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今日の「三題」話

■連載中のlog
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 目の前を走っている湯木の姿。ヒサキは何も出来ずその背中をただ眺めていた。手にはステラが抱きかかえられたままヒサキを見上げている。
 助けてといっていた、でもどうしたらいいかわからない。自分がなにも出来ないことに、愕然とするが、このままではいけないとも思う。
 と、目の前で銀色の直線が途切れた。硬質な、金属の音は夜の空にまるで刺のように突き刺さり、一瞬にして消える。
 続いて、少しこもった音がした。ナイフが土に突き刺さった音だ。
「さて、無知で居ることは罪ではない、無知をしって無知で居るのは罪だが。湯木カズ、失敗作、貴様はどっちだ?」
「ナイフは一本だけじゃないんだよっ」
 直線ではなく、円弧。巻き込むようなその動きは、やはり同じ金属音に防がれた。
「何が起こってるのか、わかっていないのか! 湯木カズ、大勢をみろ。もう二人は、向こうへ落ちる。四人だ、四人もそろえば世界は前に進める。選択を誤るな、下らない感情を切り捨てなければ答えは得られないぞ」
 賀古井が突き出したナイフを、湯木が腕ごとつかむ。力で押せないことに、湯木は一瞬驚いたがすぐに現状を飲み込んだ。一瞬でも気を抜けば、喉を切り裂かれる。必死で押さえ込むが、なぜか膂力は拮抗していた。
「し、るか! アンタは俺たちを、ステラちゃんをあんなにして、後輩をあそこまで悲しませて そんな奴が正解なわけ――」
 一歩前に。
「ないだろっ!」
 賀古井を無理やりに投げた。背から地面に転がる賀古井を見下ろして、湯木は携帯をとりだした。
「アンタがよび出したんだ、どうせこないと思ったんだろうが失敗だったな。カゴメから大体はきいたさ。此処にくるまでにな。そこまでして何がしたいんだよ! こんだけ殺して、何ができるってんだ!」
 湯木は賀古井を睨みつけるが、賀古井は全く物怖じせずにその目を見つめている。感情のない、静かな目だ。
「偽者がいくら死のうが関係はない」
 ゆっくりと賀古井は、立ち上がる。
「この世界は、取り残された残りかすが、ただ同じ時間を繰り返している児戯にも等しい存在なのだ。その児戯を保たせるために、私や有賀はこの時間に唯一の影響力として残された世界の自己保存能力という、至極傲慢な勝手極まりない力によって己を削り世界をたもってきた」
 一息。湯木は、賀古井の雰囲気に推され一歩あと退った。
「そして、我らが己の存在を使いきり、消え去った後にはあの原初の少女と、沢村ステラが変わりに当たることになっていた。いや、これは予想でしかないが。だいたい、私と有賀の存在が完全に磨り減るまで残り一億回以上、この八十八日を繰り返す。貴様にわかるか、湯木カズ。現在我らは、三千二百九十七回。役二十九万日をすごしてきた。年数にして八百年近い歳月をだ。わかるまい、肉体がいくら滅びないとはいえ、精神は常に磨り減っていく。こんな偽者を生かすためだけに、私は犠牲になっているのだ。お前にはわからない、結局のところ死ぬ行く世界を、延命という途方も無い浪費のためだけにこうして苦汁を飲まされてる虚しさを」
 虚ろな目だった。賀古井の表情は次第に感情を無くし、まるで人形のように静かで動かない。
「それが……人を殺して良い道理になるかよ! アンタがやってきたことは、友達が出来て、これから学校生活だと前を向いた人間を絶望させただけだ。信じてやってきた後輩たちを裏切っただけなんだよ!」
「偽者なんだ。どうせ終わればまた同じ時間から始まる。貴様のその言葉、聞き飽きるほど聞いたさ。何度も失敗しているからな。湯木カズが憤った後輩たちは、死んだり裏切られたりしていったが……君は毎回同じことを私に言う。志茂居ケイタも、私に首何回か首を切られているが、そのつどなんだかわからないといった顔で死んでいったよ。何度も繰り返した物語ほど下らないものは無い、もう飽きた。貴様のその口上も、志茂居のあの視線もだ」
 その言葉に、湯木は口をつぐんだ。勢いに押されたのか、何を言っても無駄だと悟ったのか、湯木の背中から何かが落ちるようなそんな感じがした。
「偽者を本物に変えるための犠牲だ、一人二人の犠牲でその他大勢が救われるなら、何の問題もあるまい。そら、有賀真衣もそろそろ時間だ」
 いって、賀古井は首を傾げた。湯木の影から、ムトウを覗き込むようにして、視線だけで皮肉をこめて賀古井は笑う。
「ムトウ。貴方が見捨てたこの世界が、本物にとって変わるときが来たんだよ。沢村ステラの体は既に崩壊している。後は、加賀ヒサキが諦めれば全てが終わる。まぁ、諦めなくても時間がたてばそれで問題ない。世界は、そうなるようになっている。人がどれほど足掻こうと、結果は運命付けられているんだよ。人間が何かできるとは思わないことだ、私は気が遠くなる時間を繰り返しやっとここにたどり着いた。世界を捻じ曲げるのに、八百年。わかるか、たったコレだけの事象を並べ立てるのに、八百年かかったのだよ。後二人、後二人……それが今叶う」
「部長……もし、一人でもかけたらどうなんだ?」
 湯木の言葉に、一瞬賀古井は目を細めた。
「成功はしない、完全に元に戻る。そして世界は磨耗し、消えていく。白い人を見ろ、磨り減った現在は、既に過去の時間を塗りつぶすことすら出来なくなっている。私と有賀の存在はあと一億回は持つが、すでに世界はそんなには持たない。もって後二回。世界は過去を塗りつぶすことが出来ないまま、時間というものをなくし混ざり消えるだろう」
「な……」
「私を止めるか? それは確実にこの世界を消すことになる。私は世界を救う。どけ、湯木。何をしたところで結果はかわらん」

 賀古井の言葉はヒサキにはよくわからなかった。もうすぐ世界が終わって、部長は八百年ものあいだ同じことを繰り返していたらしい。世界は偽者だから、本物にするためにステラと、あの幼い女の子が必要だった。
 見下ろした先には、もう、上半身しか残っていないステラが居る。痛みは薄れたのか、もう感じないのか、少し落ち着いた表情をしていた。
「わたしは」
 ステラが口を開いた。
「私は、満足。もう、いい。ヒサキ」
「まん、ぞく?」
「こうして来てくれた、それだけで満足。だから、もういいよ。私が向こうへいったら、ヒサキは助かるんでしょう。だから、それなら私はかまわないから」
 しっかりとした言葉だった。回復しているのではと思うほど。だが、確実にステラの体は時間と共に削り取られていた。
 ヒサキの腕の中、それでもステラは笑った。透明な、諦めと納得に彩られた笑顔。
 その顔を、ヒサキは知っている。その表情をヒサキは知っている。
「だから、もういいよ」
 それは。
「ありがとう」
 諦め。




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