたのか、ぬるりと視線がヒサキを捕らえる。まるでもう人間じゃないと、そういっているような視線だった。
 ヒサキは真正面からその視線を受けてステラを見上げている。
 地面から立ち上っているように見えた赤いものは、血ではなくそして実際に流れてるわけでもなかった。何か別の存在。だが、それが何か判らない。思わず伸ばした手の先が、赤い柱に触れた。

「!」
 感触は無かった。しかし、柱に触ったという感覚はある。それはなんとも現実味の無い感触で、頼りなく儚げにヒサキの手を触っている。
「沢、村?」
 見下ろしてるといっても、ヒサキより体半分ほど上。今、手を伸ばしてるさきにはステラの足があるはずだ。そう、普通なら此処には足が。なのに足はもっと下に、手は大人三人でも抱えきれないほどの太い柱の端にかかっている。
 四肢が伸びたわけではない、というより、既にバラバラだ。信じたくない物が目の前で自己主張をしている。ああ、なんて気分の悪い光景なのだろう。
「……ひ、さき」
 まるで水の中みたいに雲って震えて聞こえるステラの声。柱の中に入れた手をあげ、ヒサキはステラを探る。
「!」
 その瞬間。嫌な感触が手にくる。ぶよぶよした、柔らかくも硬くも無いようないような感触。ヒサキはそれが、人間の手だなんて気がつかなかった。
 ゆっくりと引きずり出すように、その何かを掴みヒサキは手を引く。
 ず、と出てきたのは白い、いやに白い、
「ひっ」
 ステラの手だけだった。
 肘の辺りから切れ、ただでさえ白いステラの手は既に血色を失い真っ白といっていいほどの色をしている。意志のない体の感触の気持ち悪さに、ヒサキはステラの手を取り落とす。
 地面に、重たい水袋が落ちたような音がした。
「もう、崩れるのは時間の問題だな」
 言葉にヒサキは後ろを振り向く。ムトウとよばれていた男は、ステラを見上げて舌打ちを一つ。
「やはり、全部予定どおりなんだな。さっき走っていた相羽さんとやらと、鉢合わせするコースを選んで俺たちは逃げていたらしい。賀古井の先導によって、俺たちは彼女から距離を離し、彼女を助けにきていた人すら捕まえることになったわけだ」
 ヒサキは崩れ落ちるように地面に座り込んだ。目の前には、ステラの手がある。諦めないと誓ったのに、もう既にステラは崩壊を始め成す術はない。
 なにもかも。
「もう――」
 何もかも全て。
「ああ、もう崩壊は決定済みだ」
 どんなことになろうとも、加賀ヒサキの存在というのは世の中に全く影響しない。
「何もできないんですか」
 力なくうな垂れて、見上げた赤い柱に、精気の無いステラの顔が浮かんでいる。見え隠れする髪の毛はゆらゆらとまるで水の中に居るようにゆれて、赤い柱の色さえ寄せ付けない綺麗な金髪は今だ健在だった。
「ひとつ、計算外だったことといえば、俺がいたことぐらいなのかもしれないな。少なくても、このこはまだ完全に崩壊はしていない。だがどうしたといえば……どうもできないんだけどさ」
 後ろで、なにか切れる音がしてヒサキは振り返る。男が握り締めた拳から血が滲んでいるのが見えた。皮膚の切れた音なのだと理解し、ヒサキは振り仰ぐが男は視線を合わせようとすらせず、じっとステラの事を見ている。
「また」
 ステラはじっとヒサキを見下ろしていた。ただじっと。
 自分は、じっとステラを見上げている。何も出来ずに。
「また僕は諦めるのか」
 呟いた言葉は、力なく風に乗って消えていく。

 もう、自分がだめなのはわかっていた。ステラはヒサキを見下ろしている今の自分がどうなってるかわからない。体の感覚は気迫で、さっきからずっと蹲ってるようにしか感じない。けれど目から入ってくる情報は、それを否定している。
 ヒサキが自分の手をもったのに自分はそれを感じることすらできなかった。
 それも当然だ、その手は既に体からちぎれている。
 体がボロボロになったのかもしれない。醜い姿をヒサキに晒しているという事実に、少々の羞恥を感じるが、かといってもうどうしようもないという諦めが頭の中で錘のようにのしかかっていた。
 何を求めたって、結局全部なくなってしまう。求めたところで、何も変わらないのならもう求めることすら無意味。
 親の愛が欲しくて泣いて、親はいなくなり。友達がほしいと心をすてて、友達はいなくなった。結局何も得られないのだ。きっと自分はそう言う結末しかまってないのだろう。ステラは、ヒサキを見下ろしながら思う。ヒサキが、泣きそうなめで自分を見上げていた。
 ヒサキに対する自分の感情をステラはよくわからない。恋愛だろうか、それとも別の物だろうか。あの時車に轢かれそうに成ったとき、手を差し伸べてくれたヒサキをステラは覚えている。それは久しく忘れていた安堵を与えてくれる物だった。まるでヒヨドリが始めてみたものを親と思い込む、そんな刷り込みのようなものかもしれない。
 でも、それでいいとステラは思う。刷り込みだろうが、その思いに偽りはないから。求めてなくなろうが、求めずに得られない結果でも、自分が久しく忘れていた思いは確かに今此処にある。だからそれで満足だった。このまま、体がボロボロになって溶けて消えても――
『だめ……だ! ステラ! 頼む、おい!!』
 それは、遠くで聞こえる、古くからの友人の声。かすかな声に、ステラは一瞬周りを見回したがやはりワンの姿は見えなかった。
『もう……声も聞き取り……と……けど。頼む!……聞いて。……』
 かすかながらワンの声が聞こえる。答えになるかわからないが、ステラはなけなしの力で頭を動かした。
『いいか、もう。俺はステラから見えなくなる。……ら、一つだけ……たいことがあるんだ。忘れないでくれ、心は……どこにも届かない……だか……言葉に出さなきゃ……だめだ!』
 もう、耳では確かに聞き取れないが、ワンの声が聞こえる。
『いいか、待ってちゃだめだ。言わなきゃだめだ。忘れるな、心はどんだけ広がってもどこにも繋がってないんだ、だから言葉に出して伝えないとだめだ。甘えてたって、期待したってだめなんだよ! ちゃんと、言葉にしなきゃだめだ。早く、叫べ! ステラ……なに諦めてんだ! 早く! さぁ!』
 ワンの声はその叫びを最後にブツリと聞こえなくなった。
 どうせ終わる。何をしてもしなくても終わる。
 なら、せめて。
「ひ、さき……」
 見上げていたヒサキの目がしっかりと此方に焦点を結ぶのをステラはみた。
「お願い……助けて――」

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