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今日の「三題」話

■連載中のlog
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 全くためらわなかったわけではないと思う。
 ただ、それが一欠けらも後悔がない。というほどの物ではなかったのは確かだ。一瞬は頭が拒否したし、それが何になるのだと疑問すら浮かんだ。
 けれど、何もしないで諦める選択はしたくなかった。
 ヒサキは、驚きに目を見開く。その瞬間、腕のなかで今にも崩れるステラを見た。

 もう、他に選択肢はなかった。コンマ一秒だって、余裕はなかったのだ。いいわけだろうか。それとも、もっと別の答えだったのだろうか。
 口に広がるのは、血の味と脂肪の味。
 胃からせりあがったのは、本能からくる嫌悪感。
 それは、共食いという罪。けれどそれがどうだというのだ。ヒサキは歯の根がかみ合わないままに、無理やりに嚥下する。
 既にステラの体は形をたもっていなかった。腕の中に残っているのは、すでに――
 ステラだった物だ。

 涙が鼻に流れ込んで咳き込む。口の端についた血を拭い、手の中に残っている赤い塊を。
「やめろおおおおおお!」
「もう遅い!」
 ムトウの蹴りにまた賀古井が吹き飛ぶ。だが、すぐに立ち上がった。ダメージは残っているというのに、賀古井は平然とまたヒサキに詰め寄ろうとする。それは八百年間という気の遠くなる時間が生み出した狂気。
 けれど、その狂気もヒサキには届かなかった。涙と鼻水に汚れ、目は既にどこを見ているのかわからない。それでもヒサキは体にのこった欠片を黙々と口に運んでいた。
 それは、最悪にして最低の光景。

『ごめんなさい……』
 ステラの泣き声が聞こえる。赤い塊を口に運べば運ぶ程、その声ははっきりと聞こえるようになる。他人の血の味も、自分の血の味も大して変わりはしないのだな、なんてどうでもいい事を思いながら、ヒサキは赤い塊を口に運んでいる。
 既に肉ですらないそれは、液体として溶け、地面にこぼれていく。それを必死ですくうヒサキの姿は余りにも狂気じみた格好だった。
『ごめんなさい』
 ステラの言葉に、どうやって答えたらいいのか、ヒサキにはわからなかった。だから、口の周りを赤く染めたまま彼は頭を横に振る。
 一瞬、脳みその隅っこで、ほっとした感情が伝わってきた。
 ああ、ステラは此処にいるのか。
 そんな、ありえないことがストンと頭の中に収まる。
 既に舌に感覚はなく、飲み込むことに躊躇はなくなっていた。だが、もう残りは地面に溶けて消えてしまった。ヒサキは口の端を手で拭いながら、じっと地面を見ている。
 ステラの大半が消えてしまったその場所を。
「やり直しだ……すべてやり直しだ……全部終わりだ」
 賀古井が膝を突いて倒れこむ。それをムトウと、湯木はただ何もせず見下ろしていた。
「向こうは手遅れ、か」
 見上げてムトウが呟く。羽のように広がっていた赤い柱は気がつけば空に溶け、既に見えなくなっている。
「なぁ、世界が消えるってほんとなのか?」
 湯木が呟く。その場違いな言葉に、ムトウは一瞬目を見開いた。
「お前、何もわかってないのこんなことしてたのか」
「ん? 俺は頭悪いからさ、よくわからん。部長と有賀ってひとが世界を支えてたってことか? それが増えたらどうなるんだ?」
「こう、くるくる時間が回っていて」
 そうやって、ムトウは湯木の目の前で指先で、円を描いた。
「んで、増えると上に向かう」
 水平に描いていた円を、上に。螺旋を描くようになる指先。
「ほー、で。その上に向かえば世界は救われるのか」
「いや、既にこの先には同じ世界があって、先の世界を壊すことになる」
「ふーん。つまり先客を殺してまでやることじゃないと」
「そういうこと」
 ムトウの言葉と同時だった。
 それが何の音か、理解するより早く事態が動いた。
 ヒサキには見えた、賀古井がナイフを拾い上げる姿が。
「部長!」
 思わず叫んだのは、そのナイフが湯木やムトウをねらった動きではなかったから。
『部長』
 すがるようにヒサキは飛び出す。頭の中にステラの声が響いた。
 まるで体を二人で動かしているような、嫌に反応の良い体に驚く。ポケットに入っているのは、部長にもらったカッターナイフ。
 取り出しながら前に。湯木とムトウも気がついたが、話していた所為か動きが鈍い。
 手もったカッター。その手を支えるようにステラが手を伸ばしてくれる感覚。
「だめだ!」
 突き出した。まるで転がるように、無理やりに伸ばしたカッターの刃先、賀古井が己の首につきたてようとしたナイフが当たる。カッターの刃は弱く、すぐに折れるがナイフを止めるには十分だった。
 その間の勢いでヒサキは賀古井を押さえ込むように飛びかかった。腕にナイフが突き刺さったのがわかった。痛みより、熱より、ナイフ自信の冷たさが一瞬肌を突き刺す。
「じゃ、まをするなあ!」
「部長っ!」
 思ったよりも強い力で、掴もうとしていた腕は弾かれた。同時、腹をけりこまれヒサキは仰け反る。
「もう、終わりだ。加賀ヒサキ、最後に良い事を教えてやろう。夜が明ければ、この世界には終わりが来る。またやり直しだ。また加賀ヒサキを部にいれて、同じ事を繰り返そう。そして、また沢村ステラは向こう側に落ちる。は、ははは、ははははは! ほんの少し、あとほんの少し学校から離れるだけで全ては解決するのだからな!」
 ちがいなかった。赤い柱からステラを救出できたのは、どうしたって距離の問題だった。
「……部長」
 そして、ヒサキを笑いながら賀古井は手に持ったナイフを振りかざし。
『部長!』
 ステラが叫ぶが、大勢を崩した体は反応しない。
 黒い夜空は、本当に一色で、風景は輪郭を残して空と同じ色に染まっている。殆ど一色といって良いその世界をバックに、賀古井は振りかざしたナイフは綺麗な銀弧を描いて。
 賀古井の喉に突き刺さった。
 ナイフは引き抜かれ、真っ青な顔で賀古井がヒサキを見ている。首からはとめどなく流れる血。跳ねた血が、ヒサキの頬にぽつぽつと当たってすぐに冷える。
「う……あ……」
 賀古井の体が細かく震え出した。ゆっくりと命が流れ出る、目の前でそれが消えていく瞬間をヒサキは何もせずただ見上げていた。
 ゆっくり、ゆっくりと賀古井は笑いながら地面へと崩れていった。




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