スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

今日の「三題」話

■連載中のlog
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 首筋を抑えている有賀真衣は、なぜか静かな目をしてヒサキを見ていた。
 それは痛みに憤る表情ではなく、このまま過ぎれば自分の価値だという希望と嘲笑の混じった表情でもない。
 まるで凪のような、静かな表情だった。首を抑え、まるでこうなることをわかっていたかのように、そして望んでいたかのように。
「どうした……加賀ヒサキ。その、左手を。此処に突き刺すだけで、おわるのに。なぜ、しないの」
 ヒサキの左手に握られた刃剥き出しのカッターナイフの芯。
 ヒサキの手のひらからも、そして刃の先にもべっとりと赤い血がついていた。ヒサキ自身の血も少なくはない。

 あと少しだというのに、その左手は痛みではなくもっと根元から動きはしなかった。
「どうした、ヒサキ。己の手が汚れるのが嫌だっていうのなら、俺がやってもいいんだ。君が、一言そういうだけで、そう願うだけでたちどころに願いをかなえてやる」
 ムトウの言葉に、有賀は苦笑した。
「は、ムトウ……あなたに殺されるのも、悪くはない。どうせ、何度も死んできた。この八百年、もう気が遠くなるほどに」
 失血のためか、有賀真衣はしゃべりきる前に地面に膝を突いた。軽い音が聞こえる。白い体に、白い髪のけ、それがまだらに赤く染まっている姿は余りにも凄惨で、身動きが取れないほどの姿だった。
『ヒサキ?』
 何度も諦めてきたのだった、だから諦めないと誓った。でも、犠牲の上に成り立つ世界は、やっぱり偽者のような気がする。
 と、携帯が震えた。忘れていた現実がまるで頭を打ち付けるように帰ってくる。太もものあたりで震える携帯だけが、まるで現実がかえってくると叫んでいるようだった。
 右手にあったカッターの柄を投げ捨て携帯を取りあげると、留守番電話のメッセージがあるという胸の文字が液晶に躍っていた。
 そういえば、そんな契約をしていたのだっけ。ヒサキは、センターに問い合わせる番号をおす。左手には、赤く染まるカッター。
 足元には、出血にあえぐ有賀真衣の姿。
 その光景は余りに気の狂った光景だった。
『メッセージが、一件、あります。メッセージを――』
 言葉をつなぎ合わせた、モザイクな音声が耳に届く。ガイドの音声が終わると、電話口できくあの雑音が――
 なかった。
 聞こえてきたのは、電話なんかではきけそうにないクリアな音声。
『ヒサキ様』
 ユキの声だった。
「ユキ……さん」
『ヒサキ様、このメッセージは私が壊れきる前に送ったメッセージです。電話会社のサーバーを介しているので、情報量は限られますが少々お付き合いください』
 壊れたと思ったユキは、最後の最後にメッセージを残していたのだ。一瞬左手がじくりといたんだ。
『ヒサキ様は、信じられないでしょうが現実に世界は閉じ込められています。ですが、世界というものは既に一秒一秒枝分かれする物ですから、こういった現象は珍しいといえます。現在、都紙博士は、この現象について調べたままいなくなっておりますが……いえ、物的証拠がない時点でこの論議は無意味ですし、主観が理解できない現象は無いといっても過言ではないですので割愛させていただきます』
 早口だが、しっかりと聞こえるユキの声は最後に聞いた声となんらかわらない声だった。なんだか懐かしい気すらする。
『ヒサキ様、ほんの数時間しか共に入れなかったことをお許しください。それでも、私はとても有意義な時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます。この感情も、コレを聞いているヒサキ様も、何者にも覆されないほどの真実だと、私は信じております』
 そこで、音声はブツリと音を立てきれた。
『メッセージは以上です、メッセージを残す場合は0を、消去する場合は8を――』
 ヒサキは0をゆっくりと押した。
『ヒサキ?』
「どうするんだ、ヒサキ。日が昇るぞ。いえ、有賀真衣を殺せと、俺に言え!」
 ムトウの言葉と同時、まるで地震のような世界の揺れる感覚が周りを襲う。ゆっくり、それは本当にゆっくりで、船が傾くような気分の悪さだった。
「いいえ……」
