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今日の「三題」話

■連載中のlog
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 ステラの声はか細く、なんだか非現実的な響きをもってヒサキの耳に届く。
 見上げた先、赤い柱の中は濁っていてよくは見えない。柱は完全に空の上まで突き立つようにそそり立ち、わずかながらステラの体は上へと登っているようにすら思える。
 赤い、赤い柱だ。
 それはまるで、地面に突き立つ断罪の剣。

 助かる結果は一つも無く、許されない事は地面に貼り付けられた。まるで楔のようでもあり、天から突き降ろされた剣のようで、余りの強大さにヒサキは愕然とした感覚を得る。
 納得したときの、あの感覚。
 すとん、とまるで腹の中に何かが収まるようなあの脱力感。それは諦めのようで、それでいてもっと安心できるようなそんな感覚だった。
 ヒサキは、一瞬脱力しそうな思考に驚き頭を振った。何をやっているのか、何故自分は膝を尽き、ステラを見上げて動こうとしないのか。
 気を抜けば萎えそうになる心を振り払うように、ヒサキは立ち上がり手を伸ばす。赤い柱には、全く手ごたえは無く、そのままステラの体に手が届いた。
 一瞬服ではなく肌の感触に驚き、体から力が抜けそうになる。それどころではない、そう言い聞かせるが変なところに羞恥心が働き上手く体が動かなかった。
「ひ……さき」
 ステラの顔が見える。怯えたその表情が、一瞬にしてヒサキ体温を下げた。頭の芯から一気に冷えていく感覚。もう余裕は無い、いやもう――余裕なんて物はなくて。
「今、助ける」
 絶望的だろうが、決定された結果だろうが関係ない。そんな物はもう、諦める理由にすらならない。しっかりとステラの体を抱き、ヒサキは赤い柱から離れた。
 まるで神経をごっそりと持っていかれるような、吐き気を催す違和感。
 それは、ステラの体の重さ。
 余りにも軽いそれは、赤い柱から連れ出されていくにつれ、理由を夜空の下に晒していく。
 ――ステラの体は、すでに四肢が完全な形で残ってはいなかった。
「これが、向こう側に落ちるってことなのかよ……」
 後ろで、男が呟いた。余りに憤り、そして怒りに満ち満ちている声に、周りの温度が上がったように感じる。
 ヒサキは、その言葉をなんだか他人事のように背中で聞いていた。腕が取れたときからわかっていた。もう片方の手は、肘から先がなく足は右足が全くなく、左足に至っては太ももの辺りから喪失している。
 痛々しく見えないのは、きっと何もかもがおかしいからに違いない。
「沢村」
 ヒサキの声に、ステラの目だけが答えるように動いた。
 綺麗な金髪は、初めてあった時のままで、綺麗な白い肌もいっしょだ。
 見下ろしていたヒサキの目の前で、ステラの残りの腕が落ちた。
「!」
 それは、まるで皿から何かおちるかのような自然さで、重力に引かれていく。
 水っぽい音をたて、肘から上が残っていた手は地面にあたる。
「崩壊してるんだ、これが……そうかコレが賀古井の」
「正解だ。ムトウ」
 迷いの全く無い、非の打ち所の無いような自信を乗せた声。
 驚きに振り返ると、賀古井が立っている。有賀真衣はおらず、芳田の姿も見えない。相羽先輩の姿も見えず、ヒサキは一瞬顔をしかめ周りを見回した。
「そろそろ終わりにしようか。沢村ステラのこともよいが、もう一人の原初のことをわすれてないか?」
「! おまえ」
 ムトウとよばれた男が叫んだ瞬間。学校から離れた場所。まるでステラの赤い柱に呼応するように、赤い柱が突き立った。しかし、その柱はステラがいた柱と違い二股に分かれて空に広がっている。
 それはまるで、赤い翼のようにゆっくりと鎌首をもたげ空を突き抜けて広がる。
「あの子供は、病院で生まれた頃から入院していたそうだよ。両親の姿は、記憶にもないそうだ。滑稽だろう? 育ての親は看護師だというのだから。絶望すら理解しないまま、世界から取り残された子供の末路、といったところだな。寂しさを知らないというのは、同情をきんじえないが、かといってどうしてやることも出来ないのだけどね」
 賀古井の言葉に、ムトウが一歩後ろに下がる。
「ああ、そうそう。ムトウ。有賀真衣がなぜ剥がれ落ちたか知りたいか?」
「やめろ……」
「いいや、貴方は知るべきだ。それにもう、気がついているのだろう?」
「やめてくれ!」
「貴方が、捨てたからだよ」
 賀古井は笑う。乾いた感情のない笑いは、いやに夜空に響いていく。
 ヒサキは、それをなにもできず眺めていた。
「加賀ヒサキ、沢村ステラは君に捨てられた。今更何をしても彼女はすでに世界から剥がれ落ちたのだ。自ら、望んで、選んだのだよ」
 ヒサキは無表情に賀古井を見つめていた、言葉は届いているのか一瞬目に驚きが混じるが、それは知らない事実を突きつけられた驚きというよりは、言われたくない既知の事実を突きつけられたという目だった。
「ひさき」
 ステラが居る。ちぎれた手からは、血が流れつづけている。地面に広がった赤い血は、どこにこれほどあったのかというほどに広がっていた。
 地面に広がった血が、流れていくのが悲しくて。何度もかき集めて、結局何もならないのに何度も涙と鼻水に濡れながらかき集めつづけたあの記憶。
 本能がつげている。もう、沢村ステラは助からない。
 ライナのように。
 呆然と、ヒサキは見下ろしていた。寂しげに見上げているステラは、言葉を発するのも大変なのか、薄い呼吸を何度も繰り返している。
 と、いきなり視界がふさがった。
「!」
 すぐにふさがった視界は、元に戻る。が、ステラの体は何かに覆われて見えなくなっている。
「女の子、裸のままってのは関心しねぇーな。後輩」
 軽薄な声。
「浮気は、甲斐性。ばれたら謝れ」
 咽るほどのタバコの匂い。
「許してもらえるまで」
 夜空をバックに、ピアスとチョーカーが光を反射している。茶色い髪は夜空に全く溶けず風にゆれていた。
「諦めるな」
「先輩……」
 そして、湯木は一度もヒサキを見ずに走り出した。歩みは一瞬にして疾走に、振りかぶったのは小ぶりのナイフ。
 剣の軌跡は、余りにも実直で美しい直線だった。
「先輩!!」
 賀古井の笑いだけが、なぜか嫌になるほど網膜に焼きついた。





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