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今日の「三題」話

■連載中のlog
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ヒサキの手は、まるで吸い込まれるように赤い柱へ吸い込まれる。壁に体を打ちつけながら、有賀真衣が叫んでいるのが聞こえた。
「やめなさいっ!」
 けれどその手は、止まらないし止めるつもりもなかった。届いた瞬間、まるで泡を掴んだような便りのない感触。
 そして、目の前で赤がはじけた。
 間に合わなかったのだ、結局。
 ゆっくりと、地面から赤い柱が消えていく。

『間に合わなかった……』
「でも」
『うん、助けられた』
 殺すことが、助けることだなんて全く皮肉めいて最悪だ。体に染み込んだ、人を殺したという油はきっとどれだけ洗っても落ちることはないのだろう。
 でも、このまま彼女が賀古井や有賀のような存在になれば、世界が救われる前に彼女が不幸になる。
 白い体が揺れた。真っ暗な世界に日が昇り、空は青く染まり始めている。世界の終わりが来るなんていうには、余りにいつもの夜明けだ。それに終わらないで、またやり直しになるだけだ。
 今度の自分は、諦めないでいられるか。漠然とした不安のなか、見上げた空は青白い。
『ヒサキ、まだだよ。まだ、皆助がたすかっていない』
 ――どういうことだろう?
 疑問に立ち尽くす。
『柱がなくなれば、全部なくなれば、きっと世界は救われるもの』
 柱というのは、賀古井先輩や有賀真衣のことだろう。部長はもう死んだ、己から首を切り絶命したのだ。
『あの子供をあのままにしようとしたのは、自分が死んだときの保険だよきっと』
 ステラは既に柱ではなくなり、子供はいま柱ではなくなった、賀古井は次が始まるまで世界に存在はせず、いま柱は有賀真衣一人になった。
 それはわかる。
 しかしそれがどうだというのだろう。
『世界が偽者なら、きっと柱がなければ世界はきえちゃうんだ』
 じゃぁ、もし本当なら。
『本物なら、きっと世界は大丈夫。皆助かる。もう死んだ人は帰ってこないけど』
「良くわからない」
「ヒサキ?」
 ムトウが振り返る。
「有賀さんを殺したら、世界は救われるって」
 ヒサキの言葉に、一瞬有賀真衣は目をそらした。多分それが、答えだ。
「どういうことだ?」
「世界が偽者だったら、柱の人がいないと世界は時間を……えーと……」
『世界はもどらない』
「もどらない……らしいです」
 頭の中にいるステラの言葉をただなぞるようにヒサキは呟く。
「でも本物なら。世界はきっと大丈夫だって……そういってます」
「誰が?」
 ムトウの言葉に、ヒサキも首を傾げる。そうだ、誰だ。
『ステラだよ……』
「沢村が……なんか頭の中に」
 頭の奥で、少しがっかりした感覚が広がった。
「それは、本当、だ」
 ムトウに殴り飛ばされた有賀真衣が立ち上がっている。あの小さな体で、なんという回復だろうか。
「だが、残念ながら、この世界は偽者。柱がいなければ消滅するの」
「本物は別にいるってことですよね、それ」
「そう、私たちは世界の残りかすとか残響みたいなもの。このまま消えるのを待てば良い。それは世界のあるべき姿だから」
「消えろっていうんですか。永遠同じ時間を繰り返して、まだ初めからやり直せって」
「世界は偽者、私を殺したところで世界が消えるのが早まるだけ。だから、諦めてこのまま巻き戻りなさい。どうせ何もかも忘れて初めからやり直すだけなのだから」
 それは、何か違和感のある言葉だった。どうしてだろうか。世界が消えることは変わらないのに、なんでだろう。ヒサキはその疑問に動きが取れなかった。
『あの人は、自分が死ぬのが怖い。どうせ世界は、消えるのだから無理に死ぬ必要は無いと思ってる。でも、私は世界は消えないと思う。自分は本物だって思えるから』
「僕は、自分を本物だとは思えない」
 だから、世界が消えるかもしれないと思う。自分じゃないほかの自分が本物で、その本物は今も普通に学校にかよって普通に暮らしている。そう信じたい気持ちが、どこかにある。
『違うよ、ヒサキ。皆本物だよ。同じ時間を繰り返してる私たちも、未来に進んだ私たちも、みんな本物だよ』
「諦めなさい。加賀ヒサキ。偽者は偽者としてただ在るがまま消える運命。世界の流れは誰にも変えられやしないのだから」
「僕は、偽者、ですか」
「そう、偽者」
『違う!』
 でも、自分を信じることは中々出来ない。視線を落とした先、アスファルトに影が出来始めている。
『ヒサキは偽者なんかじゃない!』
「僕は僕を信じることが出来ない」
 最後の最後になって諦めてしまうのか、だけどそれも自分らしいといえばそうなのかもしれない。だから、前に進もうとした足はもう、根がはえたかのように動かなかった。
「おれはさ、後輩。あたまわりぃからよくわかんねぇんだ」
 振り返ると、湯木が倒れたカゴメを抱き抱えてたっている。
「でもさー、こいつはここにいて」
 湯木の胸の中で寝ているカゴメは、どことなく幸せそうだった。
「後輩はそこにいて。部長も志茂居もしんじゃったけどさ、二人とも死んだことまで嘘にして、自分が本物じゃないってどういうことだよ」
「え……」
「後輩、お前はその手で何をしたんだ。ステラちゃんを救えずに、部長を見殺しにして、志茂居の死体はほれ、あそこで放置だ。んで、今さっき苦しんでいた女の子を殺した」
 そうだ、僕は何もしちゃいない。ただ。
「それぜんぶなかったことにしていいとおもってるのか。後輩、俺たちはどうもだまされて部活に入れられた。カゴメは、自分の物を手放せない。他人を受け入れることができない。自分以外の世界は認められないんだ。俺は、味もにおいもわからん。目が見えて声が聞こえるだけでは、やっぱり世界はわかねぇ。でも、俺もカゴメも自分の事は本物だって思える。そんなむずかしいことかよ、どうしたいんだよお前は。なぁ、へんな理屈で迷ってるのは、そんなに正しいことなのかよ。俺に教えてくれ、後輩。お前が迷ってるそれは、そんなに大事なのか」
『私は本物だよ。ヒサキの中にいるけど、間違いなく私はここにいるもの。だから、絶対自分は本物だって言えるものっ! 私の気持ちは絶対に本物なんだから!』
「じゃぁ、僕は」
 自分が信じられなくても、
「先輩と、ステラを信じることにします」
 前に。



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