 握り締めた左手は、なんだか冷たい痛みしかしなくなっている。
「僕が」
 左手は、まるで吸い込まれるように有賀真衣の胸に突き刺さった。既に時間が巻き戻りはじめ、世界は物理的な境界を曖昧にし始めている。
 本当に……、世界はぐるぐると同じ場所を回っていたのだ。
 歪む空、溶け出す雲。風が降り、地面は舞い上がる。
 その中で、ヒサキは左手を抜いた。
 水風船を破いたような、そんな音と共に有賀真衣の胴体は崩れていく。
「……」
 肺がもうないので、彼女は何もいえなかったが、口元だけがヒサキに言葉を伝えた。
 だから、ヒサキは返事をする。
「ありがとうございます」
 ヒサキの言葉に、有賀真衣は破願する。まるで、子供をほめるようなそんな顔。
 同時、彼女ははじけた。
 まるで、柱を無くした建物のように、世界が落ちたのは殆ど同時だった。
『きゃっ』
 どうやら感覚を共有しているのか、頭の中でステラが叫ぶ。
「世界は偽者だったのかよ――」
 後ろで、湯木が叫んだ。揺れる。どうしようもなく。そして地面が此処にあるというのに、なぜか落下していくような感覚が体を襲う。吐き気のするような落下感覚。
「いや、世界に本物も、偽者もないです」
 握り締めたのは携帯だった。頭の中で、ステラが頷いた気がする。あたりをみると、相羽が目を覚まし湯木に抱きついている。
 二人は、そんな関係だっただろうか? 少ないが一緒にいた時間を思い出す。
『ヒサキは鈍すぎだとおもうよ』
 そんなもんだろうか? でも、いわなきゃ伝わらないものだからそんなものかもしれない。他人の思いなんて、あるかどうかわからないのなら、言葉にだして伝えなきゃ信じられない。ヒサキは、思う。揺れ落ちる世界のなか、この後どうなるかなんて興味はなかった。
 世界が消えるかもしれないというのに。
 同時、世界がぶれた。目眩にもにたその揺れは、まるで多重に重なり始め、そしてその重なりはどんどんと離れていく。
「いったい――」
 気がついたときにはぶれた世界は、視界から映らないほど遠ざかって消えていく。
 殆ど一瞬のその出来事の後、落下感がいきなり止まった。
『おさまった?』
 本当になんのタメもなく、ただ林檎を落としたかのようにストンと世界は先に進んだ。
 拍子抜けをしたヒサキは、その場に崩れ落ちる。いきなり左手に痛みが戻り、それどころか有賀真衣に蹴られた、わき腹が激痛を発し始めた。
 低くなった視界のなか、目の前に足が現れる。
「加賀ヒサキ。良くやった、と言いたいところだが、君は俺の友人を殺した」
 ムトウの声。振り仰ぐと、ムトウはポケットに手を入れ、コチラを見ている。
「ユキの願いは完遂された。もう、俺は君の言葉に縛られない」
 獰猛な笑みだった。やっと鎖から解き放たれた獣のようなそんな印象を受ける笑み。
「でも安心しろ、別に恨みで君に何かをしようとは思わない。ただ、君はその手で人を殺し、そして選んだ。選んだんだ、つまり切り捨てた。有賀真衣という存在を切り捨て、賀古井を切り捨て、あの子供を切り捨てた。だから、君は生きていく義務がある」
 そういって、ムトウはヒサキに背を向けて歩き始めた。
 一体自分は何をしてきたのか、気がつけば向こう側なんてなくなっていたし、有賀真衣の死体もユキの残骸もなくなっている。
 向こう側で死んだから、向こう側においてきてしまったらしい。既に、その向こう側から切り離された世界は、ゆっくりと本来の時間を進んでいる。
『ねぇ、ヒサキ』
 けど、頭の中のステラは変わらずにいるようだった。
『帰ろう。もう帰ろう』
 有賀真衣の体はなくても、ヒサキ自身が被った彼女の血はしっかりとこびり付いている。頬に、そして服に。端から見れば、殺人犯だ。いや、実際に人を殺しているのだから当然だ。
 まだ、あの肉を貫く感触を拭えないまま、ヒサキは立ち上がる。
 わき腹の痛みも、左手にこびり付いた感触も本物だ。
「後輩」
 振り返ると、湯木と相羽が寄り添ってたっている。
「俺らは、帰るわ。もう部活もなくなるだろうし芳田の奴もみあたんねぇ。まぁ、あの先生は普通に学校にきて、普通にくらしてくだろうけどな。じゃあな、学校辞めるのも引っ越すのもいいが、連絡ぐらいしろよ」
 そういって、歩いていく。ゆっくりとした足取りは、しっかりとしたものだった。
 立ちつくすヒサキの周りには、本当に何も残っていない。
「かえろうか」
  
 人通りのない道を駆け抜ける。明け方人がいなかったおかげで、誰にも会わずにヒサキは家に付き、血を落とすことが出来た。
 服に染み込んだ血は、簡単には取れなかったがそれでも何とかごまかせる程度には落とす。
 自室に戻った時には、もう朝日は昇りきっていて学校へ行く時間になっていた。
 今日は休むと、親に伝え痛むわき腹と左手を抱えながら布団に入った。
 ベットの横では、ちかちかとテープ残量切れのマークを点滅させたビデオデッキが変わらずにそこにいる。
『皆、いなくなっちゃったね』
 家に帰ってからずっと静かだったステラが呟いた。
 起き上がり、携帯を取り出す。
『メッセージが、一件、あります。メッセージを――』
 静かに、留守番電話のメッセージを聞いた。もうユキもいないのだ。
『――信じております』
 変わらないメッセージを聞き終えてヒサキは、ゆっくりと8を押す。
『メッセージを、消去しました。メッセージは――』
 いいのか、そんな感情が頭の中で弾けて消える。
「大丈夫、僕にはステラがいるから」






 全100話。お付き合い、ありがとうございました。




「成功ですか?」
 芝居がかった声。芳田の声は、ムトウのすぐ後ろからした。
「世界は分化を始めた。可能性という名前の枝は、すでに無限にも及ぶ数になった。確かに、あんたの言う通り、巻き込まれたおかげで魔女が増えることになったわけだが……。世界も無限に増えたら意味がなんじゃ……」
 世界は、あの区切れ目の時点で分化したのだ。それはまるで時間と共に枝分かれする巨大な木のように。可能性という可能性、右足からか左足からか踏み出しただけで分かれる未来の、その先だ。閉じていた結末は、開かれ無限へと広がる。
「まぁ、予定通り加賀ヒサキの存在は、あの世界のみとなっていますし。貴方は、増えることが出来た。一応成功です。救いの魔女は、多いほうがいいでしょう?」
「これじゃ、強制労働もいいところだ。大体無限に増えた世界を救うのに手いっぱいで、結局いみがないじゃないか。いまの現状では人手が足りないから増やそうって話じゃなかったっけ?」
「いやいや、無限ではありません」
 そういって、芳田は穏やかな笑いを浮かべる。
「一から始まったのですから絶対に有限です、いつかはたどり着けます。諦めなければ、ね?」
 その言葉に答えるように、ムトウは笑う。まったく、嫌味な奴だ。
 彼の足元では、まるではや送りで巨大な樹の成長のように広がる世界が見えている。それは会話をしている間も、どんどんと広がりつづけていく。ムトウは見下ろしてため息をついた。あまねく程の無限に近い世界の願いをかなえるために。
 魔女の仕事は存外終わりがないらしい。
 と、視界を何かがよぎった。
「ん? おまえ」
「あ、あの。ケイタさん、しりませんか?」
 小さな妖精のような姿をしたそれは、ムトウに気がつくと近付いてきた。
「知らないが、こんだけ世界がいっぱいあったらどっかにいるだろう」
 下を指す先は、既に一度に見渡せないほどの大きさになった巨大な世界の樹がある。
「ケイタさん!」
 飛び込んでいこうとする妖精をムトウは掴む。
「俺もこれから行くんだが、一緒に来るか? 一人じゃ心細いだろ?」
「は、はい」
 手の中で落ち着いた妖精を離してやると、ゆっくりと飛び回りムトウの肩に落ち着いた。
「名前は?」
「えと。リロっていいます」

スポンサーサイト

コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL